第35話 アッシュの工作
カーネルと別れたオレはある場所に向かっていた。正面玄関は施錠されており、そのまま入る事はできないため、裏口へと回る。そこで青いビニールシートで応急処置がなされた部屋を見つけた。
「《燃焼》」
全焼しないよう細心の注意を払い、人ひとりが通り抜けられる大きさの穴を作る事に成功する。周囲に誰もいない事を確認し、オレはギルドマスター室へ足を踏み入れた。薄暗い部屋はしんと静まり返っている。ブランドンが息絶えたソファの周辺には、微かな魔力の淀みが漂っていた。
「……ブランドン、あんたの無念をひとつだけ晴らしてやる」
翌日の昼を回る頃、オレはグレイシャル支部へと足を運んだ。扉を開けるや否や、騒々しさが洪水のように溢れてくる。あまりの喧騒に面食らっていると、オレに気がついた覆面秘書ミミロースが近づいてきた。
「ブランドンの電撃引退が朝イチで発表されてからずっとコレ」
「ビッグニュースになった訳か。なんだかんだ慕われていた証拠だな」
ミミロースがオレの方をぼけーっと眺めている。覆面で表情は見えないが、好意的な感情を向けられていない事だけはなんとなくわかった。
「あんた何言ってんの? ギルドマスターが引退したんだよ?」
「それがどうかしたのか」
「はぁー。あんたは業界に明るいのか暗いのかがわかんないねー。いい? ギルドマスターが引退するって事は、新しいギルドマスターが生まれるって事なの。職員、冒険者、理事会、王国騎士団――ギルド関係者全員を巻き込んだ選挙が始まるのよ」
「グレイシャル支部の中から選出される訳じゃないのか」
「そういう決まりはないけど、結果的にはそうなる事がほとんどだね。なんだかんだ支部の事情を知っているのは懐の内側にいる人たちだし」
それでこの騒々しさか、とオレは頷いた。だがほとんどの冒険者にはあまり縁のない話なのではないかというのが正直な感想だ。グレイシャル支部にはガルムナートやエレンフリードという実力者がいる。順当に考えれば、彼らのような強者をトップに置きたがるものだとオレは思う。
「それよりもミミロース、今話すべきは」
「わかってるって。ミラも奥の部屋で待ってる。行こうか」
そうして連れられた応接室には、ミラが四人分のお茶を用意して待っていた。
「おはようございます、グレイさん」
「ああ」
ミラに促されるままソファに腰を下ろす。オレの対面に二人が座り、じっと目を合わせてきた。
「……肩の力を抜いたらどうだ。なんだかこっちが落ち着かない」
「へぇ、アッシュって緊張とかするんだ。いがーい」
「いつも冷静そうなのに……意外な一面ってやつですね」
オレは違うと心の中で否定し、本題に入る事にした。
「今日の午後一時にガルムナートから招集がかかっているのはおまえたちも知っていると思うが、結論として、そのメンバーに二人を入れる構想はしていない」
ミラは納得した様子だった。彼女はあくまでも自分が冒険者ギルドの職員である事を忘れていないからだろう。逆に言えば、元冒険者のミミロースは不服そうに目を細めている。
「あたしには戦う覚悟がないって言ってるわけ?」
「そうじゃない。理事会の調査が支部に来るはずだ」
確認の意味を込めてミラを見ると、彼女は力強く頷いた。
「ただの現場検証でしょ? あたしが不在でも問題ないと思うけど」
「ブランドンと関係していた人間は全員が標的になる可能性がある。昨日ブランドン夫人の救出に向かった時、手下の奴から聞き出した」
ミミロースが目を見開く。
「……! それって」
「ああ。理事会から派遣された調査員たちはグレイシャル支部に所属している冒険者たちを攻撃するかもしれない。最悪の場合、根絶やしにする事も考えられるだろうな」
そうなった時、調査員に対抗できる戦力を残しておく必要がある。主力であるガルムナートが外している以上、その大役を任せられる人間をオレは多く知らなかった。
「ミミロース、おまえには支部の防衛にあたってほしい。ミラにはそのサポートと戦える冒険者たちの配備を任せたい」
「……事情はわかったけど」
ミミロースはそっぽを向いてしまう。それが不機嫌から来ているわけではない事は、オレも百も承知だ。
「あたしにそいつらを追い返す力があるのかは正直不安。あたしと一戦やったあんたならわかってると思うけど、別にあたしは強くない、から」
「『鉄血の聖域』で前衛を張っていたおまえを弱いと思った事は一度もない。むしろ並大抵の冒険者たちよりは圧倒的に戦力になる」
「でもあんたには全然敵わなかったし」
何事にも言えるが、結果を導くのは相性と経験の差でしかない。地理的要因、戦闘スタイル、体調、心理状態、職業。そういった要素がいかに作用するかによって結果は自ずと決まってしまう。そういう意味で、ミミロースがオレに敵わないのは当然だ。しかし、それを今の彼女に説明しても届かない可能性の方が高いだろう。
「意外とナイーブなんだな」
「なっ……別にそんな事ないし!」
「安心してくれ。何もおまえにだけこの重責を背負わせるつもりはない」
その時、応接室の扉が三回ノックされた。ミラが入室を促すと、寝ぐせが爆発したままのエレンフリードが寝ぼけ眼をこすりながら現れる。
「おはよ。ふぁ~あ、ねっむた……」
彼女はそのまま唯一の空席であるオレの隣に腰を下ろした。
「エレンフリードにもギルドの防衛役として残ってもらう。本人曰く、ガルムナート以上の力を持っているらしい」
「曰く、じゃなくて事実だから。っていうかアタシ残るし、ついて行きたいなら行ってもいいわよ? どうせアレは人を選ぶし」
「……あなたはガルムナートが行こうとしている場所を知っているんだ?」
「当然じゃない。アタシだって理事会に目をつけられないように潜伏していた身よ。アイツがアンタたちに見せようと思っている事も、その狙いも全部わかってる。その上で言ってんの」
エレンフリードはお茶を一気に飲み干し、ミミロースに告げる。
「今のアンタじゃついて行っても何の得にもならない。おそらく他の『鉄血の聖域』のメンバーたちも何の成果も得られてないんじゃないかしら」
ミミロースが俯く。エレンフリードの言っているアレが具体的に何を指しているかはオレも知らないが、自信に満ち溢れた彼女の言葉は軽くなかった。さて、どう決断するべきか。
「……わかった。とりあえず今日の所はアッシュの指示に従ってギルドの防衛に専念する。でもアッシュ、あたしだって理事会を許せないのは同じ気持ち。だから絶対、この先の戦いでは負けないで」
「最大限努力する」
話がまとまった。ガルムナートの秘策の正体を知るのはオレとカーネルだ。グレイシャル支部の防衛ラインを担うのはエレンフリードとミミロースであり、ミラはそのサポートに回る。悪くない布陣である。
理事会による冒険者の搾取。実力をつければつけるほどその命はぞんざいに扱われるという不条理が存在する。オレが追放すべき相手の輪郭はいまや鮮明になった。和を乱すから追放する、パーティーのお荷物だから追放するといった小手先の対処ではどうにもならない相手を、オレたちはこれから討ちに行く。間もなく約束の十三時が訪れる。




