第54話 王都の門
見えた瞬間、知っていた。街の形を知っていて、建物の並び方を知っていて、あの屋根の角度も、あの塔が空に対してどういう位置にあるかも、全部もう知っていた。
---
足が動いていた。前に誰かが歩いていて、白い耳が揺れていた。
そうだ——フィナだ。フィナを、知っている。
フィナとどこへ行くのか、今日は何をするのか、そういうことがすっと出てきて、でもそれより先に、街のことばかりが頭の中に来た。
---
門が近づいてきて、石造りで重くて、通る人の声がして荷の音がして馬の息がして、この匂いを知っていた。この空気の温さを知っていた。門のそばの石の、少しだけ欠けているところも、知っていた。
帰ってきた。
---
フィナが振り返って、「……大丈夫ですか」と言った。
声は出なかったけれど、うなずいた。体が、動いた。
「……行きましょう」
フィナが前を向いた。引っ張るのではなくて、ただそこにいた。それでよかった。
---
門をくぐったとき、石の冷たさが肌に触れて、息が詰まった。涙じゃなかったのに涙に似ていて、胸がいっぱいになって、でも足は止まらなくて、前に進んでいた。
王都のなかに、入った。
ここが帰る場所だった。
---
少し歩いたところで、フィナが立ち止まった。
こちらを見て、「……マーケタさん」と言った。
その名前を聞いて、胸のところが動いた。
マーケタ。この体の名前。この名前で呼ばれることが、ずっとなかった。でも、知っている。自分の名前だと、体が知っている。
誰かがいた。長いあいだ、ここにいた。
そして——返してくれた。
「……ありがとう」
声が、出た。
---
> "Someone is sitting in the shade today because someone planted a tree a long time ago."
> 「今日、誰かが木陰に座っていられるのは、ずっと前に誰かが木を植えたからだ。」
> ― Warren Buffett




