第33話 ガルムナートの目的
理事会を潰す。
物騒でいて現実味のない宣言に、一同が黙するのも無理はない。
そわそわしていたミラよりも早く口を開いたのはカーネルだ。
「ガルムナートさん、理事会を潰すって……本気で言ってるんですか? どうしてまた」
「俺が冗談で言う奴に見えんのか? 理事会はこの国の進歩を妨げる癌だ。病巣は早いうちに切除しておくのがいいだろ」
不服なのか、カーネルは切り返す言葉を考えているようだ。感情的な反論が出てこないのは、昼間こっぴどくガルムナートにやられた記憶が残っているからだろうな。
だがこの説明では納得できないのも当然だ。
「その結論に至った背景から話すべきだ。消息不明の冒険者たちと『鉄血の聖域』。彼らはおまえの戦略に合意し、自ら姿を消した。そうだな?」
ガルムナートはうんともすんとも反応しない。話を進めるためにもここはイエスと返事されたと受け取っておこう。
「そういうわけだミラ、ミミロース。おまえたちの仮説はまず的を射ていた事になる」
二人は目を合わせる。的を射ていた、と言われても手放しで喜べないのか、困惑が表情に出ている。肝心なポイントにはまだ触れられていないからな。
その空気を悟り、ガルムナートが口を開く。
「ヴェルザント王国。この国に冒険者は腐るほどいるが、Bランクに認められたのは俺を含めたった五人。CやDに上がれるやつもそう多くはない」
だが、と区切る。
「その割には攻略難易度が高い依頼をこなせていたり、平然と俺に歯向かってくる輩もいる」
あまりこちらを睨まないでほしいものだな。
「それだけBランクにあがるハードルが高いって事じゃないの?」
「問題はハードルが高い事じゃなく、そのハードルを超えられる実力を持っているにも関わらず、実践で力を出し切れない事だ。壁を飛び越えるための足場が意図的に低くされているイメージでもすればわかりやすいだろ」
おそらくこの場にいる全員が同じ事を思ったはずだ。実践で発揮できない力は実力とは言わないのではないか。
それを予想できないガルムナートではない。
「仮に、だ。もし仮に、冒険者たちのポテンシャルを奪う何かが存在しているとしたら?」
静まる空気。それなら話が変わってくるからな。
環境に左右されずに発揮できる力は実力だが、それを明確に阻害する要因があるのなら、本人の力不足に責めを帰すというのは酷だ。
そして結論を断ずる。
「理事会は俺たち冒険者から搾取している。これが俺の出した答えだ」
「待ってくださいガルムナートさん。いくら何でも話が飛びすぎじゃないですか? 何をもって理事会がぼくたちから搾取していると言うんですか」
「俺はこれまで多くの仲間たちの死に目にあってきた」
多くを語りたがらないガルムナートが過去を口にする。
その声音に、どす黒くも悔やみきれない何かが滲んでいるとオレは思った。
「職業柄、戦死する事は仕方のない事だ。達成見込みがない依頼に息巻いたり、慢心や怠惰で命を奪われたりする連中もいた。そいつらは紛れもなくバカだ。冒険者でなくてもどっかでやらかしてるに違いねぇ。……だが、到底信じられない死に方をした奴もいる。平たく言えば、Eランク向けの依頼に出向いたCランクが帰ってこない、とかな。おかしいと思わないか?」
「まぁ確かに、その条件でCランクが負ける理由は想像できないよね」
「依頼を難易度別に振り分けてるギルド側からしても、その可能性は低いです……」
「だから俺は死んだ連中を調べたのさ。魔力は体内で精製され循環する。死ねば時間を経て体外に霧散し、魔法使いとしての役目を終え人間として死ぬ事になる。――だが」
テーブルから足を降ろし、前髪をかきあげて言った。
「霧散するはずの魔力が強制的に吸い上げられたような痕跡があったのさ」
支部の中でも屈指の強さ、すなわち魔力感知能力を持っているガルムナートだからこそ気がつけた事実。
彼の行動の発端はここにあったのかとオレも納得する。
「人間から魔力を排出するなんて所業、そこらの凡人にできる事じゃねぇ。だから俺は理事会に目をつけた。アイツらは人間から魔力を奪う何かを隠し持ってる」
オレはテーブルを囲う面々の様子を確認する。
あまりにも突飛な話ゆえに、まだ半信半疑、いや疑い八割くらいだろうな。
事情を把握しているオレの役目は、この話とガルムナートの行動を接続する事。そのためにも、各々が抱えている疑問は早いうちに解消しておいたほうが良い。
あれこれ考えているであろうメンバーたちにオレはパスを出す。
「オレたちは今、冒険者ギルドを取り巻く深い闇に踏み込もうとしている。気になる事があれば聞けるうちに聞いておくのがいい」
声を震わせながら手を挙げたのはミラだった。
「魔力を吸い上げる何か……もし本当にそんなものがあるのなら、冒険者さんたちに多大な影響が出てきますけど……そんなの、おとぎ話の呪いか何かじゃないんですか?」
にわかには信じられない。いや、信じたくない。そんな拒絶を含む質問。
だがオレには心当たりがある。追い詰められたブランドンが最期に見せた、自身の魔力が神経毒に変換されるという常軌を逸した魔法。あれもまた、個人の魔力に干渉できるシステムが存在している証拠だ。
「呪いか。そういう見方をしてもいいんじゃねぇか。曖昧なものにすがって見ないふりをするのは簡単だ。それで片づけたいならお前はそう納得してりゃいい」
「ガルムナートさん、あなたの考えている事はわかりました。……でも全部仮説でしょう? なぜ理事会がぼくたち冒険者にそんな事をする必要があるんです」
「お前はずいぶんと理事会を信頼しているようだなカーネル。自分が標的にされてもなおそう思えるのはある種の才能だと思うぜ?」
「……どういう、意味ですか」
カーネルが険しい顔で問い詰める。
「ここ最近、お前に降りかかった事態を思い出してみろ」
『正義の天秤』が仕組んだイレーヌを囮にした誘導作戦。木こりの男の家を破壊した容疑。もっと遡れば、『鉄血の聖域』の全滅さえもカーネルに降りかかった不幸のひとつに数えられるだろう。
「『正義の天秤』やブランドン、俺がおまえを疎ましく思っていた。だからありもしない罪を着せられてハメられた。まさかこの期に及んでそんなお花畑な頭してんじゃねーだろうな?」
「……、」
「裏で糸を引いているのは他でもない理事会だ」
「……ありえません。確かにぼくはここ数ヶ月で何度も窮地に立たされてきました。濡れ衣を着せられ続けてきたと言っても過言ではない。でもそれもガルムナートさん、あなたが手を回していたからなんでしょう? そもそも依頼の振り分けを行っているのはあなただ」
良い流れになってきたな。カーネルの口から今回の本題、ガルムナートがなぜ特定の冒険者たちを失踪させているのかについて触れる時が来た。
全容を把握していないカーネルからすれば、自身を窮地に追いやって来たのは他でもないガルムナート。彼の発言を素直に受け取れない気持ちは自然なものだろう。
「ガルムナート、話してやればいいんじゃないか」
「テメェが俺に指図すんな」
はぁ、と深いため息をつかれる。ガルムナートが無言を貫くようなので、オレが代わりに話すしかなさそうだ。
「理事会が人間から魔力を吸い上げる何かを保有している。カーネルの言ったとおり、これは現段階では仮説にすぎない。だが、その『何か』は明確な目的を持って開発、運用されている――そう確信するに足るものを見てきたんだよな、おまえは」
「……、」
「アッシュ、どういう事なの? わかりやすく説明してよ」
ミミロースの言葉にミラも頷く。カーネルも耳を傾ける準備はできているようだ。
「ガルムナートはあるパターンを見つけたんだ。それはブランドンを通じて直々に下される死の選別、つまり引き受けた以上絶対に帰還不可能な高難度の依頼のことだ。ある特徴を持つ冒険者たちは必ずこの選別を受けさせられる――そうだなガルムナート」
「一々俺に確認を取るな」
「グレイくん、その特徴っていうのは?」
「冒険者としての頭角を現す事。つまり実力が認められ始めた冒険者たちが該当する。カーネル、おまえも心当たりがあるんじゃないか」
Eランクとは思えないほどの剣術の才。上位ランカーたちと遜色ない戦闘能力でパーティーを牽引する才能。
話しながらオレの頭の中もきれいに整理されていく。理事会はとんでもない事をやっている。
「要するに、理事会は才能ある者が成長すればするほど、その命を手にかけようと動き出す。長年グレイシャル支部に席を置いてきたガルムナートだからこそ気がつけたパターンだ。実際『鉄血の聖域』もカーネルも、毒牙にかけられる寸前だったのは記憶に新しいだろう」
「で、でもグレイくん……たとえそれが本当だったとしても、理事会がそんな事をする意味がわからないよ」
そこで口を閉ざしていたガルムナートが痺れを切らしたように言い切る。
「豚と一緒だ。戦闘能力や魔法に長けた人間だけが食われる。今のギルドは優秀な人間から順番に食い殺される家畜小屋そのものだ。おそらくグレイシャル支部だけじゃない。他の支部でも同じような事がずっと続けられているはずだ。なぜだと思うカーネル」
「それは……一番美味しいから」
「そうだ。強い奴は理事会にとって『美味い』存在なんだ。それが連中の持っている『何か』にどう影響しているのか、どう関与しているかはわからねぇ。だから探りに行ってぶっ潰すんだよ」
ここまで話せばわかるだろう。ミラ、ミミロース、カーネル。三人は息を飲んで目を見開いた。
「って事は、冒険者の失踪を偽装させていたのは……!」
「その通り。ガルムナートが『鉄血の聖域』や歩以下の冒険者たちを消した理由は、理事会による搾取のサイクルから守るためだ」
ガルムナートの『悪役』の正体。
それは見込みのある新芽を理事会の魔の手から公式に殺すことで守り抜くという、極めて歪で不器用で、かつ唯一の対抗策だったわけだ。
「そんな……」
カーネルは呆然と自らの目を見つめている。追放される事が実は自分を守るための手段だったという事と、そのためにどれほどの人間が闇に潜伏していたのかを噛みしめるように。
それでいいんだカーネル。目に見えている世界がいかに狭いかをもっと噛みしめろ。
オレはガルムナートが連れてきた女冒険者へ視線を送る。
「彼女もガルムナートの戦略で正体を隠している。そうだな?」
全員の意識が彼女に集まる。
「アタシ? 別にアタシは……」
「謙遜する必要はない。昨日おまえがCランク冒険者に絡まれている所を見ていた。彼らは気づいていないようだったが、本気で衝突すれば勝っていたのはおまえだった。違うか」
「戦ってもいねぇのにわかるのか。はっ、なんなんだよお前は」
ガルムナートが呆れたように吐き捨てる。
「まぁバレちゃってんのなら仕方ないか。自己紹介だけしとくね。アタシはエレンフリード。一応ランクはBって事にしてる。よろしくね」
妙な言い回しだな。
「認定されたランクはBじゃないのか」
「ちゃんとBもらってるわよー。ただアタシはガルムナートなんかよりも十分に強いから。同じランク扱いされるのが嫌なのよ」
「そういう事は一度でも俺に勝ってからほざけ」
「いつでも相手になるわよ? アンタ相手に本気を出すまでもなく――」
……と仲良し兄妹のような罵り合いが始まってしまう。
ミミロースにどうにかしてくれと目で合図をするも、彼女も彼女でガルムナートの素行の意味を噛みしめているようで機能しなさそうだ。
「いつでも相手になってやるよ。なんなら今やるか?」
「上等じゃないの‼ 後で泣き喚いたって容赦してあげないわよ」
「そこまでだ。やるならこの話し合いが終わってからにしてくれ。ともかく今話した通り、ガルムナートの行動には意味があった。この理解は共通認識でいいな」
全員に問いかけると、熟考を終えミラたちが呟くように口を開く。
「なんか……ガルムナートさんの印象がだいぶ違うっていうか……」
「何か企んでるとは思ってたけど、そんな事情があったのね……なんかごめん、そしてありがとう」
「気色悪いからやめろ。感謝されたくてやってんじゃねぇ」
吐き捨てるように拒絶するガルムナート。あくまでもすべてを明らかにするつもりはないらしい。
「それでこれからどうするつもりなの? 理事会を潰すって具体的にはどうやって?」
「クックック。準備は着々と進んでるさ」
「ここまで話しといてお預け⁉」
ミミロースがむくれる。
さて、舞台は整ったな。全員が理事会を敵に相応しい相手だと認識し、ガルムナートの横暴が実は必要悪であった事にも気づかせる事ができた。
オレの目的のためにも、事は進めなければならない。
「ガルムナート。失踪を偽装して潜伏させた連中はどこに隠している。おまえのことだ、理事会を潰すために策を講じているんだろう?」
オレの問いに、ガルムナートは不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。
「明日の午後一時。戦う覚悟のある連中だけを連れていく。グレイ、その選別はテメェがやれ。足手まといを連れてくんじゃねえぞ」
「なんでオレが」
言い終わる前に、ガルムナートはギルドから出て行ってしまった。
残されたミミロースが不思議そうに首を傾げる。
「……なんかあいつ、アッシュの事すごい信頼してない?」
「わたしも思いました。おふたりって仲良かったでしたっけ?」
「いや、ただの顔見知りだ」




