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傾いた樽と真珠 ~転生先は酒場兼娼館だった。武器は、前世の知識だけ~  作者: 華雪β
第6章 声と喪失

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第27話 ふざけんな

「少し、お待ちください」


イルゼを呼びに行った。事情を手短に伝えると、イルゼは「わかった」とだけ言って広間に出てきた。女性を見て、一度だけ値踏みするような目をした。


「こちらへどうぞ」


部屋に向かいながら、イルゼが俺の腕をつかんだ。「お前も来い」


「供の方は、こちらでお待ちください」


供を広間に残して、三人で部屋に入った。イルゼが向かいに腰を下ろした。俺は壁際に立った。


「お話を伺いましょう」


イルゼが言った。女性が、少し俺の方を見た。それから、イルゼに向き直った。


---


話は、まともだった。


仕入れの仕切り値、取引先の信用、街の景気の読み方。女性の言葉は整っていて、数字を出すときの目が違った。イルゼも黙って聞いていた。


話の途中で、女性が一度こちらを見た。商談の流れを切らないまま、目だけが動いた。また、イルゼの方に向き直った。


話が続いた。


話がひと区切りついたところで、イルゼが立ち上がった。「少し失礼します」


扉が閉まった。


女性が、こちらを向いた。


「ねえ」


「……何か御用でしょうか」


「マーケタなんでしょ?……私の真珠」


(——)


耳の奥で、何かが鳴った。


私の、真珠。


(この体の少女は——そう、呼ばれていたのか)


---


「ここで会えたのも、きっと、奇跡よ。ずっと会いたかった。戻ってきてくれないかしら」


静かな声だった。


「私たちも、あの時は大変だったの。でも、いまはこうして商売もできるようになった。あなたをもう、苦労させたくないの」


一瞬、火がついた。


(この子を売ったのは、あんたたちじゃないか)


飲み込んだ。


——戻る、という選択肢がある。


戻れば、この体は元の場所に帰る。ここで積み上げたものは消える。

でも、この子にとっては、それが正解なのかもしれない。裕福な家庭、両親の愛情、もう苦労はしなくて済む。ここで積み上げたものより、ずっと——


それに、もうここには、フィナもいない。


(寒い。こんなに冷静に考えている自分が、怖い)


何かが、きた。


奥のほうから。ずっとそこにいたのに、一度も聞いたことがなかった声が。


ふざけんな。


(——)


私の人生だ。


「ふざけんな」


声に出ていた。


女性が、目を見開いた。


---


イルゼが戻ってきたのは、少ししてからだった。


扉を開けて、部屋を見た。女性の顔を見て、それからこちらを見た。何も言わなかった。


「本日は、ありがとうございました」イルゼが言った。「またご縁があれば」


女性が、一度だけこちらを見た。それから、立ち上がった。


「……そうね」


広間に出ていった。しばらくして、店の扉が閉まる音がした。


---


「お前も少し休め」


イルゼが言った。それだけだった。


「……はい」


部屋に戻った。


棚から、くまのぬいぐるみを取った。


寝台に腰かけて、膝の上に抱いた。


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