第6話 顔を覚える
翌朝から、フィナがノックするようになった。
「行きましょうか」
特に決めたわけじゃない。一度そうなったら、そうなった。俺も断る理由がなかった。廊下に出ると、フィナがいる。階段を一緒に降りる。それだけのことが、三日もしないうちに当たり前になった。
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店が開いて、仕事が始まった。酒と、煤と、誰かの笑い声が混ざり始めた。
給仕しながら、俺は客を見ていた。
(常連だ。入ってきた瞬間に迷いがなかった。どこに座るか、何を頼むか、もう決まっている)
(旅の人か。荷物の置き方が違う。目が何度か出口の方へ流れている)
気づいたら、分類していた。意識する前に手が動くように、客を見るたびに頭の中でタグをつけていた。
(あ——これ、分析してる)
笑えた。どこにいても同じだ。データを前にすると、黙っていても眺めてしまう。
わからないことは多かった。どの席が常連の席か、どの客の財布が重いか、何がこの店の「いい夜」を作っているのか。でも——見ていれば、少しずつわかってくる。
そういう感覚が久しぶりにあった。
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ある夜、よく指名されるベテランの女中を観察した。
俺より二回りは年上で、外見が特別整っているわけでもない。それなのに、今夜もすでに指名が入っていた。
(なぜだ)
笑い方が違う。笑うのが速くない。少し遅れる。客が何かを言って——一拍置いてから、ふっと笑う。その間に、客はちゃんと「受け取られた」という感覚を得ているように見えた。
距離感も違う。近くにいるのに、圧がない。何かを求めている感じがしない。ただそこにいる——それが心地よさを作っている。
(技術だ。外見じゃない。場を作る技術だ)
観察しているうちに、そのベテランが旅の商人の一人に目を向けた。
短い言葉を一つ。柔らかい笑い。
数秒で、ベテランはその男の隣に腰を下ろしていた。
(速い)
自分には今すぐあれはできない。すぐに「今すぐは」とつけた。
(自分に何がある。何を真似て、何は真似ない)
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一週間、見て考えて、絞り込んだ。
数日この街に滞在する旅の商人。商談か仕入れのために来ていて、乱暴でなく、財布を持っている。そういう客が、毎晩数人は来ている。
(誰も本気で押さえていない)
ベテランたちは常連を優先する。毎月来る地元の顔なじみ、何年も通ってくれている職人や商人。その関係を積み上げていくのが、この場所での正しい動き方だ。数日で去る客を本気で追う女中は、俺が見た限りいなかった。
(そこに、隙間がある)
ただ——わかっている。常連が積み上がらない層を狙えば、毎回ゼロから始めることになる。持続しない。いつかは変える必要がある戦略だ。
(でも今は、安全でいることが最優先だ)
暫定でいい。今できる最善を選ぶ。
その夜、ちょうどそのタイプの男が俺の近くに座った。三十代くらい。長旅の疲れが目元に出ていた。飲み物を頼んで、少しして、声をかけてきた。
「この街に問屋はあるか。布を扱っているところを探しているんだが」
(あ——)
答えられなかった。
この体でここに来てから、一歩も外に出ていない。エストハルトの街が何をどこで売っているか、どの通りに何があるか、何も知らない。
「少し……すみません」
男は数秒待った。「あ、じゃあいいや」と言って、通りかかった別の女中に声をかけた。その女中が短く答えた。男は頷いて、その方向へ体を向けた。
俺は空いた手のまま、その後ろ姿を見ていた。
(あの人が求めていたのは——情報だった)
財布の重さより先に、それだった。旅の途中で、この街のことを誰かに聞きたかった。ただそれだけのことだった。
(知らなければ、どれだけ近くにいても関係ない)
次の休みに、外に出よう。
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それからの夜、もう一つのことを試し始めた。
(この人は、今夜、何を求めているのか)
財布の重さじゃない。職業でも身なりでもない。今夜この瞬間に、何が欲しくてここに来ているか——そこを読もうとした。
ある夜、旅の商人が一人で端の席に座っていた。飲み物を注文して、それ以上何も言わなかった。他の客の話し声の中にいるのに、その中にいない感じがした。
(一人でいたいわけじゃない——でも、誰かに話しかけてほしいわけでもない。違う。もう少し正確に言うと)
目が、何度かこちらへ流れた。
(誰かがそこにいてくれれば、それでいい。声をかけてほしいというより——気にかけてほしい)
おかわりを持っていった。「もう一杯、いかがですか」と言う前に、男の方が顔を上げた。
「ああ、頼む」
短くそれだけ言って、また視線を手元に戻した。でも、ほんの少し、肩の力が抜けた気がした。
(外見や身分じゃない。今夜この人が何を求めているか——それが全てだ)
誰を狙うかは、決めた。次は——どう近づくか。
方針は決まった。実行はこれからだった。




