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傾いた樽と真珠 ~転生先は酒場兼娼館だった。武器は、前世の知識だけ~  作者: 華雪β
第2章 仮説・検証・フィナ

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第7話 失敗の数だけ

最初の夜、一人に笑いかけた。


引かれた。


笑い方が悪かったとは思わない。でも、この顔の作りで急に笑いかけると、何かを意図しているように見えるらしい。男は少し体を引いて、目線を飲み物の方へ戻した。それだけだった。


(外見の問題か)


次の夜は、距離を縮めようとした。飲み物を運ぶついでに立ち止まって、「長旅でしたか」と声をかけた。


「……ああ」


返事はあった。でも短かった。体が少し固くなっているのがわかった。急に来たと感じさせてしまったらしい。男は俺が立ち去るのを待っているようだった。


三日目は、声をかけるのをやめた。ただ、観察だけした。


他の女中が同じ客にどう接しているか。指名の多いベテランが旅の客のそばを通るとき、何をしているか。


わからなかった。何かをしているのはわかる。でも、何がそれを成立させているのかが、まだ見えない。


二日で二度、失敗した。三日目は何もできなかった。


(なぜだ)


---


翌朝、フィナと一緒に階段を降りる前に、少し聞いた。


「お客さまって、どんな風に話しかけてもらうと、嬉しいと思いますか」


フィナは少しだけ間を置いてから、答えた。


「急に来るより……まず、目が合った時に少し笑うだけで、全然違うと思います」


「目が合った時に」


「はい。それだけで——次に話しかけたとき、全然違う気がします」


少し低い声だった。いつもより、静かだった。朝だからかもしれない。


俺はその答えを頭の中で繰り返した。シンプルだった。でも、俺が三日間やっていなかったことだった。目が合う前に動こうとしていた。目が合ってから笑うより先に、声をかけていた。


(この子は——人のことをちゃんと見ている)


経験から言っているわけじゃない。この子は周りを観察して、そこから答えを出している。俺が三日かけて迷ったことに、一言で返した。


「他に、気をつけていることはありますか?」


フィナは少し考えた。「……お客さんが話しているときは、ちゃんと最後まで聞くようにしています。途中で何か言いたくなっても、まず聞き終わってから」


「なるほど」


「あと——疲れていそうな方には、あまりたくさん話しかけないようにしています。放っておいてほしいときって、あると思うので」


俺は少し驚いた。昨日の夜、俺がやろうとしていたことそのままだった。「今夜この人が何を求めているか」を読む——その具体的な答えを、フィナはすでに持っていた。


フィナが少し口を開きかけた。何かを言おうとして——やめた。


「どうかした?」


「いえ、なんでもないです」


フィナは笑った。でも、その笑い方がいつもと少し違う気がした。耳が、心なしか低い位置にあった。


何か言おうとして、言葉が出なかった。


「……大丈夫?」


「はい、大丈夫です」


それ以上、何も言えなかった。頭の中では、もうさっきの答えの続きを考え始めていた。


「ありがとう。助かったわ」


フィナは「いえ」と首を振って、先に階段を降りた。その後ろ姿を見ながら、俺はもう一度さっきの答えを整理していた。


---


給仕をしながら、頭の中で順番を並べた。


目が合う。笑う。話しかける。翌日また来る。指名する。


数日しか滞在しない客を相手にするなら、この流れが限られた時間の中で全部起きなければならない。どこで詰まっているか——


(最初だ)


目が合った瞬間に笑えていなかった。だから次の「話しかける」に進む前に、もう終わっていた。問題は距離感でも声のかけ方でもなく、その前の段階だった。


(一気に縮めようとするのが間違いなんじゃない。入り口を間違えていた)


そして——フィナの言っていたもう一つのこと。疲れていそうな人には話しかけすぎない。放っておいてほしいときがある。


昨日の夜、俺が「今夜の気分を読む」と思っていたのは正しかった。でも、読んだ上で何もしないという選択肢を、まだちゃんと持てていなかった。近づくことばかり考えていた。


(段階がある。数日しかない相手でも——段階がある)


---


その夜から、最初の一手だけを変えた。


話しかけない。距離も縮めない。ただ——目が合ったら、笑う。


最初の客。旅の荷物を持ったままの男が席に着いた。飲み物を運んで、置いて、顔を上げたとき——目が合った。笑った。


男は一瞬、きょとんとした顔をしてから、小さく頷いた。


それだけだった。でも、引かれなかった。


次の客。端の席で一人で飲んでいる男に飲み物を運んだ帰りに、目が合った。笑った。今度は向こうから目線を外すのが、少し遅かった。


何も起きていない。会話もなかった。でも、扉が少し開いた気がした。


三人目。中年の男が連れと座っていた。連れとの話が途切れたタイミングで、目が合った。笑った。男はほんの少し口の端を動かして、また連れの方に向き直った。


(変わった)


劇的には何もない。指名もなかった。でも——三人とも、引かれなかった。二日前とは全然違う。


夜が終わって、部屋に戻った。


体は疲れていた。でも頭は動いていた。次は、目が合って笑った後に、どう続けるか。話しかけるタイミング。最初の一言。疲れているときとそうでないときの見分け方。


(まだ足りない。でも、方向は合っている)


続けよう。


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