表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾いた樽と真珠 ~おっさんマーケターが美少女に転生、気がついたらそこは場末の酒場兼娼館だった~  作者: 華雪β
第9章 捨てる、場を変える、場が動く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/58

第41話 一歩

しばらく、誰も動かなかった。


フィナが少し困ったように笑った。


「……ただいま、です」


体が先に動いていた。気づいたら、フィナをそっと抱きしめていた。


「お帰り、心配してたよ」


フィナは少し恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな顔をしていた。耳がぺたりと伏せて——でも、すぐに戻った。


---


中に入ってもらって、三人で座った。


フィナが少し、膝の上で手を重ねた。


「カルロさんに会って——こっちのことを少し話してくれて。それで急に気になってしまって」


少し間があった。


「あと——お金のこと。まだ全部は溜まってないんですけど、いくらか溜まってきたので」


イルゼが黙って、うなずいた。


「受け取ろう」


フィナが少し安堵したように、小さな袋を取り出した。イルゼがそれを受け取った。


「残りは、戻ってからでいい。手紙にも書いてくれていたな——ありがとうな」


フィナが小さく、頭を下げた。


俺は少し遅れて、二人のやり取りを追いかけた。


「……身請けのお金?」


「はい」フィナが少し恥ずかしそうに言った。


(そんなことまで。出ていった後も、ずっと気にかけていたのか)


---


それから、王都での話を聞いた。


「手紙を出したのが——もう半年も前ですね。白鹿亭さんっていう宿屋さんでお世話になって、お洗濯の手伝いをしていました」


「白鹿亭か、あの北門の入り口近くにある」イルゼが少し目を細めた。「あそこの主人とは幼馴染でな。昔はよく一緒に飲みに行った」


「え——そうだったんですか」


「世間は狭いな」イルゼが少しだけ笑った。「元気にしてたか、あいつ」


「はい。厳しいけど、よくしてもらいました」


「そうか」


「大変だったか」


「大変でした」フィナが少し笑った。「毎日、山みたいに積まれた布を洗うんです。冬は手が赤くなって、乾かないし、また翌朝には山ができてるし。それでも一枚一枚、きれいにしていくのがなんか、好きでした」


「よくやったな」


「なんとか、なるものですね」


少し間があった。


「それで、カルロさんに文字を教えてもらっていたので——ある日、思い切って宿屋のご主人に申し出てみたんです。『私、文字の読み書きができます』って」


「自分から申し出たのか」イルゼが言った。


「はい。思い切ってやってみようと思って」


——こんなことを言う子だったか。フィナも変わったな。いや——成長したのか。


「それから計算も教えてもらって。気がついたら、色々できるようになっていて」


「できることが増えると、見えることも増えてくる」


「そうなんです」フィナが言った。「はじめは、自分には洗い物しかできないと思っていたんですけど。だから——一歩踏み出さないと、新しい景色は見えないんだなって」


---


ハッとした。


一歩踏み出す。新しい景色。


そうか。わかったかもしれない——しっくりこなかった理由が。


イルゼを見た。


イルゼも、何かを考えている顔だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ