第41話 一歩
しばらく、誰も動かなかった。
フィナが少し困ったように笑った。
「……ただいま、です」
体が先に動いていた。気づいたら、フィナをそっと抱きしめていた。
「お帰り、心配してたよ」
フィナは少し恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな顔をしていた。耳がぺたりと伏せて——でも、すぐに戻った。
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中に入ってもらって、三人で座った。
フィナが少し、膝の上で手を重ねた。
「カルロさんに会って——こっちのことを少し話してくれて。それで急に気になってしまって」
少し間があった。
「あと——お金のこと。まだ全部は溜まってないんですけど、いくらか溜まってきたので」
イルゼが黙って、うなずいた。
「受け取ろう」
フィナが少し安堵したように、小さな袋を取り出した。イルゼがそれを受け取った。
「残りは、戻ってからでいい。手紙にも書いてくれていたな——ありがとうな」
フィナが小さく、頭を下げた。
俺は少し遅れて、二人のやり取りを追いかけた。
「……身請けのお金?」
「はい」フィナが少し恥ずかしそうに言った。
(そんなことまで。出ていった後も、ずっと気にかけていたのか)
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それから、王都での話を聞いた。
「手紙を出したのが——もう半年も前ですね。白鹿亭さんっていう宿屋さんでお世話になって、お洗濯の手伝いをしていました」
「白鹿亭か、あの北門の入り口近くにある」イルゼが少し目を細めた。「あそこの主人とは幼馴染でな。昔はよく一緒に飲みに行った」
「え——そうだったんですか」
「世間は狭いな」イルゼが少しだけ笑った。「元気にしてたか、あいつ」
「はい。厳しいけど、よくしてもらいました」
「そうか」
「大変だったか」
「大変でした」フィナが少し笑った。「毎日、山みたいに積まれた布を洗うんです。冬は手が赤くなって、乾かないし、また翌朝には山ができてるし。それでも一枚一枚、きれいにしていくのがなんか、好きでした」
「よくやったな」
「なんとか、なるものですね」
少し間があった。
「それで、カルロさんに文字を教えてもらっていたので——ある日、思い切って宿屋のご主人に申し出てみたんです。『私、文字の読み書きができます』って」
「自分から申し出たのか」イルゼが言った。
「はい。思い切ってやってみようと思って」
——こんなことを言う子だったか。フィナも変わったな。いや——成長したのか。
「それから計算も教えてもらって。気がついたら、色々できるようになっていて」
「できることが増えると、見えることも増えてくる」
「そうなんです」フィナが言った。「はじめは、自分には洗い物しかできないと思っていたんですけど。だから——一歩踏み出さないと、新しい景色は見えないんだなって」
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ハッとした。
一歩踏み出す。新しい景色。
そうか。わかったかもしれない——しっくりこなかった理由が。
イルゼを見た。
イルゼも、何かを考えている顔だった。




