第14話 実績を作る
廊下を一人で歩いた。
「もっと見せてみな」
あの言葉を繰り返した。完全な拒絶ではない。それだけは、わかった。
(何を見せれば、あの人は動くか)
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翌日から、一手だけ変えた。
旅の客が帰る夜、話の終わりに一言添えるようにした。「もし次の街で良い話し相手を探している方がいたら、ここのことを思い出してもらえれば」——そのくらいの言葉を、会話の流れに乗せる。種を蒔いているだけだ。
ある夜、一言多かった。「よろしければ、知り合いの方にも」。客の顔が少し固まった。厄介なことを頼まれた、という顔だった。
次の夜は、短くした。
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何日かが経った夜、片付けの途中でフィナが来た。
手を動かしながら、こちらを見て——でも目線はすぐに外れた。
「私も——何かできることは、ありますか」
(この子から、言ってきた)
「旅の方が帰るとき——また来てほしいと思う方には、一言添えてほしい」
フィナが顔を上げた。
言い方を用意しようとして——止めた。
(毎晩、客の顔を見ているのはこの子だ)
「言い方は、フィナに任せる」
フィナは少し黙っていた。
「……私の言葉で、いいんですか」
「あなたの言葉の方が、届くと思う」
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次の夜から、フィナが動いた。
帰り際の客のそばに、少し近づく。低い声で、何かを言う。何を言ったかは、聞こえなかった。
最初の夜——客は立ち止まって、少しだけフィナを見た。短く返して、扉へ向かった。
二日目。別の客。フィナが一歩近づく。客が少し体を向けた。一度頷いて、扉へ向かった。
(この子は——もともと、見ていた)
俺が動いている間には見えていなかったものが、そこにあった。
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さらに数日が経った頃——ここのことを聞いてきた、という客が来た。
はじめてだった。
(来た)
「……そうですか。よく来ていただいています」
声が少し浮きそうになるのを、抑えた。小さい。でも——最初の証拠だった。
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変化は小さかった。でも——あった。
良い客が続けて来る夜が、少し増えた。評判を聞いて来た客が、また一人現れた。フィナが「今夜は穏やかでした」と言う夜が、以前より多くなった。
でも——乱暴な夜は、まだある。
扉が開く音のたびに身構える夜が来る。フィナが顔を強張らせる瞬間が来る。構造は何も変わっていない。俺が動けるのは、その構造の内側の話だ。
(自分で変えられる範囲には、限界がある)
店のルールを変えない限り、根本は変わらない。
イルゼを動かすには——何が、どれだけ必要か。「もっと見せてみな」という言葉の「もっと」が、どのくらいかを、まだわかっていなかった。
(ゴールから考える)
何が要るかではなく、何をどれだけ積めば足りるか——その問いに変えないと、動き始められない。
イルゼの顔を思った。几帳面な書き付け。「もっと見せてみな」という言葉の、あの静けさ。感情で動く人間じゃない。
(こういう人間を、俺は知っている)
言葉では動かない。熱量でも動かない。目の前に置かれた数字だけが、この種の人間を動かす。
数字が要る。目に見えるものが要る。
では——何が、目に見えるか。
(他の女中より、客が多くなること)
それだ、と思った。来た客が、誰を目当てに来たか——その数で並べたとき、上にいること。それなら誰も否定できない。
それが、次にイルゼのところへ持っていくものだ。
部屋に戻った。ぬいぐるみたちが、いつも通りに並んでいた。
目標が決まった。
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> "Create uncontested market space and make the competition irrelevant."
> 「競争のない市場空間を創り出し、競争を無意味にせよ。」
> ――W・チャン・キム&レネ・モボルニュ『ブルーオーシャン戦略』




