第50話 出発前
翌朝、テクラに声をかけた。
「王都に行こうと思う。来月から」
テクラが振り返った。「フィナから聞いたよ」
「そう」少し間を置いた。「前に——見つかったら教えて、と言っていたから」
「見つかったんだ」
うなずいた。
「良かったじゃん」テクラは軽く笑いながら、肩をたたいてきた。
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その日の夕方、クレメントを呼んだ。
イルゼも席に着いた。フィナも来た。
話を整理した。カルロが王都で見た店のこと。役人が言っていた需要のこと。フィナが知っている通りのこと。
クレメントが聞いていた。
「目的は調査だけですか」
「まず確認したいんです。王都にできた、ここと似た店が——どのくらい似ているのか、誰がやっているのか、うちにとっての脅威になるのかどうか。相手がわからなければ、何もできませんから」
「期間は」
「往復で二週間、現地で一ヶ月を目安に。長くなっても二ヶ月で戻ります」
クレメントが指輪を回しながら、少し考えた。「現地の段取りはこちらで出来ます。王都に繋ぎがあります」少し間を置いた。「宿はこちらで。着いたら名前を出してください」
イルゼが口を開いた。「店はどうする」
「テクラと一緒に常連の対応をお願いできますか。個室の鍵はクレメントさんに預けます。昼の段取りはそのまま続けてもらえますか」
クレメントが言った。「人手が要るなら出せます。一人か二人なら」
イルゼが腕を組んだ。少し間があった。「わかった。ただ——戻ったとき店が変わってても文句言うなよ」
クレメントが言った。「戻ったら報告を。何があったとしても」
うなずいた。
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準備に二週間かけた。
書き付けを作った。常連の顔と好み。仕込みの順番。個室の換気のタイミング。細かいことを全部書いた。
テクラに渡そうとした。
「昼の仕込みは——」
「わかってるって」
「個室の換気は——」
「わかってるって」
それ以上言えなかった。
書き付けが、行き場をなくした。テクラを見た。テクラが少しだけ笑った。「行ってらっしゃい。新しいやりたいこと、見つかるといいね」
軽かった。でもその軽さが、信頼の重さと同じだった。
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出発の前夜、広間に少しだけ残った。
厨房が静かだった。テクラが最後の片付けをしていた。フィナには先に家へ帰って荷造りをしてもらっていた。
王都、と頭の中で呼んでみた。
胸の奥が、何かを返してきた気がした。この体ではなく、この体の持ち主が知っている場所が——どこかにある気がした。
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出発の朝、フィナと二人で店を出た。
イルゼが扉の前に立っていた。何か言うかと思った。
「行ってきます」
イルゼが短くうなずいた。
フィナが隣で「行ってきます」と言った。声が、少し弾んでいた。
歩き始めた。この旅が何になるか、まだわかっていない。
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