第26話 距離と来訪
フィナがいなくなって、数日が経った。
新しい女中が二人、入った。イルゼが手配した人間だ。一人は寡黙な中年女性で、もう一人はまだ若い。
若い方が、広間の端のテーブルを拭いていた。フィナがよく立っていた場所だ。
仕込みの時間、一緒に動いた。テーブルを動かそうとしたとき、向こうが先に端を持ち上げていた。
「こちらでいいですか」
「そこでいいです」
置いてから、若い女中が少し間を置いて言った。「あの——名前、まだ伺っていなかったので」
「マーケタです」
「はい。……マーケタさん」
また動き始めた。こちらが言えば動く。止まれと言えば止まる。間違えない。
何も聞かなかった。
静かすぎる、と思った。
窓辺の鉢植えが、頭の中にある。あの朝、初めて気づいた。ずっとそこにあったはずなのに、一度も見ていなかった。
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仕込みがひと段落したころ、イルゼが声をかけてきた。
「ブリッタは黒熊亭に行くそうだ」
書き付けを確認しながら、イルゼが言った。「こっちから紹介した。あっちも忙しいからな、話は早かった」
「そう……ですか」
よかった、と思った。
俺の言葉で動いた話ではなかった。イルゼが動いてくれた。店は動いている。
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ここ数日、客の顔が変わってきていた。荒い声はもうしない。長居する商人が増え、客の入りも上々だ。
夜、商人が二人、声を潜めて笑っていた。以前の夜とは、違う空気だった。
一人が、連れの耳に何かを言った。声を落として、でも顔は笑っていた。こういう夜を、作りたかった。
「フィナ、」と言いかけた。
飲み込んだ。
杯を持ち直して、別の卓に向かった。
これが、目指していたものだ。
そのはずだった。
広間の端に戻って、少しの間、眺めていた。
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翌朝、イルゼに部屋に呼ばれた。
「フィナの部屋、新しい子に使わせていいか」
書き付けではなく、こちらを見て言った。
「なんで私に聞くの。あなたが決めればいい」
目は、合わせなかった。
イルゼが何か言いかけて、やめた。少し間があってから、「……そうかい」と言った。
書き付けに目を落として、また手を動かし始めた。
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昼を少し過ぎたころ、扉が開いた。
見慣れない顔だった。年は四十を過ぎているだろう。商人風の身なりだが、立ち居振る舞いが違った。供を一人連れている。扉のところで少し立ち止まって、広間を見回した。
銀がかった髪が、窓からの光を受けていた。
何かを確かめるような目だった。
「何か御用でしょうか」
声をかけると、その人が俺の方を向いた。一瞬——何かがあった気がした。
「吟遊詩人から、評判を聞いて」その人が言った。広間をもう一度、ゆっくりと見回した。
「少し商売のご相談がしたくて。店主の方はいらっしゃるかしら」




