第20話 翌朝の話し合い
夜が明けても、昨夜の感覚は残っていた。体が、少し軽かった。
イルゼの部屋の扉をノックした。「どうぞ」がすぐ返ってきた。
机の上に書き付けが何枚か広げてあった。イルゼはそれを一瞥して、椅子を引いた。「座りな」
向かいに腰を下ろした。
「昨日のうちに整理した」
イルゼが最初に口を開いた。珍しかった。いつもならこちらから話す。
「何を、ですか」
「段取りだよ。どこから手をつけるか、誰に何をやってもらうか——そういうことだ」
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思ったより、話が速く進んだ。
客席の配置。照明。接客の空気の変え方。カルロへの連絡と次の来訪の段取り。女中たちへの説明の順番。それぞれの役割分担。一つ一つ確認していくと、計画が輪郭を持ち始めた。
「値段は——」
「今のままだよ。当面は」
「いつ、変えますか」
イルゼが少し考えた。「値上げはしたいよ、本当はすぐにでも。だが今の客層のままじゃ——上げた瞬間に、足が遠のくだけだ。客は自分で行きたい店を選ぶ。店の空気が変われば、合わない客は自然に来なくなる。そこまで持っていければ、迷わずやる」
(そのトリガーを、俺が作る)
「その時は、手伝わせてください」
イルゼが少し間を置いた。「……わかった」
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「一つ——確認させてください」
「なんだい」
「上の部屋は、いつやめますか」
イルゼが少し間を置いた。「移行しながら、少しずつ減らしていく」
「即座に止める、という選択はありませんか」
イルゼが目を上げた。「理由を聞こうか」
「中途半端に続けると——そこにいる子たちの立場が宙に浮く。どっちでもない時間が続く。それは——」
「わかってる」
「だが——やめた翌日から、売上の穴が空く。新しい仕組みが育つまでの間、この店は何で食っていくんだい。あんたの計算で、移行にどれくらいかかる」
「……半年は」
「半年、穴を空けたまま走れるかい」
言葉が出なかった。
「段階的に移行する。時間をかけて減らしていく——それしかない」
「……」
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プロとしての理屈はある。本当は、一度で切るべきだ。変わりかけの店は——どちらの客にも、どちらでもない場所になる。
経営者としての理屈もわかる。即座に止めれば、この店の収入は一気に細る。移行期間中の足腰がなくなる。計画全体が崩れる。
言いかけた「でも」を、飲み込んだ。
視線を、机の木目に落とした。
イルゼが静かに書き付けを手に取った。
それから、役割分担が決まった。イルゼが店の運営と従業員の管理を担う。こちらは吟遊詩人の手配と客層の設計を受け持つ。段取りが決まって、計画が動き出した。
「わかりました」
イルゼが書き付けを重ねた。「今日から動く。あんたは——カルロとやらに連絡を入れな」
「はい」
立ち上がって、扉の方へ向かった。
「……待ちな」
足を止めた。
「できるだけ——速く進める。それだけは約束する」
振り返ったとき、イルゼはすでに書き付けを見ていた。
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廊下に出て、扉が閉まった。朝の空気が、少し冷たかった。
(わかっている。でも——)
飲み込んだ「でも」が、まだ胸の中にいた。




