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追放者アッシュの始末録 ~最強の執行官、最低ランクの冒険者に扮して闇を狩る~  作者: りさき


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第20話 木こりの罠

 ギルドに戻ったオレたちを迎えたのは、いっそうの騒がしさだった。

 カーネルもすぐに何か事態が動いた事を察知して、イレーヌをおぶって渦中に歩を進めていく。オレもまたその後に続いた。


「どうしてくれんだええ⁉ こっちの生活がかかってんだぞぉ⁉」


 騒動の中心にいるのは一人の男だった。

 見てくれは冒険者には見えず、農家や鍛冶屋かじやといった生産職に従事していそうなラフさだ。今にも暴れそうな男をギルド職員たちが懸命に説得している。

 その中にはもちろんミラもいて――オレがいる事に気がついた。


「グレイさん、ちょっとよろしいですか」


 返事をする前に腕を引っ張られ、人気のない場所へと連れていかれる。

 ミラは腕組みをしてオレを見上げた。


「グレイさん、いま外出されていましたよね? どちらへ」

「北の森の中に行っていた」

「依頼……は受けていないですよね。何をしに森へ?」


 なんだか尋問を受けているみたいだな、と思いつつ答える。


「『正義の天秤』の件は知ってるよな。彼らの処遇が決まるかもしれない証拠を回収しに行っていた」

「おお、それは朗報ですね、お手柄です! ……じゃなくて!」


 ミラがちょいちょいと手招きをする。耳を貸せという合図らしい。


「いまカウンター前で騒いでいる方、ちょうどグレイさんが訪れた森の中に住まれている方なんだそうです」

「ああ」

「なんでも家の扉がこじ開けられていたようで、そんな事をするのは冒険者くらいしかいないだろ! ってお怒りなんです。……念のためご確認ですが、何も知らないですよね?」


 もちろんオレの脳裏にフラッシュバックするのはあの光景だ。イレーヌの居場所を特定した後、障壁となる倉庫の扉をこじ開けたのは間違いなくオレである。あれは倉庫じゃなく家だったんだな……。


「すると騒いでいる男は木こりか」

「やっぱり知ってるんじゃないですか‼ なんで強盗みたいなマネをしたんですかっ!」

「落ち着け。事情を話せば問題は丸く収まるはずだ」


 オレはミラの肩に手を置いてきびすを返した。

 あの倉庫……ではなく家にはイレーヌが監禁されていた。それを見つけたオレたちは救助をするために扉を破壊した。晴れて監禁されていた少女の無事を確認する事ができた。

 この筋書きで食い下がる人間はいないだろう。仮に誤算が生じるとすれば――。


「ぼくたちがやりました」


 ――カーネルがバカ正直にすべてを話す事くらいだろう。

 カーネルは腰を九十度に折って木こりに頭を下げている。


「大変申し訳ないです」

「やっぱり冒険者がやったんだな⁉ 申し訳ないで済むと思ってんのか!」


 木こりは首にかけていたタオルをひっぺがすと丸めてカーネルに投げつける。頭に直撃しているにもかかわらず、彼は微動だにせず頭を下げ続けた。


「なんでお前さんの身勝手でこっちが家を壊されないかんのや! どうしてくれるんや!」

「破損した部分についてはすべて弁償、修復させていただきます。本当に申し訳ございません」

「んなもん当たり前やろが!」


 誠実な謝罪をされても木こりの怒りは収まらないようだ。それを見ていた冒険者たちも口々にカーネルを責め立てる。


「強盗まがいの事してたのかよ……冒険者の恥だな」

「剣術の才能があっても人格がこれじゃあね……」

「ああ哀れ、哀れなEランク冒険者な事だ……ヨヨヨ」


 静まっていくどころか大きくなっていく喧騒けんそう。周囲の同情や加勢もあった事で勢いづいたのか、木こりの男はさらにヒートアップしていく。


「おい兄ちゃん。そんなに謝るってんなら許したる」

「本当、ですか」

「ただし土下座どげざや。公衆の面前で土下座できたら許したる。どないする」


 さすがに調子に乗りすぎだな。

 本当なら間に割って入って事情を話すべきだろうし、それをするのがオレの役目だと理解もしている。だがまだだ。まだオレが出る所じゃない。


「……、」

「どうした兄ちゃん。プライドが邪魔して土下座はでけへんか? まぁそうじゃろな、冒険者なんてもんはプライドばっか高なって善悪の区別もでけへんバカばっかりやからのぉ!」


 木こりは止まらない。

 収まらない怒りを発散しているというよりかは、もはや攻撃するために口を開いている印象さえ受けるほどだ。

 彼は立ち上がり、行く末を見届けている冒険者たちにまで悪態をつきはじめる。


「お前も! お前も! そこのお前も! ミスったのが自分じゃなけりゃ庇う事もせんのかいな! ほんましょーもいない集団やで冒険者ってのは!」


 さすがに黙って聞いていられなくなったのか、他の冒険者たちの表情が曇る。中には武器に手をかけている者もいた。

 さすがに戦闘になれば後始末が面倒になるのは確定だ。もしそちらの未来へ行こうとするのなら、オレも止めに入るしかないだろう。

 しかし、そんな未来は訪れなかった。

 カーネルが膝を折り、木こりの前にひざまずいたからだ。


「なんや。土下座する気にでもなったんか」

「ぼくの頭でよければいくらでも、どれだけでも下げます。……ですが周りの皆さんは無関係です。彼らをおとしめるような発言は撤回していただきたい」

「なんやと?」


 木こりの恫喝どうかつに屈する事なく睨み返すカーネル。


「あなたが受けた被害はすべてぼくの行動に問題があった。だからぼくをなじるのも責めるのも好きにしていただいて構いません。でも他の人たちは違います。……この度は、大変申し訳ございませんでした」


 カーネルはその額をギルドの床に押しつけた。

 まさか誰もそうするとは思っていなかったのだろう。冒険者たちも固唾かたずを飲んで見守る事しかできないでいる。

 木こりはしばらくカーネルを見下ろしていたが、ふんと鼻を鳴らした。


「知能もなければプライドさえないんか。しょーもないな」


 靴底をカーネルの頭に乗せ、つばを吐きつける。

 それでも反抗しないカーネルを見て、黙っていられなかったのはイレーヌだった。


「足どけて‼」


 木こりの足を体を目いっぱい使って退けたイレーヌは、土下座をするカーネルの前で両手を大きく広げた。


「カーネルさんはわたしを助けるために扉を開けてくれたんです! 人助けじゃないですか! なんでカーネルさんがこんなに責められなくちゃいけないんですか!」


 思わぬ少女の介入に、収まったかのように思えた木こりが再度唸うなりをあげる。


「人助けって名目があれば人の大事なモン壊してもええんか? ほんなら嬢ちゃん、わしは何としてでも弁償を勝ち取るためにお前の頭を斧でかち割ったるが文句はないよな? ええ?」


 黙って聞いていられるはずもない。


「いい加減にしてください! この子に危害を加えるつもりなら……ぼくは剣を抜きますよ」

「ほう、ケンカか。ええやん。最初からこれで話つけりゃ早かったな」


 木こりが戦闘態勢に入る。丸腰の素手だが、構えは熟練者のそれ。ただの木こりってわけではなさそうだ。


「グレイさん、さすがに止めたほうがいいんじゃ……」

「いや止めない」


 張り詰める空気の中、ミラの提案を一蹴いっしゅうする。


「どうしてですか! カーネルさんの仲間じゃないんですか⁉」

「オレが出ることで状況が悪化する。カーネルには悪いが少しの間耐えてもらうしかない」

「でも……!」


 木こりの男とカーネルの視線が激突し火花を散らす。

 どちらが先にしかけるか。その間合いを測っている時間がゆっくりと流れていく。

 動き出したのは木こりの男だった。

 素手のみという原始的な戦闘スタイル。シンプルに考えれば剣を扱うカーネルがリーチ的にも優位だろう。だが木こりはそのハンデすらものともしない身のこなしで拳を叩きこんでいく。

 カーネルもカーネルで剣を抜いてしまえば木こりを傷つけてしまうと理解している。だからこそつかに手をかけるのみで、それ以外の攻撃を講じる事はない。


「なんややっぱ口だけかいな! 全然相手にならへんわ!」


 攻撃と防御、あるいは回避が連続していくと慣れが生まれてくる。

 それを嫌ったのか、木こりの男は突として下段回し蹴りを打ちはなった。


「!」


 問題は、ターゲットがイレーヌだった事だ。当然カーネルは彼女を庇うために全力を尽くす。


「彼女に手を出すな――‼」


 はっと気がついてももう遅い。カーネルが反射的に繰り出した両手は、木こりの男をかんたんに突き飛ばす結果となる。

 木こりの男が声をあげて転がった。

 ……やってしまったな。罠にかけられた上とはいえ、状況は不利に転がる可能性が高い。

 まさにその時、グレイシャル支部の扉が音を立てて開かれる。


「随分と派手にやってるようじゃねぇか」


 異様な存在感を放つ男はコツコツと騒動の中心へ踏み込んでいく。野次馬たちの波は分かたれた。


「……カーネル、お前またトラブってんじゃないだろうな?」


 睨みを効かせたガルムナートが威圧いあつする。


「ガルムナートさん……!」

「おいそこの木こり。お前もこっちにこい。事情を聞かせてもらおうか」

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