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追放者アッシュの始末録 ~最強の執行官、最低ランクの冒険者に扮して闇を狩る~  作者: りさき


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第26話 夫人とメイドに襲来

「ほんとうに主人は仕事ばかりで。もっとベルベティーと遊んであげてほしいんだけど」

「お気持ちわかります。幼少期の頃の接し方……特に娘と父親の組み合わせでは、年齢を重ねていった後の信頼関係に直結するって言いますよね」

「そうなの! だからあの人は五年後にでも後悔するのでしょうね。『ベルベティーが私と一緒に出かけるのは嫌だと言ってくる……』って!」


 ブランドン夫人はくすくすと笑っている。

 夕食の買い出しを終えた私たちは、まっすぐに帰路を進んでいく。静謐せいひつな森を抜け、少し歩けばブランドン家をしたたかに守るログハウスに到着する。

 それにしても、と私は夫人の横顔を見つめた。言葉では旦那様への不満を述べる彼女の顔は、とてもじゃないが不幸には見えない。どころかこれ以上の幸せはもういらないと言っているようにさえ感じる。


「奥様、わたしもブランドン家にお仕えできて大変光栄ですよ」


 夫人は目を見開いたが、すぐに目尻にしわを寄せた。


「なによ急に~! 私たちもあなたが来てくれて本当によかったと思ってるわ。夫もベルベティもね。家政婦ギルドには感謝してもしたりないくらいよ」


 照れくささを隠すようにはにかむ夫人はきれいだった。

 人の生き方は顔にでてくると思う。何が好きで、誰を愛し、どんな愛され方をしているのか。使う言葉ひとつでその人の思慮深さが見えてくるように、顔はその人の人生を如実にょじつに映しだす。

 いつかわたしにも、こんな風に誰かと幸せを語り合える日が来るだろうか。もっとも、当面はブランドン家でやっかいになれればと思っているけれどね。


「さぁ、急ぎましょう。きっとベルベティーが待ちくたびれてぶー垂れているわ」

「お嬢様は旦那様と奥様が大好きですからね。帰りましょう」


 和やかで幸福に満ちた夕暮れがわたしたちに降り注ぐ。

 あと何回、この景色を見られるだろう。

 そう思った時、胸の奥が少し痛んだ。

 数えたくないと思うほど、わたしは彼女たちと過ごす毎日が好きになっていたからだ。

 こんな毎日が、これから先も続けばいい――。

 そんなわたしの淡い期待は、一瞬にして崩れ去る。


「奥様、わたしの後ろにお下がりください」


 横目で彼女が移動するのを確認する。わたしは抱えていた紙袋を静かに地面に置いた。


「どなたか存じませんが、わたしたちに何かご用でしょうか」


 問いかける相手は道を塞ぐように立つ2人。濃緑のうりょくのコートを身にまとう彼らの表情を見る事はできない。

 おびただしいほどの魔力反応。一介いっかいの魔法使いでもあるわたしには、害意を向けられているのは嫌でもわかってしまう。


「ブランドン夫人とメイドのアリアだな」

「あなたたちも名乗りなさい」

「あいにく、そんなものは持ち合わせていない」


 瞬間、足元を爆発させたように駆けるふたつの影。

 腰の後ろに控えていた剣がすらりと姿を見せ、わたしの喉元に突きつけられる。


「いけませんね、最近の冒険者や戦闘集団は。メイドを家事専門職だと思い込む節がある」


 太もものベルトに収めておいた警棒を抜き出し、迫りくる刃めがけて振り下ろす。濃緑のフードに隠れた口元がわずかに歪むのが見えた。

 そうでしょうね。まさかただのメイドに剣を叩き折られる想像なんてしていなかったでしょうから。

 折れた刃はくるくると回転し地面に突き刺さる。わたしは警棒を構え、距離を取ったコートの人物へ問いただす。


「誰の差し金ですか。なぜわたしたちを狙うのです」

「ブランドンの関係者であればこうなる事は必然。それくらい予想できるだろ」


 じわり、と手のひらに汗がにじむ。嫌な汗だ。

 少なくともわたしがブランドン家に仕えてからの5年間、こんな形での襲撃は一度もない。

 これからも変わらない毎日が続くと思っていた最中でのこの様相。嫌な想像ばかりが頭を巡っていく。


「答えになっていませんね。今退しりぞくのであれば見逃してもいいですよ。どうしますか」

「一介のメイドごときに我々の相手が務まるはずもない」

「ではやってみましょう」


 濃緑のコートの男の懐へ一気に飛び込んでいく。警棒を振り下ろすが、折れた刀剣のみでいなされる。構わず打ち込む。

 ここでわたしが退けば、危険にさらされるのは奥様、そしてお嬢様だ。

 ブランドン家に仕えるメイドとして、何としてでもお守りしなければならない。彼女たちが積み上げてきた幸せを、わたしの力不足で壊す訳にはいかない。


「メイドにしては俊敏な動きだな。元冒険者か?」

「あなたに話すような事はありません――‼」


 猛攻の甲斐かいあってか、男の所作にわずかに隙が生まれた。その間隙かんげきへ。男の手の甲目がけて迷わず警棒を叩き込む。


「ッ‼」


 五指から離れた持ち手が落下する。コートの男はもう片方の手で衝撃を受けた甲を包みながら退避した。


「もう一度聞きましょう。誰の差し金でここへ来たんです。話さないのであれば容赦はいたしません」

「容赦しない、ね。それができる立場にあるとまだ思ってるのか」


 含みのある言い方をされて気付かれる事がある。わたしは殴りかかる勢いで振り返った。


「お――――奥様‼」

「ご、ごめんなさいねアリア。私が戦えないばかりにあなたに負担を強いてしまっている」


 いつの間にかわたしの視界から消えていたもう一人の襲撃者。彼の携える刀身が奥様の喉仏のどぼとけへ押し当てられている。

 頭上から氷水をひっくり返されたように全身が冷えていった。わたしのミスだ。

 相手はふたりいたのに、ひとりに対処する事に心を奪われてしまった結果、奥様が命の危機にさらされてしまっている。手が、膝が、指先が。ガタガタと小刻みに震えだす。


「メイド。武器を捨てて投降しろ。さもなければ今すぐにこの女の首を飛ばす」


 背に腹は代えられない。わたしは敵の言葉に屈し、警棒を投げ捨てた。

 その瞬間、わたしの背後に迫っていた影。


「油断したなアリア。悪いがお前は厄介やっかいだ。しばらく眠っててもらう!」


 気がつかなかった訳じゃない。気がついていたその上で、どうしようもないから何もしなかったのだ。

 わたしが動けば奥様の命が危ない。ならば少しでも延命確率が高くなるよう、わたしがやられればそれでいい。

 迫りくる強い衝撃に備え、わたしはぎゅっと目を閉じた。

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