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追放者アッシュの始末録 ~最強の執行官、最低ランクの冒険者に扮して闇を狩る~  作者: りさき


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第22話 ガルムナートのその後

「ん……あれ? ぼくは一体……」


 目を覚ましたようだな。オレは食堂から拝借したコップをカーネルに手渡す。


「あ、ありがとうグレイくん」


 水を口に含むと、カーネルは思い出したように詰め寄ってくる。


「みんなは⁉ ガルムナートさんは⁉ グレイくんまさか戦ったのか⁉」

「全員目を覚ましてそれぞれ活動している。おまえが最後だ。ガルムナートについては、オレが気づいた時にはもう姿は見えなかった」

「そっか……そうだよね、相手がガルムナートさんじゃ分が悪すぎるもんね」


 カーネルは何やら勝手にオレが負けたと想像しているようだが、訂正する必要はないだろう。オレはカーネルに手を貸し体を起こしてやる。


「報告だが『正義の天秤』の四名は投獄が確定した。さっき通達があった」


 お知らせ専用の掲示板には一枚の張り紙が追加されていた。ミミロースが掲載するやいなや、冒険者たちは驚きの声をこぼしていた。それはおそらく投獄理由が『本人たちが自首したため』というものだったからだろう。


「自首か……絶対にしなさそうな人たちなのに」

「イレーヌの姿を見た瞬間諦めたように認めたそうだ。一緒に命を落としてもらう計画だった以上、どこかで死んでいてくれと願っていたみたいだったが、本人が出てきてしまえば言い逃れはできない」


 彼らにとっては、獄中の方が安全だといえば安全だからな。ともかく、これで問題のひとつは片付いた。ミラに依頼していた事は今夜落ち合って話す約束をしている。残る問題をどう処理していくかと考えていると、ギルドカウンターの奥からある人物がオレを手招きしているのが見えた。どうやらお呼ばれのようである。


「目覚めたばかりで悪いがオレは行く。しばらくは安静にしておくといい」

「行く、ってどこへ?」


 質問を無視して一方的に用件を伝達する。


「カーネル、おまえはこれからどうしていきたい」

「え? どういう事?」

「冒険者として強くなりたいのか、食い扶持ぶちとして仕事を維持できればいいのか。もしくは他の職業に興味がないからなんとなく冒険者をやっているのか。もっと大局的に言えば、おまえが冒険者という職を通じて何を目指しているのかが知りたい」


 カーネルは考え込んでしまった。すぐ答えがでるタイプの問いではないし、この場で回答は見込めないだろう。


「今夜、飯に行くんだったな。そこで聞かせてくれ」

「わかった。考えてみるよ。でもどうして急にそんな事を?」

「なんとなくだ。……それから木こりの男には教えておいてあげてくれ」

「了解。……グレイくんはいじわるだよね。最初から『家は壊されてない』って言ってあげたらよかったのに。まぁ直しただけだから壊してはいるか」


 それだとガルムナートを表舞台に引きずりだせなかったかもしれないからな。オレは会話を打ち切って歩き出した。もちろん何となく聞いた訳ではない。大きな仕事が控えている。そこにカーネルを連れていくかの判断をしたいのだ。戦う意思のない人間を戦場に送り込むような真似はしたくないからである。


 ギルドカウンターの脇にある職員用のドアをノックする。顔を覗かせたのはミミロースだった。今日は全身黒づくめじゃないようで何よりである。


「アッシ……グレイさん。ギルドマスターが待ってるよ」

「何のために偽名を使っているのかわからなくなる間違え方だな」

「重複登録の方がわるいでしょ」


 おっしゃる通りである。ぐうの音もでない。オレはミミロースに連れられて、ブランドンの待つ部屋に訪れた。ワインレッドのジャケットに身を包んだ男は窓の外を眺めていた。


「飲み物はどうする?」

「不要だ。長居するつもりもない」

「そ。了解」


 ミミロースが退出し、扉が閉まる。ブランドンが大きなため息をこぼし、ゆっくりとソファに腰かけた。


「座りなさい」

「立って聞こう」


 突き刺すような視線を向けられる。彼は相当お怒りのようだ。無論、怒りの出所は先のガルムナートとの件に違いない。再度深いため息をついたブランドンはおもむろに口を開いた。


「『正義の天秤』は審問を経て投獄が決まったよ。今頃地下牢ちかろうに収監されているだろうな」

「正直に言って驚きだ。ギルドの総合力を気にするあんたが素直に連中に鉄槌てっついを下すとは思わなかった」


 どん、と鈍い音がなった。ブランドンの拳がテーブルを叩きつけていた。


「クラウンギルドの『執行官』にはんを押されたのだ、従う他ないだろう!」


 彼はポケットから葉巻を取り出して着火する。独特な匂いが部屋に充満し始めた。


「これで満足かアッシュ? 自らの正義を執行できてさぞかし気持ちがいいだろうな」

「そんな感情を抱いた事はなかったな。ただの一度も」

「なら見逃せばよかっただろう! 奴隷のガキを連れ出してくる必要もなかった! お前に言い渡した依頼通り、カーネル追放のために『正義の天秤』に手を貸す。これがお前が取るべき最良の選択肢だったんじゃないのか⁉」


 オレがただの【追放者】であればそうしただろう。引き受けた依頼を忠実に実行し、手段を選ばず目的を達成する。そういう動きが求められているのは当たり前に理解している。


「言いたい事はわかる。だがあんたから事前に聞いていた情報と生情報の間には乖離かいりがあった。目をつぶって追放に手をかけてはいけないと思わせるほどにな」

「ふん、お前にそんな良心があるとは思えんな」

「あんたの目的である『グレイシャル支部に所属する冒険者たちの命を脅かすマネはさせたくない』を叶えるための判断だ。カーネルはお人好しの善人で、『正義の天秤』は無関係な第三者を招いてまで仲間殺しを実行するパーティーだ。どちらを残すのがいいかくらいわかるはずだ」

「そういう問題じゃない‼」


 怒声をあげて葉巻を投げつけてくる。オレの足元に転がってきた葉巻は、外国産の葉を使っているのか鼻につく臭いがした。


「そういう問題じゃ……ないんだよ」


 今度はわかりやすく頭を抱えるブランドン。怒ったり困ったりせわしないな。この男が語らずともおおよその事情は把握しているつもりだ。もし口を開かないのであればこちらから質問を続ける事も選択肢には入れていたが、その必要はなくなった。

 ブランドンは涙をこぼしながら訴えかけてくる。


「私は……私はカーネルをグレイシャルから追放しなければならないんだ」

「カーネルがあんたにとって役に立つ冒険者だとしてもか」

「だとしてもだ」


 断言する口調は強かった。


「理不尽でも無意味でも実行しなければならない事がある。私の役に立つかどうかなんて二の次だ。すべてはあの方の意向で決まる。そういう仕組みになっている……!」


 あの方。昨日ブランドンから依頼を受けた時にも聞いたワードである。


「オレはてっきりガルムナートの事を指していると思っていたが違うみたいだな」

「奴がグレイシャル支部の実権を握っているのは事実だがな。奴も私も手駒てごまのひとつにすぎん」

「そいつについて口を割るつもりはないのか」

「そんな事をして何になる。お前に出来る事など知れているだろう」

「否定はしない」


 所詮しょせんは一冒険者、ただの追放者でしかないからな。しかし、オレの中でうっすらと違和感が積み重なっていく。折り重なった違和感は、そして『あの方』の輪郭りんかくを捉え始める。具体的に誰であるかなどどうでもいい。本質はブランドンをただの傀儡かいらいにしてしまう圧倒的な権威と実力があるという事だ。

 そして問題は――。


「ブランドン、オレはあんたの抱えている事情は知らない。そのうえで言わせてもらう」


 《圧壊》を展開し、オレは部屋にあるすべての窓を破壊した。風が吹き込み、室内の濁った空気が入れ替わっていく。気を取られている隙にブランドンの胸倉を掴みあげる。涙もとまり、困惑と焦燥しょうそうが一気に立ち込める男の目の奥を覗き込んだ。


「あんたが今の状況に置かれているのはすべてあんたの責任だ。あんたがまっとうなギルドマスターとして仕事をこなせない程度の人間だからこうなった。すべてあんたに原因がある」

「……何も知らない癖によくもぬけぬけと言えるもんだなアッシュ」

「葉巻に神経毒を盛らなきゃいけないくらい追い詰められているのなら、そうなる前にできる事があったはずだ。違うか」


 葉巻から発せられる煙の独特な匂いの正体は毒であった。詳しい仕組みはわからないが、おそらく気化する事で効能を発揮するタイプのものだろう。そして吸った本人ブランドンがどうなるかは容易に予想がつく。

 オレの腕を引きはがそうとする男の力が徐々に弱まっていく。


「『あの方』について話してもらおうか」

「そんなに……気になるか……」


 息絶えていく男の胸倉をより強く締め上げていく。当たり前だ。オレの知りたい事を知っている確率が一番高いんだからな。力が段々と抜けていく中、ブランドンは声を振り絞る。


「話してやって、もいい……だが私の頼みを聞いてもらう。約束できるか」

「わかった。約束する」

「家族の……妻と娘の安全を保障してほしい。私が情報を流した事が知られれば、彼女たちは確実に危険にさらされる。すぐに私の生体反応が消えた事に気がつくだろう」

「情報を流したと知られなければいいんだな?」

「無理な話だ。死人に口はない。カーネル追放に失敗し続けている今、私が葉巻を口にした事で疑念を持つはずだ。口を割ったかどうかが分からなくても、きっとすぐに動いてくる。……アッシュ、お前が守ってくれ」


 オレは黙って頷いた。続きを話せブランドン。


「『あの方』は全ギルドを統括する理事会の人間だ」


 ブランドンが震える手で机の引き出しを指し示す。引き出しを開けると、家族の居場所がマークされた封書と真っ黒な便箋びんせんが折り畳まれていた。差出人は統括理事会。どうやら極秘の指令書のようだ。


「理事会は七人で構成されていたな。誰の指示だ」


 返答はない。ブランドンが虫の息になっている。オレは《圧壊》で質量の壁を作り、室内に残る毒煙を強制的に窓の外へ追い出す。一秒でも長く情報はもらっておきたい。


「それはわからない……彼らはあくまで『理事会』の決定として司令を出してくる。誰がそれを望んでいるのかも私の関知かんちする所ではない……」


 その時、扉が勢いよく開かれた。血相を変えたミミロースが立っている。窓が割れる轟音ごうおんを聞きつけ飛び込んできたのだろう。彼女は変わり果てたブランドンの姿と、彼の机を探るオレを見て武器を構える。


「ブランドンは理事会の毒を自ら飲みほした。救いたいならやるべき事はわかるはずだ」

「……医療班呼んでくる」


 オレはソファに寄りかかるブランドンを見下ろした。医療班が駆けつける頃には、おそらくブランドンは息をしていないだろう。


「ミミロースに罪悪感を……植えつけないために行動させたか」

「ただの神経毒じゃないのは魔力反応でわかっていた」

「さすがだな……これは私の魔力そのものを魔法で毒に変えられている。肉体に順応している魔力を取り除く手段は存在しない」


 この段取りを用意したのも、おそらく理事会だろう。底知れない闇の深さをオレは肌で感じる。ギルドの統括理事会による極秘司令。内容はカーネルをグレイシャル支部から追放する事だ。理事会が何を目的にしてその決定を下したかは不明である。

 だが、オレの中では点と点が繋がっていく。


「それでガルムナートは」

「……お前も聞いたか。本当に不器用だよ、あの男は……がはごほっ」


 飛散する吐血。もう間もなくだな。オレは理事会からの封書をポケットにしまい込む。


「ブランドン、もう一つだけ聞かせてくれ」


 わずかに間を置き、心臓の跳ねる音を押し殺すように息を飲んで。


「――ノエル=レティシアール。この名を聞いた事はあるか」


 何年かぶりに口にしたその名。ありふれた名前でいて、オレが探す人物を指し示す記号。ブランドンはぐったりしつつ眉間にしわを刻んでいる。記憶を手繰たぐり寄せているのだろう。


「いや、知らない名前だな……がはげほ、悪いなアッシュ。私はもう」

「知らないならいい。忘れてくれ」

「妻と、娘、を、頼んだ……ぞ……」


 間もなくして、医療班を引き連れたミミロースが部屋にやってきた。ブランドンが担架たんかに乗せられ運ばれていく。割れた窓から吹いてくる夕方の風にさらされながら、ミミロースが噛みしめるように呟いた。


「なんなの、ギルドって。なんでこんな事できるの……!」

「こんな事ができるからギルドなのかもしれないな」

「どういう意味?」

「オレもこれから探しに行くところだ」


 壁かけの時計に目をやる。時刻はまだ夕方五時を回ったばかりである。ミラとの密会までにはまだ時間があるな。やるべき事を片づけておくとしよう。

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