第34話 カーネルと会食
ギルドの外で数分ほど待っていると、ゆっくりと扉が開く。姿を現したのはオレが待っていたその人物だ。
「浮かない顔をしているな」
「グレイくん……」
肩を落とす、とまではいかないまでも活気の消えたカーネルと夜のグレイシャルを歩いていく。
「これから飯の約束だったな。どこで食べる」
「そうだね……」
心ここにあらず、といった感じだな。
それも仕方のない事だろう。自分が信じていた正義が打ち砕かれ、憎んでいた相手が実は自分を守っていたと知ればそのショックは小さくない。戦っているスケールの違いさえも痛感しているかもな。
「飯はまた今度にして少し歩こう」
「あ、ごめんグレイくん! つい考え込んじゃって……ぼくは平気だから何か食べに行こうよ! こないだのお礼もしたいしさ」
「平気じゃないから平気だと主張をする。無理する必要はない。それにオレも何か食いたいほど腹が減っているわけじゃない。オレのわがままで悪いが、散歩に付き合ってくれると助かるんだが」
「……わかったよグレイくん。ありがとう」
深い青に覆われた夜空に満月が浮かぶ。夜風の気持ちいい季節がやってきたな。
活気とは程遠い寂れた夜のグレイシャルを、オレたちは目的もなく歩いていく。会話はない。
オレから話を振る事は簡単だが、大事なのはカーネル自身が納得して答えを出す事だ。回答によっては、同行させない可能性も検討しなければならない。
「ぼくはね」
重たい口がようやく開いた。
「自分ならもっとすごい事ができるはずだ、って思って冒険者になったんだ」
「そうなのか」
「ノルバルドの辺境の村で生まれたぼくは、村で一番剣の扱いがうまかったんだ。同級生はもちろん、年上の人たちだってかんたんに打ち負かしてきた。剣術道場の師範にはあと一歩及ばず、って感じだったんだけど」
「おまえでも勝てない師範か」
カーネルは身振り手振りをあわせながら微笑んで答える。
「そりゃもうすごいんだから。ぼくなんて全然敵わなかったよ。だから当時は、師範に勝つ事だけを目標に毎日練習をしてたんだ」
だけどね、と区切る。微笑みも消える。
「ある日、ぼくは師範に呼ばれたんだ。朝の四時だった。誰もいない静かな道場の冷たい床に正座させられて、こう告げられたんだ――――君は今日で道場を卒業だ、と」
「卒業か。めでたい事だな」
カーネルはううん、と首を横に振る。
「祝いの言葉だけど、実際はただの破門だった。何でも他の道場生からぼくを退場させてほしいって苦情がたくさん来ていたんだって」
「おまえに敵わない奴らのやっかみか?」
「ぼくもそう思ってた。だから師範にも言い返したんだ。でも聞く耳を持ってもらう事はできなくてね。ぼくを信じてくれていると思っていたし、ぼくもまた師範の事を信頼していたから、なんでぼくの言葉が届かないのか――もどかしさとわだかまりをありったけぶつけて、道場から飛び出してきた。ぼくならもっと高みに行ける、師範だって絶対に超えられる、ぼくを追いだそうとしてきた奴らがぼくに憧れるくらいすごい事をしよう……そう思って冒険者になったんだ」
商店街に出ても静まり返ったグレイシャル。カーネルの声だけがオレの鼓膜を静かに強かに叩いてくる。
「だけど結果はグレイくんの知っている通り。小耳にはさんだ事もあるかもしれないけれど、ぼくはどのパーティーにも所属できなかった。サポートメンバーとして加入する事はあっても、正規メンバーに採用される事はずっとなかったんだ。色々なパーティーを転々とする中で、いつの間にか『鉄血の聖域』や『正義の天秤』の事件の中心に立っていた」
しまいには、と大きなため息がひとつあって。
「ガルムナートさんの手のひらの上で泳がされている事に少しも気づけなかった……すごい事をやろう、すごい人になろう、師範を超えて高みへ行こう……そんな志ばっかりが先行して、結局ぼくは何者にもなれていないんだな、って気づかされたよ。『鉄血の聖域』が全滅を装っていたなんてまったく知りもしなかった。ただ目の前で彼らが魔獣に蹂躙されているのを見て、それを現実だと思い込んで報告して。……踊らされてばっかりだ」
「ガルムナートが一枚上手だったのもある。信じ込むのも無理はない」
「そうじゃないんだ。今回の事も、道場を追いだされたのも同じ事だったんじゃないか、って」
頭上の満月に手を伸ばすカーネル。何を意味しての行動かは解しかねるが、その顔は諦観に満ちているように見える。
「ぼくは自分が正しいと思う事だけ、見たいと思う事だけを信じてきたんじゃないかと思うんだ。道場でもそう。サポートで入ったパーティーもそう。自分より弱い人たちがいれば、ぼくと同じ練習をすればいいのに。連携を重視しすぎるパーティーには、好機を逃す機会も相応に増える。だから前衛が積極的に動かないとダメだ――そういった具合にね」
懺悔の言葉が続いていく。
「今回の事もね。ガルムナートさんがぼくに濡れ衣を着せようとしているのは、ぼくが疎ましいからだ。ギルドマスターを懐柔し、支配権を拡大してやりたいようにやっているなんておかしい。……そうやって自分が信じたい論理を絶対の正解だと思い込んできたんだと思う」
人とはそういう生き物だ。信じたいように信じ、見たいように物事を見る。そう言って開き直る事ほど簡単な事はない。
だが今、カーネルは殻を破りその向こう側へ足を踏み出そうとしている。
「そんな甘い世界じゃなかったんだね、ここは。目に見えるものがすべてで、そこに真実や真相がきちんと反映されているはずだ、なんて、そんな訳なかったんだ」
手のひらに収めた満月をカーネルが握りしめる。
「ぼくは正しさを捨てたい。ぼくの中にある正解を忘れて、一番優しい答えを出せるようになりたい。ぼくだけの正しさじゃ誰も救えないってわかったから。善意だけでは誰も守れないし、立ちはだかる悪意にも対抗できない。だからグレイくん」
カーネルが足を止めて、オレの方へ向きなおる。
「――ぼくは強くなりたい」
その瞳には確かな情熱が宿っている。自身の弱さを認め、克服するために力を欲する意欲。優しさや善意の限界を痛感したからこそ辿りつけた境地だ。
カーネルを同行させない理由が立ち消えたな。
「おまえの正解を捨てる必要はない」
だからオレも答えよう。
「誰かの正解は誰かの不正解になる。絶対的な解などはじめからないも同然だ。そこにあるのは、信念を正解にできる力があるかどうかの差。無慈悲に聞こえるかもしれないが、最後に立っていた奴が正解になる。それが現実だ」
「……、」
「だからカーネル、おまえはおまえの優しい正解を貫ける冒険者になればいい。正解は変わっていってもいい。おまえの信じる答えを答えにしていくんだ」
何事においてもそう。不条理、理不尽、絶望。
人の道を歩めば必ず味わうそれらを、何が何でも正解へもっていく。捻じ曲げる。
そういう強かさを持ったうえで、オレたちは生きていかなきゃいけない。
「明日午後一時、ガルムナートと失踪を偽装された冒険者たちの元へ行く。参加するもしないも自由だが、オレはおまえに来てほしい」
柄でもないが、オレは手を差し出した。その手は迷いなく握られる。
「行かせてもらうよ、必ず」
決意に満ちた表情は、満月よりも頼もしく輝いている。




