第2話 始末屋
「新パーティーの誕生を祝して、乾パ~イッ!」
高らかな声とともにビールジョッキを掲げたのは他でもないカンナだった。
数分前の嗚咽などつゆ知らず、ぐびぐびとアルコールを胃に流し込んでいる。
「ぷはぁ! やっぱジャマ者がいなくなるってのは最高の気分だね!」
悪びれる素振りも見せないパーティー一味。
オレは常温の水を飲みながら彼女たちの話に耳を傾ける。アルコールじゃないのは酒が苦手だからだ。
食堂の机を叩きわる勢いでジョッキを置いたリーダーが赤らんだ顔で笑った。
「いやぁアッシュ。おまえ本当すげぇよ! こんなかんたんに『追放』しちまうなんて!」
「ホントそうよね! 『パーティーをやめるくらいならぼくは死にます!』とか言ってたレントがこんなにあっさりと引き下がらせるとはね」
空いた方の手で杖をいじくりながら女も便乗してくる。
こっちとしては、褒められるようなことをしているつもりもないんだけどな。
「オレはオレの役目をまっとうしたまでだ」
「くぅ~痺れるねぇ色男! 俺も依頼ばちっと成功させてドヤ顔してみてぇもんだ!」
「ワイルドベアー一匹相手にひぃひぃ言ってるアンタにゃ無理よ」
「んだとこの野郎ぉ! あんなのは俺たちCランクが相手にしていい魔物じゃねぇっての!」
と、リーダーと魔法使いの女が盛り上がっている中、カンナがイスを寄せてくる。
その表情に憂いは――もちろんない。あるのは知的好奇心だけだろう。
カンナは隠そうともせず直球を投げてきた。
「アッシュくん、あれどうやって調べたんですか」
「あれ、とは」
「なにしらばっくれてるんですか。レントくんを追放するための三つの理由ですよ。どこでどうやって調べてきたんですか」
それについてはリーダーたちも気になっていたのだろう。話を中断して会話に混ざってくる。
「俺も気になってたぜアッシュ。俺たちがレントの追放を依頼したのはほんの一週間前だろ? たった一週間で……よくアイツのことを調べ上げたよな」
「他人の懐に入り込む術にでも長けてるのかしらね」
感心しているのがよく伝わってくる。
嫌な気はしないが、別に嬉しくもないな。そもそもオレはレントの懐になど入り込んでいない。彼が人懐っこく、素直で優しく、誠実だっただけだ。
「特別なことは何もしていない。ただ情報収集をしていただけだ」
「そんなこと言っちゃって。ホントはあれこれ手を回していたんですよね?」
三人が期待の目を向けてくる。これ以上持ち上げられるのも面倒なので、オレは大まかな説明をすることにした。
「ヒントは全部レントの口から聞いたものだ。まずひとつめ。能力不足についてだが、もはや説明すら要らないはずだ。おまえたちがあいつを足手まといに感じていたように、あいつ自身もまた、自分をパーティーのお荷物だと責めていた。だからそこを理由に挙げた」
力量と能力がモノを言う冒険者稼業において、力不足のディスアドバンテージは大きい。
特に彼らのように、Cランクパーティーにもなると、メンバーひとりひとりの力が依頼を完遂する期待値に大きく影響する。
彼らはレントの能力に期待して迎え入れた。しかしレントはその期待に応えられなかった。
シンプル過ぎる構図があったから突いた。それだけの話だ。
「ふたつめは? 青果店でも働いてるって話。アタシたち、レントが冒険者以外に何かをしてるなんて聞いたことなかったわよ?」
「あいつが口にしていないのだから当然だろうな。だが実はおまえたちも青果店で働くレントには遭遇している」
? と首を傾げる三人。
「三日前、大通りの市場に食料品の買い出しに行ったはずだ。あの日レントはどうしても外せない用事があると言って別行動をしていたが、それは青果店で親戚の手伝いをするためだ。店番をする叔母が腰を痛めてしまったせいで店が回らなくなってしまったらしい」
頭の上に浮かんでいたハテナが消え、時が止まったように三人は動きを止める。
ジョッキグラスから水滴が落ちる。点になった六つの目がオレを見つめる。
「ちょ、ちょっと待てアッシュ。たしかおまえ、俺たちには『レントが能力不足を自覚していながら、満足に稼げない冒険者稼業以外でも金稼ぎをするために副業に力を入れてる』って教えてきたよな……? 親戚の手伝いってなんだよ?」
「そのままの意味だ。レントは人助けと善意で副業――いや店の手伝いをしていた」
三日前、レントに遭遇していながらも気がついたのはオレだけ。
能力不足に引け目を感じていたこそだろう。レントは後日、オレをこっそりと呼び出して、魔法や剣の練習をせずに手伝いをしていることを黙っていて欲しいとお願いしてきた。
オレは快諾し、事実を改変してリーダーたちに伝えたという訳だ。
「アッシュくん、あなた……」
カンナが寄せてきていた身を引く。
乾杯の音頭とは一変。打って変わって凍りついている空気が肌にまとわりつく。
まるで何かとんでもないミスをしでかしてしまったかのような緊張が騒がしい食堂に張り詰める。
「おまえたちから依頼を受けた後に得た貴重な情報だ。ありがたく武器として使わせてもらった。そして三つ目の理由だが」
そこでリーダーの男が乾いた顔で笑ってみせた。
「そ、そうだよな! 親戚の手伝いだって聞いた時は驚いたが、カンナのキャミソールの件はどう足掻いても言い訳にしかならねぇもんな!」
「そう……そうよね。性犯罪者ならどのみちパーティーに置いておくって選択肢はないわけだし? ねぇカンナ」
「も、もちろんです! あれだけは絶対に許せません」
この食卓だけ無音。そう錯覚するほどに、三人が醸し出す雰囲気は緊張に満ちている。
オレから発せられる次の言葉に全神経を集中させているのがわかる。
本当はもう気がついているはずだ。心のどこかで自分自身を疑えとアラートがうるさく鳴り響いているに違いない。しかし投げられた賽を前にすると、今を肯定すべく正当化ばかりに傾倒するしかない。
「あれは作り話だ。でっちあげただけの三文芝居にすぎない」
誰もビールジョッキを傾けることはしなかった。
ただ単に与えられた真相と、自分たちが犯した事の重大さを反芻している。そんな顔つきだ。
正当化という拠り所さえ奪い去ったオレは続ける。
「といってもキャミソールにレントの指紋がついているのは真実だ。昨晩オレの鑑定で見せたように、胸元には間違いなくあいつの五指の指紋が付着している。だがカラクリを話せば極めて下らないことが行われていたとわかるはずだ」
オレは女の手から滑り落ちそうになっている杖を見る。
魔法使いが好みそうな流線型のフォルムをした球。特に先端のふくよかな丸みは、ついつい撫でたり掴みたくなってしまう形をしている。先ほどから女が杖をいじっているように。
「レントもチームメンバーだ。それもオレよりはるかに長い在籍期間がある。その間、あいつがその杖に触れなかった可能性は……何パーセントくらいあると思う」
ゼロだ。
いつどのタイミングでレントが触れたかは知らないが、先端のふくよかな丸みには彼の指紋が残っていた。
「オレはあいつの指紋をカンナのキャミソールに転写した。そしてそれをあたかも最近ついた指紋かのようにおまえたちに見せた。これが三つ目の理由の真相だ」
がたん、と大きな音が立つ。
リーダーが勢いよく立ち上がり、イスを跳ね飛ばした音だった。やり場のない感情をオレにぶつけてくる。
「アッシュ! 聞いてた話と違うじゃねぇか!」
胸ぐらを掴まれる。
「俺たちは……俺たちはレントが冒険者を本気でやるつもりがないならパーティーをクビにしたいって依頼をしたはずだ!」
「あいつは本気だっただろうな。自身の能力不足を自覚し、おまえたちの足を引っ張らないようにプライベートな時間のほぼすべてを魔法訓練にあてているくらいには」
「ふざけんなよ! ならなんで追放させた⁉ 俺たちは別にあいつを――」
「『追放しようと思っていたわけじゃなかった』、とでも言いたそうだな」
オレは胸ぐらを掴んでくる手首を握り、人の身体の構造上曲がらない方へひねる。
激痛に耐えかねたリーダーは体をよじらせ、そのまま倒れ込んだ。
「そんな甘い言い分が通ると思っているのか? Cランクの器じゃないからパーティーをやめさせたいと言ってきたのはおまえたちだ。オレはその手助けをしただけで、おまえたちの目的は問題なく達成されている。何が問題だ」
「こんなの……こんなやり方が許されると思ってるの⁉」
魔法使いの女が金切り声をあげる。こちらもレントに対する申し訳なさで表情が曇っている。
「アタシたちはレントを大事に思ってた! たしかに能力的には足を引っ張られることもたくさんあったし、命の危険を感じるレベルだったからアンタにお願いしたのも事実だけど……でも、こんなやり方ってないでしょ⁉」
「じゃあどんなやり方だったら満足だったんだ?」
魔法使いの女に視線を刺す。それ以上彼女の口から言葉が発せられることはない。
「能力不足で足を引っ張られていたのは事実。嫌気がさしていたのも事実。そのくせ努力をしていないのではないかと疑い、決めつけ、追放の意思決定をしたのは誰だ? 他でもないおまえたちだろう。ジャマ者だと思っていたんだろ? 手段が気に入らないからと言って、善人ぶるのはやめたらどうだ」
すると、黙って話を聞いていたカンナがぼそりと口を開いた。
「……アッシュくんの言うとおりです、リーダー。レントくんをクビにしようと思っていたのは事実です。たとえ陰で努力をしていたら許そうと決めていたとしても、冤罪がなかったとしても、わたしたちは能力という一点のみでレントくんの処遇を決めようとしていた。仮にアッシュくんがいなかったとしても、きっとパーティーは長続きしなかった。ですよね?」
オレは否定も肯定もしない。
「わたしが悪かったです……直接レントくんに何かをされたわけでもないのに、キャミソールに指紋がついていたってだけで彼を犯罪者だと決めつけてしまったわたしのせいです……」
食堂内の注意がオレたちに集まっていることに気がついた。これだけ騒動を起こしているから仕方がない。野次馬たちは何があったんだと心配する視線を送って来ている。
そろそろ引き時だな。
「ともかく、オレはオレの仕事をまっとうした。契約は契約だ」
「……わかってらぁ」
立ち上がったリーダーは懐から財布を取り出し、金貨5枚を机に放り投げる。
そしてオレを睨みつけながら、
「人を不幸に叩き落して食う飯は美味いのかアッシュ。……二度と俺たちと関わらないでくれ」
「言われなくてもそうするつもりだ」
リーダーは魔法使いの女とカンナを連れて店を後にする。
オレは机の金貨を回収し、こちらの様子をうかがっていた店員に声をかけた。
「フレンチフライをひとつ」




