第16話 売上と利益
イルゼの部屋へ向かう前に、頭の中で並べた。
自分の指名数。フィナとの合計、数週間分の累計。評判を聞いて来た客の数。他の女中たちとの比較。
(前回は手ぶらだった。今回は違う)
でも——これで十分かどうか、わからなかった。イルゼが動くのに「どれだけ」が要るのか、まだわかっていない。だから——出してみるしかない。足りなければ、もっと積むしかない。
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イルゼの部屋は、前と変わらなかった。几帳面に積まれた書き付け。使い込まれた椅子。蝋燭が机の端に立っていた。
「数字を持ってきました」
イルゼは黙って、こちらを見た。
話した。指名数の推移、数週間分。フィナと二人の合計で、他の女中の一番多い者を上回っていること。評判を聞いて来た客の累計。
「それと——」
フィナが気づいたことを話した。最初から名前を出して来た客は、帰り際に席を立つのが一番遅い。
「数字ではありません。でも、そういう客が増えています」
イルゼは何も言わなかった。書き付けに目を落としていた。
しばらく間があった。
「……なるほどね」
イルゼが考え込んでいた。
(通じた——のか)
イルゼが、重々しく口を開いた。
「たしかに、客足は伸びた。売上も上がった。つけている書き付けにも、数字で出ている」
(——通じている。よし)
イルゼが続けた。
「——でも、利益は下がっている」
止まった。
「……どういうことですか」
「あんたが呼んでいる客は、酒だけで帰る。上の部屋を使わない」イルゼは書き付けに目を落とした。「客が増えても、その客が上の部屋を使わなければ——売上が上がっても、利益は薄くなる。わかる?」
わかった。——わかりすぎた。
「あんたの客層は、この店の一番稼げる部分を使わない。それが、今起きていることだ」
「……でも」
イルゼが目を上げた。「なんだい」
言葉が出なかった。
「……いえ。何もありません」
間があった。
「……よくやったとは思うよ」イルゼは書き付けに目を戻した。「でも、現実を見ないとな」
「……はい」
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廊下に出た。
頭の中で、分解した。
売上が上がっている。これは本当だ。評判で来た客が増えた。良い客が続けて来るようになった。——でも、その客たちは酒だけで帰る。
上の部屋の稼ぎが、この店の利幅の軸だ。酒や食事には仕入れがかかる。売上が上がっても、利幅は一定の範囲に収まる。でも——上の部屋を使う客には、原価がほぼない。受け取った分が、そのまま稼ぎになる構造だ。その部分が、空いている。
良い客を呼べば呼ぶほど——上の部屋は使われなくなる。売上は伸びても、利幅は下がっていく。
(構造が、逆に働いている)
一人で、棄却していった。
単価を上げれば?——根拠がない。今の客層に値上げを飲んでもらえる理由がない。離れる客のことを考えれば、イルゼにとって大きなリスクになる。売上を大きく増やせる「何か」がない限り、イルゼは首を縦に振ることはないだろう。
旅の客を、上の部屋まで使う客にすれば?——それは、今の仕組みをそのまま続けることだ。上の部屋に客を送り続ける構造は、何も変わらない。フィナに安全な場所を作ることにならない。本末転倒だ。
(詰んでいる)
正しいことをやっている——つもりだ。でも——正しいことが、店の構造と噛み合っていない。
壁に手をついた。石が冷たかった。
詰んでいる、ように見える。でも——詰んでいると思ったとき、まだ一手があるはずだ。
(息が苦しい)
猛烈に、外の空気が吸いたくなった。




