第11話 外に出る(後)
食堂を出て、まず城門の方へ向かった。
荒くれ向けの店が城門寄りにあると——客との話の中で、黒熊亭という名前を聞いたことがあった。あそこは安い、あそこは賑やかだ、という話だった。
城門に近い通りに入ると、声が聞こえた。
扉が昼間から半開きで、男たちの笑い声と怒鳴り声が漏れてきた。近づくにつれて、酒のにおいと汗のにおいが混ざったような空気が来た。外から見える客は冒険者ばかりだった。体格がいい。武器を持ったまま入っている。椅子に腰かけながら隣の男と肩をぶつけ合っている者もいた。
看板の絵は熊だった。両腕を広げて立ち上がった、大きな黒熊。今にも飛び掛かってきそうな絵だった。
(これが黒熊亭か)
傾いた樽亭と同じ匂いがした——でも、もっと振り切っている。値段は安いはずだ。安さと騒がしさで成り立っている。むしろそれを売りにしている。
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職人街の通りへ向かった。
人通りが少し減った。石造りの落ち着いた外観。看板には三本の柱が描かれていた。太くて、きちんと並んでいた。丁寧な絵だった。仮に『柱の店』と呼ぶことにした。
扉は閉まっていた。昼間はまだ開けていないのかもしれない。——壁に寄りかかって話している男が二人いた。楽しそうだった。常連の顔だった。
声をかけてみた。
「もうすぐ開きますか?」
二人が振り向いた。怪訝な顔だった。
「……ああ、夕方にな」
「どんなお店ですか?」
一人が答えかけて——もう一人が、こちらをじっと見た。
「……あんた、もしかして傾いた樽亭の——」
「あはは、人違いじゃないですか。失礼しました」
足を早めた。
(危なかった)
服を変えても、顔は同じだ。
『柱の店』は——娼館があるのかどうかはわからない。でも表には出ていない。夕方から開く、地元向けの店。傾いた樽亭より、少しだけ落ち着いている。客層が重なっている気がした。
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石造りの大きな建物が集まる一角に入ると、建物の格が変わった。
壁に彫刻が刻まれていた。扉の前に植え込みが並んでいた。窓に布がかかっている——外から中が見えないようにしてある。
近づこうとして——止まった。
入り口に立っている男が、こちらを一目見て首を振った。
声には出さなかった。でも意味はわかった。
一歩、引いた。
(別の世界だ)
少し離れたところから、通りを行き交う人間を見た。荷物の質が違う。靴の質が違う。歩き方が違う。商人・ギルド役員・騎士クラスが来るところだ。正面から張り合える相手ではない。
名前は、まだわからない。
でも——この客層が、今の傾いた樽亭に来ていない。
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城壁に近い、街の外れへ向かった。
建物は小さかった。平屋で、造りも簡素だった。扉は木の板一枚。看板の絵は豚だった。丸々と太って、腹が大きく膨らんでいた。『豚の店』と呼んでおく。
近づくと、扉の外まで声が漏れてきた。のぞくと、席がほぼ埋まっていた。男が一人で立ち働いていた。旅の流れ者、日雇いの男たち——格は最底辺だが、入っている。
(部屋がない)
この大きさでは、客を上げる部屋を作れない。ということは——酒だけでやっているのかもしれない。
それで客が入っている。
(娼館を持たない分、酒を安くできる。それで回している)
軸がある。安さという一点だけだが、それで刺さっている。
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四軒を見て、帰り道に入った。
市場の端を通ったとき、旅の商人が二人、立って話しているのが見えた。
「——あそこの亭で女中に案内してもらった宿がよかった」
「あの子か。俺も次また行こうと思ってる」
傾いた樽亭の話ではない。別の店だ。でも——
立ち止まった。
(評判が、人より先に歩いている)
客が口にした言葉が、次の客を動かしている。店が何も言わなくても。その評判が、何ヶ月もかけて積み上がっていく。
(どんな評判の店にするかを、設計できる)
これは、店を変える話だ。——では、誰に向けた店に。
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帰り道、頭の中で並べた。
黒熊亭は荒くれ向けで、安さと騒がしさで成り立っている。『柱の店』は地元の中堅向けで、常連が軸だ。『豚の店』は酒だけで安さに振り切っている。『格の高い店』は別の世界だ。
(黒熊亭・『柱の店』・傾いた樽亭が、同じ客を取り合っている。でも傾いた樽亭だけ、軸がない)
『豚の店』は割り切って軸を作った。それで客が入っている。
傾いた樽亭の前に来た。外から初めて、きちんと見た。
看板の絵は樽だった。少し傾いた樽が一つ、ぽつんと描かれていた。何かを表しているのか、ただそういう絵なのか——よくわからなかった。
建物は古かった。木と石が混じった造りで、壁はくすんでいた。扉は普通の扉で、黒熊亭のように開け放たれてもいないし、『格の高い店』のように重くもない。
中間だ、と思った。何もかもが中間だった。
(どこにも属していない)
(——だから、誰にも刺さらない?)
何かが引っかかっていた。でもまだ、言葉にならない。
今日一日、街を歩いた。四軒の店を見た。評判が人を動かすのを聞いた。でも——結局、何がしたいのか。どこへ向かいたいのか。まだわからない。
そういえば——四軒のどこにも、女性客はいなかった。
(たとえば——女性?)
ひとりで考えていても、ここから先には進めない気がした。
「まず、どんな店にしたいかを決める。それを——フィナに聞いてみよう」
夕暮れが、石畳の上に伸び始めていた。




