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傾いた樽と真珠 ~おっさんマーケターが美少女に転生、気がついたらそこは場末の酒場兼娼館だった~  作者: 華雪β
第12章 手放す

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第53話 別れ

道が、開けた。


木が少なくなった。空が広くなった。遠くに、平野が見え始めた。


「……王都の方角、ですね」


フィナが言った。俺も同じ方向を見ていた。


そうだな、と思った。


歩きながら、考えていた。


言うか、言わないかではなかった。もう決まっていた。今日、言う。


問題は、どう言うかだった。


何度か、頭の中で試した。「実はこの体には元の持ち主がいる」——説明になりすぎる。「私は消えるかもしれない」——大げさに聞こえる。「ちょっと確認したいことがあって」——違う。


どれも、しっくりこなかった。


(——なんだ。言葉を選ぶのが、こんなに難しいのか)


フィナの背中を見た。荷の揺れ方が安定していた。足がよく地面を読んでいた。


「……フィナ」


「はい」


「少し、止まっていいか」


---


道の脇に寄った。フィナが振り返った。


「言っておきたいことがある」


フィナは何も言わなかった。待っていた。


「……王都に着いたら、私じゃなくなるかもしれない」


風が草を揺らした。


遠くで鳥の声がした。


フィナは答えなかった。少しの間、俺の顔を見ていた。


「……なんとなく、そんな気がしていました」


「いつから」


「……少し前から」フィナが言った。「旅に出てから、しばらくして——気づきました」


少し間があった。


「怖かったか」


「……はい。少し」と、フィナが言った。「でも——」


「でも?」


「消えるわけじゃない、と思っていました」


俺が何も言わないでいると、フィナが続けた。「……いなくなるんじゃなくて、どこかにいる、という気がして」


---


そうか。


この子はずっと気づいていた。俺が気づかれていないと思っていた。


「……大丈夫だと、思っていたか」


「……はい」フィナが少し頷いた。


「最後になるかもしれない」


声に出すと、思ったより軽かった。「でも——見ているから」


フィナがゆっくり頷いた。


「……だから——行っても、大丈夫です」


道が、王都へ続いていた。


---


また、歩き始めた。


平野が近づいていた。道の土が、少し固くなっていた。草の背が低くなった。


歩きながら、景色を見ていた。


何かが、違った。


この草の緑の濃さを——知っていた。地面の感触を——知っていた。空の高さを——知っていた。


俺が知っているのではなかった。


(——帰ってきている)


---


感覚が、少しずつ変わっていた。


景色が遠くなるのではなかった。逆だった。景色がくっきりしていた。輪郭がはっきりしていた。でも、それを見ている「俺」が——薄くなっていた。


フィルターが消えていく感じだった。分析する目が、何かに溶けていく。


フィナが前を歩いていた。


声をかけようとした。


口が、動かなかった。


(——ああ)


怖くはなかった。


フィナの後ろ姿が、見えていた。


声は、もう出なかった。


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