表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾いた樽と真珠 ~転生先は酒場兼娼館だった。武器は、前世の知識だけ~  作者: 華雪β
第5章 始動と亀裂

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/31

第23話 わかってない

カルロが来た夜から、数日が経った。


来る客が変わっていた。以前と同じ卓に、以前と違う顔がある。声が変わった。笑い声の質が変わった。


イルゼが、何かを決めた顔をしていた。


その夜、客が引けてから声をかけてきた。「今日、みんなを集める」


(俺が動かしたわけじゃない。イルゼが、自分で判断した)


---


広間に女中たちが並んだ。


「酒と料理の値段を上げる。明日から」


イルゼが言った。誰も声を上げなかった。


「上の部屋を、使うのをやめる。その代わり、給金を一割上げる」


地味な印象の女中と若い女中が、顔を見合わせた。目をしばたたかせていた。どうやら、喜んでいる。


赤毛の女中は腕を組んだままだった。


「非常識だよ」低い声だった。「うまくいくわけがない。やってられない」


気づいたら、口から出ていた。


「変わっていくんです、この店は。嫌なら、やめるしかない」


赤毛の女中がこちらを一瞥した。それから、イルゼを見た。


イルゼが、苦い顔でうなずいた。「このあと、部屋に来てくれ」


静かな声だった。突き放す感じではなかった。


赤毛の女中は何も言わなかった。憮然とした顔で、奥へ消えた。


その場が、散っていった。


---


「マーケタさん」


振り返ると、フィナが立っていた。「少し——いいですか」


---


フィナの部屋に、蝋燭が一本あった。


向かいに座った。フィナはすぐに話し始めなかった。


「どういうこと」フィナが言った。「どういうことなんですか」


(やっと、この日が来た)


「これで——フィナが意に沿わない夜を迎えることはなくなる。ずっと、そのために動いてきた」


「そうじゃなくて」


少し間があった。


「今日、イルゼさんが説明したとき——みんなの顔を、見ていましたか」


「見ていた」


「……そうですか」


フィナが目を落とした。膝の上の手が、静かだった。


「ずっと——思っていたことがあります」


「前から、気づいていた。——でも、言えなかった。マーケタさんが、私のために、やってくれているのがわかっていたから」


「マーケタさんはこの店のことを考えている。変えようとしている。でも——変わっていく中で、そこにいる人のことが、見えているのかどうか。ずっと、わからなかった」


「見えている」


「見えていない!」


声が重なった。


「マーケタさんには、見えていないものがある」


フィナの声に、怒りはなかった。ただ、静かだった。


「ブリッタさんも——」


フィナが続けた。「ブリッタさんは、私がこの店に来た時に、最初に仕事を教えてくれた人です。ミスをしたとき、フォローしてくれたのも、ブリッタさんで」


「……ブリッタ?」


「——ブリッタさんです。赤毛の——」


口が、開きかけた。


フィナが、顔を上げた。


「……そうですか」


目に、何かがなくなった。


しばらく、何も言わなかった。


「もういいです。出て行ってください」


悲しそうな声だった。


---


廊下に出た。


扉が閉まった。


暗かった。自分の足音が木の床に落ちた。


扉の向こうは静かだった。


——思い出したのは、ずっと前の夜のことだった。

まだ俺が、別の体で生きていた頃の話だ。

言い合いの終わりに、あの人が言った。


「あなたは人の心がわかってない」


声のトーンは、覚えていない。言葉だけが、鮮明だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ