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傾いた樽と真珠 ~転生先は酒場兼娼館だった。武器は、前世の知識だけ~  作者: 華雪β
第6章 声と喪失

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第25話 行き先

「さようなら」


そう言って、私はマーケタさんに背を向けました。


一階ではイルゼさんや皆さんが仕込みをしています。私は、みなさんに何も言わずに外に出ようとしました。

イルゼさんが「どうした」と声をかけてくれたのに、私はただ、「ごめんなさい」としか、言えませんでした。イルゼさんはそれ以上止めることなく、行かせてくれました。


本当に、ごめんなさい。


店の扉を閉めて外に出ると、まだ夜明け前の薄暗さで、それでも、石畳はずっと先まで続いています。どこか、現実感がありません。ただ、手の中の荷物だけは、ずしりと重く、「これが現実だ」と教えてくれます。


---


通りはまだ人通りが少ない時間で、露天はどこも開いていません。空だけが、少しずつ明るくなっていきます。


「どこへ行くの」


さっきマーケタさんに聞かれた言葉が、まだ頭の中にあります。あのとき答えられなかったように、今も、答えは出ていません。


---


古い宿の前を通ったとき、ちょうど後ろで扉が開いた気配がありました。


「フィナさん?」


振り返ると、カルロさんが立っていました。背負い袋を担いで、壁に立てかけてあった楽器を抱え直しているところでした。旅支度の途中で、ちょうど出かけるところだったようでした。


「今日はお休みですか」


少し言葉に詰まりました。


「……いいえ」


カルロさんが私の荷物を見て、それから顔を見ました。何かを測るような間があってから、小さくうなずきました。それ以上は、何も聞きませんでした。


---


並んで、少し歩きます。カルロさんは今日この街を出るところで、どこへ行くかは決めていないと笑いました。旅の人らしい言い方です。


「フィナさんはどちらへ」


「……わからないです」


何も言いません。石畳を踏む音だけが続きます。


「店を——出てきました」


なぜそれを言ったのか、わかりませんでしたが、言ってしまいました。口にしたら、少し、楽になった気がしました。


「そうですか」


責めるでもなく、驚くでもなく、ただ聞いていてくれます。だから、また言葉が出てきます。


「……マーケタさんが悪いわけじゃないんです」


「ただ——わからなくなって」


それ以上は、どうしても、言葉が出てきません。


---


城門を抜けると、景色が開けました。土の道が、少しずつ明るくなっていく空の下をまっすぐ伸びています。


ここは、前に一度、来たことがあります。


どこまで続いているのかは、目を凝らしても見えません。


カルロさんが荷物を一度下ろして、紐を結び直しています。私はその隣に立って、道の先を見ています。


「あの店、いい空気になってきてましたよ」


「……はい」


あの店は、変わっていきました。私もその中にいて、よかった、と思っていました。本当に。


でも——あの先が、どこにあるのか。次が来るたびに、少しずつ、わからなくなっていきました。追いつけていない、と思いました。それを、ずっと黙っていました。


「次の町まで——一緒に行ってみますか」


カルロさんが言いました。気軽な言い方でした。


「旅の道連れ、というくらいの話で。嫌なら断ってくれていい」


他の町を見てみたい——言葉にしたことはありませんでしたが、ずっと、心のどこかにありました。


「……少し、考えてもいいですか」


「もちろん」


風がサッと吹いて、草を揺らしていきます。


荷物を担ぎ直す音がして、街道が、少しずつ明るくなっていく空の下をどこまでも続いていきます。


---


> "Not all those who wander are lost."

> 「さまよう者が、すべて迷子とは限らない。」

> ― J.R.R. Tolkien

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