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傾いた樽と真珠 ~おっさんマーケターが美少女に転生、気がついたらそこは場末の酒場兼娼館だった~  作者: 華雪β
第12章 手放す

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第54話 王都の門

見えた瞬間、知っていた。街の形を知っていて、建物の並び方を知っていて、あの屋根の角度も、あの塔が空に対してどういう位置にあるかも、全部もう知っていた。


---


足が動いていた。前に誰かが歩いていて、白い耳が揺れていた。


そうだ——フィナだ。フィナを、知っている。


フィナとどこへ行くのか、今日は何をするのか、そういうことがすっと出てきて、でもそれより先に、街のことばかりが頭の中に来た。


---


門が近づいてきて、石造りで重くて、通る人の声がして荷の音がして馬の息がして、この匂いを知っていた。この空気の温さを知っていた。門のそばの石の、少しだけ欠けているところも、知っていた。


帰ってきた。


---


フィナが振り返って、「……大丈夫ですか」と言った。


声は出なかったけれど、うなずいた。体が、動いた。


「……行きましょう」


フィナが前を向いた。引っ張るのではなくて、ただそこにいた。それでよかった。


---


門をくぐったとき、石の冷たさが肌に触れて、息が詰まった。涙じゃなかったのに涙に似ていて、胸がいっぱいになって、でも足は止まらなくて、前に進んでいた。


王都のなかに、入った。


ここが帰る場所だった。


---


少し歩いたところで、フィナが立ち止まった。


こちらを見て、「……マーケタさん」と言った。


その名前を聞いて、胸のところが動いた。


マーケタ。この体の名前。この名前で呼ばれることが、ずっとなかった。でも、知っている。自分の名前だと、体が知っている。


誰かがいた。長いあいだ、ここにいた。


そして——返してくれた。


「……ありがとう」


声が、出た。


---


> "Someone is sitting in the shade today because someone planted a tree a long time ago."

> 「今日、誰かが木陰に座っていられるのは、ずっと前に誰かが木を植えたからだ。」

> ― Warren Buffett


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