第49話 噂
昼を少し過ぎたころ、カルロが顔を出した。
荷を担いで入ってきた。旅の埃を引きずったような顔で、広間を見渡した。
フィナが仕込みの手を止めた。「カルロさん」
「久しぶりですね、フィナ」カルロが言った。「元気にしていましたか」
「はい。カルロさんは」
「まあ、いつも通りに」カルロは少し笑った。「旅の話、後で聞かせますよ」
フィナがうなずいた。「ぜひ」
カルロがカウンターの端に荷を置いた。こちらを見た。「久しぶりですね」
「久しぶりです。どこまで行っていましたか」
「北の方まで。山越えの手前まで行って戻ってきました」
薬草茶を出した。カルロが一口飲んだ。「ここ、変わりましたね」
「少し整えました」
広間をもう一度見渡した。「悪くない。いい感じになってきましたよ」
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旅の話をした。道が荒れていた、宿が高かった、山の手前の村で新しい市が立っていた。カルロの話は、聞いていると旅の埃が飛んでくる気がした。
「そういえば」カルロが言った。「王都の商人通りで見かけましたよ。ここに似た店が」
手が止まった。引っかかった。
「どのくらい似ていましたか」
「薬草茶を出していた。仕切りがあって——商人が入っていきました。出てきた顔が、ここで見る顔と似ていた。何かを決めた顔、といいますか」
「いつごろですか」
「ひと月くらい前でしょうか」カルロが言った。「気になりますか」
少し間を置いた。「気になります」
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偶然の一致ではない、と思った。
形を、誰かが持ち出した。形は移せる。それが問題だった。
証拠はなかった。遠すぎて、手が届かない——そう思いかけたとき、奥の扉が開いた。
クレメントだった。後ろに、落ち着いた身なりの男が続いた。旅装ではなかった。物腰が、この街の商人とは違った。
こちらを見て、クレメントが言った。「マーケタ、少しいいですか。イルゼさんも」
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四人でカウンターの端に立った。
クレメントが男を紹介した。王都の役所に席を置く者だと言った。
男が口を開いた。最近、王都でも商人同士が静かに話をできる場を求めている動きがある、と言った。宿の食堂でも酒場でも、話が漏れる。金を出してもいいから、そういう場が欲しいという声がある。
「どのくらいの人数を想定していますか」
「二人から四人程度でしょうか。多くなくていい。静かで、外に出ない話ができれば」
「頻度は」
「月に数回。定期的に使えるなら、それ以上でも」
聞きながら、カルロの話が頭に浮かんだ。
「この店は、参考になりました」男が言った。「クレメントから話を聞いて、実際に来てみた」
イルゼが短くうなずいた。
クレメントが言った。「また連絡します」
男が店を出た。扉が閉まった。
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イルゼと目が合った。何も言わなかった。
カルロが見た店。今日の男が求めていた場。
向こうにも、同じ需要がある——確信に変わった。
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フィナに聞いた。「王都の商人通り、知ってるか」
フィナが顔を上げた。「どのあたりですか」
「橋の近く、だと思う」
「あの通りなら」フィナが言った。「よく歩きました。旧市街の橋ですよね。宿から近かったので」
フィナの答えに、迷いがなかった。
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夕方から、動きながら考えていた。
カルロが見た店。今日の男が求めていた場。フィナが知っている通り。
客の杯を下げながら、テクラの言葉が頭を流れた。「見つかったら教えて」。
テクラ、答えが、見つかったよ。
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閉店後、フィナと並んで歩いた。
「王都に行こうと思う」
フィナが少し間を置いた。
「……いつですか」
「来月。クレメントに話をつけてもらう」少し間を置いた。「一緒に来てもらえないか」
フィナがうなずいた。「私も行きます」
フィナの目が、こちらをまっすぐ見ていた。




