第32話 容疑者ガルムナート
「さっきの質問の回答だけど、これを言えばミラちゃんの仮説は違うってわかっちゃうんだ」
ミラの仮説。直接的に口にしてはいないものの、要するに消息不明の六名や『鉄血の聖域』の全滅は、すべてガルムナートが実行しているのではないかというものだ。
ミミロースはその仮説を真っ向から否定する事実を提示した。
「結論から言うね。『鉄血の聖域』メンバーは全員生きてるんだ」
驚いた。オレも初耳の情報だったが、ミラのほうはオレ以上に驚いている。またもがたん、とイスが倒れていた。
「え? え⁉ みなさん無事なんですか⁉ いまはどちらに⁉」
「ちょー無事。あたしもアイツらがどこで何してるかは知らないけど、少なくともみんなに通達された全滅って話は真っ赤なウソ」
オレは倒れた椅子を戻しながらミラに着席を促す。
「だから遺体の回収記録が残ってないのは普通の事なんだよね。ごめん、せっかく沢山調べてくれたのに」
「い、いいんです! むしろ皆さんが無事だと知れて良かったです……!」
同感だ。亡くなっていると聞いていた人たちが実は生きていたのなら、それは紛れもなく吉報である。仮説が否定された程度で残念がる事ではない。
「でもどうしてギルドマスターはそんなウソをついたんでしょうか……」
引っかかるのも当然だ。そしてこの先で、ミラが特定した『共通点』が浮かび上がってくるはずである。
「あー……まぁ、なんていうか、重症のブランドンを悪く言うつもりは全くないんだけど、あの人ガルムナートの言いなりだったから」
「え⁉ そうなんですか⁉ ギルドマスターなのに⁉」
「ギルドマスターなのに、だよ」
露骨にしゅんとしてしまうミラ。ミミロースもまさか気付いていないとは思っていなかったのだろう。『この空気なんとかしてよ』と目線で訴えてくる。仕方ないな。
「だがミミロース、たとえガルムナートが実質的なギルドマスターを担っていたとしても、消息不明の冒険者たちや『鉄血の聖域』に関与しているとは言えない。そこはどう説明する」
「……変な話なんだけどね、」
一度言葉を区切ったミミロースは顔の前で手を組んだ。
「実は『鉄血の聖域』の壊滅を偽装しようって提案してきたのがガルムナートなの」
またもや椅子が倒れる。一々反応していては話しが進まないのでリアクションはしないが、椅子は戻しておこう。
「北の森で暴れてる魔獣討伐の依頼を受ける二、三日前だったかな。突然ガルムナートがあたし達と協力して達成したい依頼があるって打診してきたの」
まだオレがクラウンギルドにいた頃の話だな。
「内容は大したものじゃないんだけど、すっごい遠征だったんだ。ノルドバル支部まで到着しそうだったくらい」
「北部山岳地帯のですよね? ……あー、思い出しました。こんな遠い所に出向いてくれる冒険者さんはいないだろうなって掲示板に貼った記憶あります」
「うん。依頼自体は順調にこなせてさ。いつもは俺様タイプなガルムナートも連携を意識して動いてくれたし、それなりに長旅だったからあたし達けっこう打ち解けてたんだよね。で、その帰り道だったんだ」
視線をオレと合わせ、ミラと合わせるミミロース。隣からごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。
「ガルムナートから三つの事をお願いされたの。それが大魔獣の討伐依頼を受ける事、新米冒険者のカーネルを連れていく事、そして――『鉄血の聖域』は依頼に失敗し壊滅したとカーネルに報告させる事」
「おまえたちは素直に引き受けたのか」
「当たり前に猛反対。肝心のなんでそんな事をしなくちゃいけないのかにはまったく触れられなかったし、ガルムナートが何を考えているかも聞かされなかったからね。……でもガルムナート、すんごい険しい顔してた。だから最終的にあたし達が折れる形で実行する事になったの」
「なるほど、納得がいった」
昨日深夜、ミミロースがオレの宿を訪ねてきた時の話だ。
ブランドンに弱みを握られているから秘書をやっていると言ったが、あれは正解ではない。
「ガルムナートを信用しきれなかったおまえは偽装を拒否し、ガルムナートをいつでも監視できるブランドンの秘書に立候補した訳だ。秘書であればあの男の動向を自由に探れるし、何より困った時はブランドンの力を借りればいいと考えたんだな」
「ご明察。……ま、ブランドンがあそこまでガルムナートに逆らえなかったのは誤算だったけど……。とにかく、ガルムナートの事前の共闘依頼はパーティーの壊滅を偽装するためだったって事」
二人はおそらく同じ事を考えているだろう。
つまり消息不明になった六名も、ミミロースたちと同様『行方不明の偽装』を打診されていたのじゃないか。実は今もどこかで元気に生きていて、ミミロースみたいにひょっこり帰ってくる可能性があるんじゃないか。
そうなると気になるのはただ一つだけ。真っ先に手を挙げたのはもちろんミラだった。
「ガルムナートさんがパーティー壊滅の偽装を目論んでいたのはわかりました。もしかすると消息不明の六名に関しても似たようなやりとりが行われたのかもしれません。でも……でも、なんでガルムナートさんはそんな事をするんでしょうか?」
「そこなのよねぇ……」
ミミロースは頬杖をついで窓の外を眺める。
「あたしも何回か探ってみたんだけど、ぜんぶ突っぱねられちゃったんだよね」
そこで何を思ったか、彼女はバッとオレの方を向いた。鋭い視線が瞳の奥をがっちりと捉えて離さない。
「アッシュ、あんたなんか知らない?」
「知らない」
「あんたの事だもん、おおよその見当はついてるんじゃないの」
うぐ。なんだかオルテンシアに相手をされている気分になる。
「いくつかの仮説を持っているのは事実だ」
「話して。あたし達もここまで付き合ったんだから、それくらい聞く権利はあるでしょ?」
権利があるかないかで言えばない。そもそもその権利を保障するシステムが存在していないからだ。
……なんて口にすればミミロースは容赦なくショートソードを突き立ててきそうなので熟考するフリを続けてみる。
「悩んでいる風に見せていれば逃れられると思ったら大間違いだからね」
「どこまで人の考えを読むつもりだ」
だが仮説のすべてを話すとなると、正直骨が折れる。理事会とガルムナートの思惑、それからコアシステムの話。下手な魔導書を一冊読み終えるよりも時間がかかってしまう可能性も……いや、それは言い過ぎか。
オレは館内の時計に目をやる。針はまもなく二十一時を示そうとしていた。
頃合いだな。
「わかった。だがオレの仮説なんて曖昧なものじゃなく、明確な答えの方がいいんじゃないか」
「それがわかんないから困ってるんでしょ」
何言ってんだか、とミミロースがため息をついた直後。
オレ達以外誰もいないはずのギルド館内に足音がいくつも残響した。三人か。
オレが呼んでいない人間も来ているみたいだが……肝心の人物がいるなら問題ないだろう。
「え……なんでここに」
「オレが事前に声をかけておいた」
「クックック。こんなシケた場所に呼び出しやがって。一体なにを始めようってんだ?」
突然現れたガルムナートを前に、ミミロースもミラも固まっている。
ちなみにカーネルも一緒だ。これから何が起ころうとしているのかの予想がついていないのか、目元は鋭く光り、唇も引き結ばれている。
オレは三人を同じテーブルに誘導し、要件を端的に告げる。
「ガルムナート、おまえの目的を彼女達にも話してやってくれないか」
「ああ? なんで俺がこんなザコどもに聞かせてやらなきゃなんねーんだ」
「おまえの行動の不可解さにたどり着いたからだ」
テーブルの上に両足を乗っけるガルムナートの眉がぴくりと動く。
「消息不明の六名、そして『鉄血の聖域』メンバーの背後におまえがいる事を勘づいている。それでも話す気になれないか」
「……なれねぇな。俺は弱いやつが大嫌いだからな。どうしてもってんなら実力で――」
「言っておくがオレは何も助言をしていない。ミラたち自身で情報を集めて論理を積み上げていった。これだって立派な実力のひとつじゃないのか。それともガルムナート、おまえが力とは暴力の事だ、なんて言わないよな?」
睨み殺されるかと思うほどの眼力が向けられる。心底不機嫌そうなのは、突かれたくない所を突かれたからだろう。
ガルムナートは一度舌打ちをすると、両足をテーブルから降ろした。
「グレイ、今回はテメェに免じて話してやる」
そして開口一番、告げられたのは。
「俺はグレイシャル支部を使って理事会をぶっ潰す」




