第27話 ふざけんな
「少し、お待ちください」
イルゼを呼びに行った。事情を手短に伝えると、イルゼは「わかった」とだけ言って広間に出てきた。女性を見て、一度だけ値踏みするような目をした。
「こちらへどうぞ」
部屋に向かいながら、イルゼが俺の腕をつかんだ。「お前も来い」
「供の方は、こちらでお待ちください」
供を広間に残して、三人で部屋に入った。イルゼが向かいに腰を下ろした。俺は壁際に立った。
「お話を伺いましょう」
イルゼが言った。女性が、少し俺の方を見た。それから、イルゼに向き直った。
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話は、まともだった。
仕入れの仕切り値、取引先の信用、街の景気の読み方。女性の言葉は整っていて、数字を出すときの目が違った。イルゼも黙って聞いていた。
話の途中で、女性が一度こちらを見た。商談の流れを切らないまま、目だけが動いた。また、イルゼの方に向き直った。
話が続いた。
話がひと区切りついたところで、イルゼが立ち上がった。「少し失礼します」
扉が閉まった。
女性が、こちらを向いた。
「ねえ」
「……何か御用でしょうか」
「マーケタなんでしょ?……私の真珠」
(——)
耳の奥で、何かが鳴った。
私の、真珠。
(この体の少女は——そう、呼ばれていたのか)
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「ここで会えたのも、きっと、奇跡よ。ずっと会いたかった。戻ってきてくれないかしら」
静かな声だった。
「私たちも、あの時は大変だったの。でも、いまはこうして商売もできるようになった。あなたをもう、苦労させたくないの」
一瞬、火がついた。
(この子を売ったのは、あんたたちじゃないか)
飲み込んだ。
——戻る、という選択肢がある。
戻れば、この体は元の場所に帰る。ここで積み上げたものは消える。
でも、この子にとっては、それが正解なのかもしれない。裕福な家庭、両親の愛情、もう苦労はしなくて済む。ここで積み上げたものより、ずっと——
それに、もうここには、フィナもいない。
(寒い。こんなに冷静に考えている自分が、怖い)
何かが、きた。
奥のほうから。ずっとそこにいたのに、一度も聞いたことがなかった声が。
ふざけんな。
(——)
私の人生だ。
「ふざけんな」
声に出ていた。
女性が、目を見開いた。
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イルゼが戻ってきたのは、少ししてからだった。
扉を開けて、部屋を見た。女性の顔を見て、それからこちらを見た。何も言わなかった。
「本日は、ありがとうございました」イルゼが言った。「またご縁があれば」
女性が、一度だけこちらを見た。それから、立ち上がった。
「……そうね」
広間に出ていった。しばらくして、店の扉が閉まる音がした。
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「お前も少し休め」
イルゼが言った。それだけだった。
「……はい」
部屋に戻った。
棚から、くまのぬいぐるみを取った。
寝台に腰かけて、膝の上に抱いた。




