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傾いた樽と真珠 ~転生先は酒場兼娼館だった。武器は、前世の知識だけ~  作者: 華雪β
第5章 始動と亀裂

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第20話 翌朝の話し合い

夜が明けても、昨夜の感覚は残っていた。体が、少し軽かった。

イルゼの部屋の扉をノックした。「どうぞ」がすぐ返ってきた。


机の上に書き付けが何枚か広げてあった。イルゼはそれを一瞥して、椅子を引いた。「座りな」


向かいに腰を下ろした。


「昨日のうちに整理した」


イルゼが最初に口を開いた。珍しかった。いつもならこちらから話す。


「何を、ですか」


「段取りだよ。どこから手をつけるか、誰に何をやってもらうか——そういうことだ」


---


思ったより、話が速く進んだ。


客席の配置。照明。接客の空気の変え方。カルロへの連絡と次の来訪の段取り。女中たちへの説明の順番。それぞれの役割分担。一つ一つ確認していくと、計画が輪郭を持ち始めた。


「値段は——」


「今のままだよ。当面は」


「いつ、変えますか」


イルゼが少し考えた。「値上げはしたいよ、本当はすぐにでも。だが今の客層のままじゃ——上げた瞬間に、足が遠のくだけだ。客は自分で行きたい店を選ぶ。店の空気が変われば、合わない客は自然に来なくなる。そこまで持っていければ、迷わずやる」


(そのトリガーを、俺が作る)


「その時は、手伝わせてください」


イルゼが少し間を置いた。「……わかった」


---


「一つ——確認させてください」


「なんだい」


「上の部屋は、いつやめますか」


イルゼが少し間を置いた。「移行しながら、少しずつ減らしていく」


「即座に止める、という選択はありませんか」


イルゼが目を上げた。「理由を聞こうか」


「中途半端に続けると——そこにいる子たちの立場が宙に浮く。どっちでもない時間が続く。それは——」


「わかってる」


「だが——やめた翌日から、売上の穴が空く。新しい仕組みが育つまでの間、この店は何で食っていくんだい。あんたの計算で、移行にどれくらいかかる」


「……半年は」


「半年、穴を空けたまま走れるかい」


言葉が出なかった。


「段階的に移行する。時間をかけて減らしていく——それしかない」


「……」


---


プロとしての理屈はある。本当は、一度で切るべきだ。変わりかけの店は——どちらの客にも、どちらでもない場所になる。


経営者としての理屈もわかる。即座に止めれば、この店の収入は一気に細る。移行期間中の足腰がなくなる。計画全体が崩れる。


言いかけた「でも」を、飲み込んだ。


視線を、机の木目に落とした。


イルゼが静かに書き付けを手に取った。


それから、役割分担が決まった。イルゼが店の運営と従業員の管理を担う。こちらは吟遊詩人の手配と客層の設計を受け持つ。段取りが決まって、計画が動き出した。


「わかりました」


イルゼが書き付けを重ねた。「今日から動く。あんたは——カルロとやらに連絡を入れな」


「はい」


立ち上がって、扉の方へ向かった。


「……待ちな」


足を止めた。


「できるだけ——速く進める。それだけは約束する」


振り返ったとき、イルゼはすでに書き付けを見ていた。


---


廊下に出て、扉が閉まった。朝の空気が、少し冷たかった。


(わかっている。でも——)


飲み込んだ「でも」が、まだ胸の中にいた。


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