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傾いた樽と真珠 ~転生先は酒場兼娼館だった。武器は、前世の知識だけ~  作者: 華雪β
第3章 設計図を描く

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第11話 外に出る(後)

食堂を出て、まず城門の方へ向かった。


荒くれ向けの店が城門寄りにあると——客との話の中で、黒熊亭という名前を聞いたことがあった。あそこは安い、あそこは賑やかだ、という話だった。


城門に近い通りに入ると、声が聞こえた。


扉が昼間から半開きで、男たちの笑い声と怒鳴り声が漏れてきた。近づくにつれて、酒のにおいと汗のにおいが混ざったような空気が来た。外から見える客は冒険者ばかりだった。体格がいい。武器を持ったまま入っている。椅子に腰かけながら隣の男と肩をぶつけ合っている者もいた。


看板の絵は熊だった。両腕を広げて立ち上がった、大きな黒熊。今にも飛び掛かってきそうな絵だった。


(これが黒熊亭か)


傾いた樽亭と同じ匂いがした——でも、もっと振り切っている。値段は安いはずだ。安さと騒がしさで成り立っている。むしろそれを売りにしている。


---


職人街の通りへ向かった。


人通りが少し減った。石造りの落ち着いた外観。看板には三本の柱が描かれていた。太くて、きちんと並んでいた。丁寧な絵だった。仮に『柱の店』と呼ぶことにした。


扉は閉まっていた。昼間はまだ開けていないのかもしれない。——壁に寄りかかって話している男が二人いた。楽しそうだった。常連の顔だった。


声をかけてみた。


「もうすぐ開きますか?」


二人が振り向いた。怪訝な顔だった。


「……ああ、夕方にな」


「どんなお店ですか?」


一人が答えかけて——もう一人が、こちらをじっと見た。


「……あんた、もしかして傾いた樽亭の——」


「あはは、人違いじゃないですか。失礼しました」


足を早めた。


(危なかった)


服を変えても、顔は同じだ。


『柱の店』は——娼館があるのかどうかはわからない。でも表には出ていない。夕方から開く、地元向けの店。傾いた樽亭より、少しだけ落ち着いている。客層が重なっている気がした。


---


石造りの大きな建物が集まる一角に入ると、建物の格が変わった。


壁に彫刻が刻まれていた。扉の前に植え込みが並んでいた。窓に布がかかっている——外から中が見えないようにしてある。


近づこうとして——止まった。


入り口に立っている男が、こちらを一目見て首を振った。


声には出さなかった。でも意味はわかった。


一歩、引いた。


(別の世界だ)


少し離れたところから、通りを行き交う人間を見た。荷物の質が違う。靴の質が違う。歩き方が違う。商人・ギルド役員・騎士クラスが来るところだ。正面から張り合える相手ではない。


名前は、まだわからない。


でも——この客層が、今の傾いた樽亭に来ていない。


---


城壁に近い、街の外れへ向かった。


建物は小さかった。平屋で、造りも簡素だった。扉は木の板一枚。看板の絵は豚だった。丸々と太って、腹が大きく膨らんでいた。『豚の店』と呼んでおく。


近づくと、扉の外まで声が漏れてきた。のぞくと、席がほぼ埋まっていた。男が一人で立ち働いていた。旅の流れ者、日雇いの男たち——格は最底辺だが、入っている。


(部屋がない)


この大きさでは、客を上げる部屋を作れない。ということは——酒だけでやっているのかもしれない。


それで客が入っている。


(娼館を持たない分、酒を安くできる。それで回している)


軸がある。安さという一点だけだが、それで刺さっている。


---


四軒を見て、帰り道に入った。


市場の端を通ったとき、旅の商人が二人、立って話しているのが見えた。


「——あそこの亭で女中に案内してもらった宿がよかった」


「あの子か。俺も次また行こうと思ってる」


傾いた樽亭の話ではない。別の店だ。でも——


立ち止まった。


(評判が、人より先に歩いている)


客が口にした言葉が、次の客を動かしている。店が何も言わなくても。その評判が、何ヶ月もかけて積み上がっていく。


(どんな評判の店にするかを、設計できる)


これは、店を変える話だ。——では、誰に向けた店に。


---


帰り道、頭の中で並べた。


黒熊亭は荒くれ向けで、安さと騒がしさで成り立っている。『柱の店』は地元の中堅向けで、常連が軸だ。『豚の店』は酒だけで安さに振り切っている。『格の高い店』は別の世界だ。


(黒熊亭・『柱の店』・傾いた樽亭が、同じ客を取り合っている。でも傾いた樽亭だけ、軸がない)


『豚の店』は割り切って軸を作った。それで客が入っている。


傾いた樽亭の前に来た。外から初めて、きちんと見た。


看板の絵は樽だった。少し傾いた樽が一つ、ぽつんと描かれていた。何かを表しているのか、ただそういう絵なのか——よくわからなかった。


建物は古かった。木と石が混じった造りで、壁はくすんでいた。扉は普通の扉で、黒熊亭のように開け放たれてもいないし、『格の高い店』のように重くもない。


中間だ、と思った。何もかもが中間だった。


(どこにも属していない)


(——だから、誰にも刺さらない?)


何かが引っかかっていた。でもまだ、言葉にならない。


今日一日、街を歩いた。四軒の店を見た。評判が人を動かすのを聞いた。でも——結局、何がしたいのか。どこへ向かいたいのか。まだわからない。


そういえば——四軒のどこにも、女性客はいなかった。


(たとえば——女性?)


ひとりで考えていても、ここから先には進めない気がした。


「まず、どんな店にしたいかを決める。それを——フィナに聞いてみよう」


夕暮れが、石畳の上に伸び始めていた。


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