第27話 ダリウス登場
「ダリウス! いきなり大ピンチっぽいがどうする⁉」
「俺を飛ばせ!」
仲間のふたりに指示を飛ばすやいなや、魔法による突風が吹き荒れる。
台風にも比肩する魔法を追い風に、俺の身体は一直線にその戦場へと飛んでいく。
間に合え、間に合え。心の中でそう祈りながら背中に吊るした大剣を握りしめる。
目標地点では、夫人が喉元に剣をあてられ、従者のメイドは背後からの急襲に見舞われそうになっている。目下食い止めるべきは、メイドがやられる未来。
「うおおおおおおッ‼」
メイドの頭に今にも振り下ろされそうになっている巨大な石。あんなのが後頭部に当たればどんな強靭な肉体を持っていても意識は吹き飛ぶ。
俺は大剣を構え、着地する寸前に振り抜いた。
「え?」
後ろの方では間の抜けた声がこぼれた。続いてぼと、ぼとと落ちる肉塊。コートの男の手首ふたつだ。
「おいおい、いくらなんでもメイドさんの背後狙うなんてのは卑怯じゃねえのか」
「あああああああああ‼‼‼ 手がッ……俺の手がァァ‼‼」
激痛とショックでのたうち回る濃緑のコートの男。
わずかに遅れて仲間のふたりがやってくる。目線で確認を取られたので頷き返す。仲間のひとりが剣を引き抜き、のたうち回る男の胸元を一突きした。
「あ、あなた方はなんですか」
メイドが事態を飲み込もうと質問をしてくる。
「名乗るほどのものじゃない。だが安心してくれていい。お前さんたちの味方だからな」
それを聞いて黙っていなかったのは、ブランドン夫人を人質に取る男。
「いきなり現れておいて敵宣言か。我々も舐められたものだな。どこの所属だ?」
「聞いてどうする」
「これは明確な敵対行動だ。黙って見過ごすわけにはいかない」
夫人の喉元に刀身が食い込んでいく。
「通告してやる。我々のジャマはしない方がいい。そちらの雇用主が誰かは知らないが、間違いなく割に合わない仕事になる。手を引くなら今だ」
「残念ながらこちらも手を引く道理はないんだ。旦那と姉さんに恩返しできる数少ない機会を無駄にする訳にはいかねぇよ」
「愚かだな。我々を相手取る事の意味がまるでわかっていない」
はぁ、と俺は大きなため息をついてしまった。
「あのなぁ、さっきから我々我々って言ってるけど、こっちはお前らが誰かなんてもうわかってんだよ。そのうえでここに来てんだ。ベラベラ喋ってないでさっさとかかってこい」
それにな、と続ける。
「何対何だ? 一対四だぞ? どう考えても不利なのはお前だろ。いつまでも強者の余裕見せつけてないでやり合おうぜ」
コートの男は目線だけで周囲を確認する。所属不明の戦闘員が三名、ブランドン家のメイドが一名。状況だけ見れば四面楚歌である事に疑う余地はない。
「……無為な戦闘を避けたいのはこちら、という訳か」
「そういうこった。わかったら夫人を解放しな」
俺はこれでなんとかなる、と心のどこかで安心していた。普通に考えれば、一対四を乗り切ろうと考えるはずがないと踏んでいたからだ。ましてや仲間のひとりは目の前で命を奪われている。
だが、甘かった。
「うっ……⁉」
夫人の首元にいっそう強く刀身が食い込んだ。真っ赤な鮮血が首筋をたどって夫人の胸元をじわじわと染めていく。
肩に力が入る。心臓を鷲掴みする緊張感が場を支配する。
「不利な戦況において任務を放棄するのは三流が考える事だ。任務遂行のために手段を選ぶつもりはない」
夫人の表情が苦悶に満ちる。そろそろ強引にでも引きはがしにかかるか……?
「おっと、怪しい動きはしないのが賢明だ、夫人の首が飛ぶぞ?」
「……何が目的だ。どうすれば夫人を解放する」
コートの男が口角をあげる。まるでこの交渉の場が訪れるのを待ちわびていたかのように。
「条件は一つだ。――そこのメイド、お前だ。お前が命を差し出すのであれば夫人は解放してやってもいい」
「……!」
「だ、だめよアリア。あなたには未来が」
「誰が喋って良いって言った!」
手入れのされた夫人の髪が無造作に引っ張られる。コートの男の容赦のない条件。時間の猶予もない中で俺は状況を整理する。
俺は旦那やオルテン姉さんから聞いた話をもう一度思い出す。
敵はギルド統括理事会からの刺客だ。ブランドンの生体反応消滅に伴い、内部情報流出のリスクヘッジとして口封じに動いている。だからブランドン夫人が人質に取られ、一緒に行動していたメイドも命の危機にさらされている。
……おかしいな。つまり敵は――。
「わかりました。わたしはここで死にましょう。その代わり、夫人の安全は保障すると約束しなさい」
俺が結論を出すよりも前に、メイドが一歩踏み出していた。
「もちろんだ。この場で一番厄介なのがお前だからな。話がわかるやつで助かるよ」
コートの男が剣先をメイドに向ける。その先端には魔法陣が展開され始めていた。
メイドの肉体をまるまる吹き飛ばすつもりか。
「待ってくれメイドさん! アンタがここで死んでも何も変わらない!」
「夫人が助かりますよ。……わたしは、夫人やベルベティーさん、それから旦那様。みなさんには明るい明日を生きていただきたいのです。幸せな毎日を、幸せであると忘れるほどに幸せでいていただきたいのです。ブランドン家に仕えるメイドの最後の大仕事として、お引き受けする事に異論はありません」
「いい心構えだ」
瞬間、コートの男が構えた剣から魔法が放たれた。
魔法に明るくない俺にはそれがどんな魔法かもわからない。ただ直撃すればその身が粉々になるのはわかる。
メイドはすべてを受け入れ、まっすぐに夫人を見つめていた。目の端から流れる涙。
「夫人、大変お世話になりました。どうか皆さんで、素敵な未来を――」
轟音が炸裂した。砂ぼこりが舞い上がり、爆風が吹き荒れる。
あの野郎、勝ち誇った顔してやがる。それもそうか。自分の戦略がハマったと勘違いしてるんだからな。
俺は振り切った大剣を背中に吊るし、煙が晴れた後の動きをデモンストレーションする。やがて霧散した煙の後、コートの男は言葉を失っているように見えた。
「な……なぜだ。なにをした⁉」
無傷の俺たち四人を見回してうろたえる男。
「なに、簡単な事さ。魔法を切ったんだ」
「切った……?」
俺は背中に吊るした大剣に親指を向ける。
「コイツは『断魔の大剣』。物理系・精神系問わず大抵の魔法の効果を打ち止めできるんだよ」
コートの男が驚くの無理はない。俺自身、最初にコイツを手にした時は手にするのが怖いと思うほどだった。そんな俺の背中を押してくれたのが他でもないアッシュの旦那だった訳だが。
「つー訳だ。お前がどんだけ魔法を連発しても俺が全部切断してやる――」
「くくく……まさかこんな所でお目にかかれるとはな。いいだろう、望む所だ。その剣が折れて砕けるまで魔法を打ち続けてや」
「――と言いたいのは山々だが!」
相手の言葉をさえぎり、俺は全身を脱力した。
仲間をはじめ、メイドのアリアも夫人も困惑の眼差しを向けてくる。
「悪いがお前さんと戦うのはここまでだ」
「は? 何言ってるんだ、この女がどうなってもいいのか?」
「ああ、好きにしたらいい。煮るなり焼くなり殺すなり、お前さんの自由にしてくれていいぞ」
言葉の意味はわかるのに何を言われているのかがわからない。男は明らかに動揺を見せる。
しかしそれはメイドも同じで、彼女は落とした警棒を拾い上げ俺と対峙する。
「ご冗談ですよね? 奥様を見捨ててご自分は戦線から離脱しようとおっしゃるのですか? わたしたちの味方だと言ったのは嘘だった訳ですか」
「噓じゃない。だがここで夫人を救出する事は今一番の悪手だ」
警棒の先端が俺の顎先まで迫る。おっかないメイドなこった。
鋭利な刃物よりも切れ味のありそうな瞳は怒気をふんだんに孕んでいる。
「バカな事を言っていないで協力してください。あの男から奥様を救い出しましょう」
「話のわからないお嬢さんだな。まぁいい。とにかくお前さんもついてこい」
仲間たちに目線で合図を送る。するとものの数秒でアリアは魔法で作られた拘束具でぐるぐる巻きにされていた。
「ちょ……なんですかどういうつもりですか縄を解きなさい!」
よっこらせとアリアを肩に担ぎ、コートの男に告げる。
「じゃあな、また会おう!」
そして俺たちは背中を向けて歩き出す。
だが直後、背後で膨れ上がる膨大な魔力を感知する。担いでいたアリアを仲間に託し、俺は『断魔の大剣』を引き抜いて、振り切った。切断された魔法は魔力の残滓を散らしていく。
「このわずかな時間で気付かれるとは思わなかったぞ」
「お前が夫人を殺せないって話にか? 背景知ってりゃ誰でも行き着く結論だろうよ」
殺さないのではなく殺せない。
理事会が危惧しているのは、ブランドンから理事会関連の情報が流出してしまう事だ。そして彼の生体反応が消えた今、真っ先に疑いを向けるべきは比較的近くにいる信頼のできる人間、すなわち夫人となる。
では夫人の口留めができればそれでいいか? それでは詰めが甘い。
夫人が第三者に口を割った可能性を考慮し、夫人の交友関係すべてを洗い出す。世間話をするママ友、立ち寄った飲食店に同席した友人や他の客、店主。誰が核となる情報を耳にし、耳にしていないか。そこを詳らかにするまで理事会は安心しないだろう。
その起点となる夫人を殺すとは、その情報網すべてを捨てる事と同義だ。
「理事会の息がかかった案件だ。夫人を殺してはいおわり、で終わる訳がない」
「こちらの正体を看破しているのもハッタリじゃないみたいだな。……ならばお前たちの運命はここで定められた‼」
コートの男は人質に取っていた夫人を突き飛ばし、両手で剣を握る。
「ここにいる誰ひとり、逃がしはしない」
「おーおー、気合い入っちゃって。メイド、お前さんは戦えるか」
「愚問ですね。わたしはブランドン家のメイドですよ。あなたに助けられたご恩もある事ですし、加勢させてください」
一対四。普通に考えれば圧倒的に優位な構図だ。それなのに『断魔の大剣』を握る手に汗が滲みまくっているのは、コートの男から溢れ出る膨大な魔力に気圧されているからか。
「まぁいい。俺たちは旦那とオルテン姉さんの期待に応えるだけだ。いくぞお前ら!」
理事会の刺客と旦那の刺客である俺たち。刺客同士の代理戦争とはいえ、負ける訳にはいかない。




