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傾いた樽と真珠 ~転生先は酒場兼娼館だった。武器は、前世の知識だけ~  作者: 華雪β
第4章 壁と突破口

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第18話 カミングアウト

片付けが終わりかけたとき、フィナが来た。


「……今日、この後、時間ありますか」


「あるよ」


「部屋に来てもらえますか」


フィナから呼ばれたのは、はじめてだった。


---


フィナの部屋は隣だ。扉を開けると、蝋燭が一本、窓の傍に立っていた。


フィナが先に入って、床に座った。こちらも、向かいに座った。


しばらく、何も言わなかった。フィナが何かを言おうとして——整えているのがわかった。


(この子が——最近、何かを言いかけて止めている)


気づいていた。


「……一つ、聞いてもいいですか」


「どうぞ」


フィナは少し間を置いた。


「なぜ——こんなことが思いつくんですか」


「こんなこと、というのは」


「評判を設計するとか、客層を変えるとか」フィナは膝の上で手を組んだ。「貴族のご出身だから——とか、そういうことなのかもしれないけれど。でも、そういう話じゃない気がして」


静かだった。


---


一瞬、迷った。


あの日——フィナは隣で、全部聴いていた。吟遊詩人との話も、帰り道も。


「元貴族」という説明は、ずっと使ってきた。でも——フィナには、もう通じない気がした。そのうえで、この子は今日、自分から呼んできた。


(この子は、毎晩ここで客の顔を見ている。この店の変化を、一番近くで見ているのも、この子だ)


「……正直に話す」


フィナが顔を上げた。


---


「私は——この体の持ち主じゃない」


フィナは何も言わなかった。


「別の世界から、来た。この体に、気づいたら入っていた」


少し間があった。


「……別の世界」


「ええ。時代も、場所も、こことは全然違う世界で。そこで、仕事をしていた」


「……どんな仕事ですか」


「店や商品をどう売るか、どう伝えるか——それを考える仕事を。長い間、それだけをやってきた」


「……それが」


「今やっていることと、繋がっている」


長い沈黙があった。


---


フィナは下を向いていた。


しばらくして、ゆっくり顔を上げた。


「……信じます」


「理由を、聞いてもいいですか」


「貴族の方が、こんなことをするはずがないから」フィナは少し笑った。「……私たちに、こんなに真剣に——」


そこで止まった。続きは出てこなかった。


---


「……あなたがいた世界には、こういう場所がありましたか。私たちがいるような」


少し考えた。「……あった」


「そこでも——同じことを?」


「違う形で。でも、似たことを」


フィナはしばらく黙っていた。


「……こういう場所は、なくなりましたか」


「……なくなりつつある。長い時間がかかったけれど」


「長い時間」


「ええ」


また静かになった。


---


「……『会社員』とは、どういうものですか」


止まった。


「……以前、そういう言葉が出ていたことがあって」フィナは少し恥ずかしそうにした。「聞くつもりはなかったんですが」


(口から出ていたのか)


「……長くなる」


「聞きたいです」


その夜、少し長く、話した。


---


翌朝。


フィナが来た。


いつもより少し——足が速かった。


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