第25話 行き先
「さようなら」
そう言って、私はマーケタさんに背を向けました。
一階ではイルゼさんや皆さんが仕込みをしています。私は、みなさんに何も言わずに外に出ようとしました。
イルゼさんが「どうした」と声をかけてくれたのに、私はただ、「ごめんなさい」としか、言えませんでした。イルゼさんはそれ以上止めることなく、行かせてくれました。
本当に、ごめんなさい。
店の扉を閉めて外に出ると、まだ夜明け前の薄暗さで、それでも、石畳はずっと先まで続いています。どこか、現実感がありません。ただ、手の中の荷物だけは、ずしりと重く、「これが現実だ」と教えてくれます。
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通りはまだ人通りが少ない時間で、露天はどこも開いていません。空だけが、少しずつ明るくなっていきます。
「どこへ行くの」
さっきマーケタさんに聞かれた言葉が、まだ頭の中にあります。あのとき答えられなかったように、今も、答えは出ていません。
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古い宿の前を通ったとき、ちょうど後ろで扉が開いた気配がありました。
「フィナさん?」
振り返ると、カルロさんが立っていました。背負い袋を担いで、壁に立てかけてあった楽器を抱え直しているところでした。旅支度の途中で、ちょうど出かけるところだったようでした。
「今日はお休みですか」
少し言葉に詰まりました。
「……いいえ」
カルロさんが私の荷物を見て、それから顔を見ました。何かを測るような間があってから、小さくうなずきました。それ以上は、何も聞きませんでした。
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並んで、少し歩きます。カルロさんは今日この街を出るところで、どこへ行くかは決めていないと笑いました。旅の人らしい言い方です。
「フィナさんはどちらへ」
「……わからないです」
何も言いません。石畳を踏む音だけが続きます。
「店を——出てきました」
なぜそれを言ったのか、わかりませんでしたが、言ってしまいました。口にしたら、少し、楽になった気がしました。
「そうですか」
責めるでもなく、驚くでもなく、ただ聞いていてくれます。だから、また言葉が出てきます。
「……マーケタさんが悪いわけじゃないんです」
「ただ——わからなくなって」
それ以上は、どうしても、言葉が出てきません。
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城門を抜けると、景色が開けました。土の道が、少しずつ明るくなっていく空の下をまっすぐ伸びています。
ここは、前に一度、来たことがあります。
どこまで続いているのかは、目を凝らしても見えません。
カルロさんが荷物を一度下ろして、紐を結び直しています。私はその隣に立って、道の先を見ています。
「あの店、いい空気になってきてましたよ」
「……はい」
あの店は、変わっていきました。私もその中にいて、よかった、と思っていました。本当に。
でも——あの先が、どこにあるのか。次が来るたびに、少しずつ、わからなくなっていきました。追いつけていない、と思いました。それを、ずっと黙っていました。
「次の町まで——一緒に行ってみますか」
カルロさんが言いました。気軽な言い方でした。
「旅の道連れ、というくらいの話で。嫌なら断ってくれていい」
他の町を見てみたい——言葉にしたことはありませんでしたが、ずっと、心のどこかにありました。
「……少し、考えてもいいですか」
「もちろん」
風がサッと吹いて、草を揺らしていきます。
荷物を担ぎ直す音がして、街道が、少しずつ明るくなっていく空の下をどこまでも続いていきます。
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> "Not all those who wander are lost."
> 「さまよう者が、すべて迷子とは限らない。」
> ― J.R.R. Tolkien




