第3話 次の仕事
食堂をでたオレは、冒険者ギルドに向かう。
書類仕事でせわしなく手を動かしている受付嬢に声をかけた。
「フレンチフライは美味かった」
「……奥のお部屋にご案内いたします。こちらへどうぞ」
連れられた部屋でソファに腰をかける。
待つこと数分、ある人物が秘書を連れてやってきた。不敵な笑みを浮かべてオレの前に腰を降ろす。
「久しいなアッシュ。なにか飲むか」
「炭酸水はあるか。今日のは塩分過多だったみたいで口が乾いている」
答えると、男は秘書に二人分の飲み物を持ってくるよう指示を出す。
オレはポケットから一枚の紙を取り出して机に広げる。目の前の男はそれを手に取ると、呆れたようにはにかんだ。
「アッシュ、何度も言っているがフレンチフライはただの暗号だ。実際に食べてくる必要はまったくないんだぞ?」
「わかっている。単純に味が好きなだけだ」
「なら領収書を持ち込むのはパスしてくれ。会計係が変わって経費に厳しくなったんだ」
「ギルドマスターの権限はそう強くないのか。意外だな」
そこで会話が一度途切れると、ギルドマスターが本題を切りだしてくる。
「今回の仕事、ご苦労だった。先ほどパーティー解散申請が受理されたよ」
「そうか」
オレの見立てでは食堂を出ていったカンナたちは、おそらくレントを連れ戻しに行ったはずだ。それでも解散申請が出されたということは、レントは再加入に応じず、リーダーたちも罪悪感に耐えかねるという決断をしたことを意味する。
「それにしても見事だ。ものの数週間で解体まで持っていくとはな。一体何をした?」
「特別なことは何もしていない。拾えるヒントを転用しただけだ」
「あのパーティーには本当に手を焼いていたんだ。どこまでも無能のくせに自分たちを有能だと信じて疑わない。達成できない案件を受けたがるし、気に入らない案件は手を抜くし……レントには悪いことをしたが、この支部が競争力を維持するために必要な犠牲だったと思っている」
あんたの懺悔にはまるで興味がないが、オレは勘違いを訂正しておく。
「レントに悪く思う必要もない」
「? なぜだ? 彼にはあのCランクを解体するための生贄になってもらったんだぞ?」
「ギルドの競争力を高めたいのであれば、レントもまた足枷のひとりだ。善人ではあったが、逆に言えばそれだけ。少なくともあんたの目的を達成するためのウェポンとしては弱い」
正直な意見を告げると、ギルドマスターは困ったように微笑む。
「アッシュ、おまえがこちら側についていてくれて心底安心しているよ。おまえほど優秀な『追放者』がいれば私の野望も叶えられるに違いない」
追放者。
ターゲットとなるパーティーや組織に潜入し、不安因子を取り除く仕事。それがオレの職業で、裏での呼称だ。
秘書が炭酸水とアイスコーヒーを運んでくる。乾燥した口に潤いを施す。
「世界中のギルドを統括する理事長になること……だったか?」
「いかにも。そのためにも、私はすべてのギルドの競争力を底上げしていく必要がある。私の介入があったからこそ、世界の平和は保たれ、ギルドが治安維持のための強力な基盤となったという筋書きがいる」
このヴェルザント王国では、東西南北、そして中央の計5拠点に冒険者ギルドを構えている。
各地で起こるいざこざや、魔物討伐といった『国家の管理だけでは手が回りきらない仕事』を委託されているのだ。国家公認の半官半民組織である冒険者ギルドを統括すること。それがこの男の野望。
「引き続き、協力してくれるな? アッシュ」
胸ポケットから三つ折りの紙が取り出され、机の上に広げられる。今回の依頼の成功報酬がオレの口座に振り込み済みであることを証明するものだ。
金で買収できていると思われているのが癪だが……オレは善処すると返事をする。あえてこちらの目的を伝えておく必要はないからな。
「早速だが次の仕事を任せたい。概要はその紙に書いておいた」
振込証明に一緒に書く内容じゃないだろ。
半ばそう思いつつも、オレは依頼内容を確認する。
「グレイシャル支部か。辺境の港町だな」
概要は……とその先を読んで、思わずオレは顔をあげる。
「随分とアバウトなオーダーだな」
記載されていたのは、こうである。
◇依頼書
依頼:ギルド存続の危機を脅かす危険因子の排除
概要:グレイシャル支部の競争力向上支援
緊急度:高
何度か読み返したものの、ほとんど情報が入ってこない。突くべき点はひとつか。
ギルドマスターが足を組んで補足する。
「たったそれだけの記載でも、概ね真相をついている。グレイシャル支部はギルド間競争――全ギルドの力量を確かめるために行われる競争において、ここ数年敗北続きだ。確か7連敗くらいしていてな。そろそろテコ入れをしなければと思っていたのだが……」
続きを待つ。ギルドマスターは大きなため息を一つはさんだ。
「原因がまったく掴めないんだ。だからこうしておまえに依頼をしている」
「……何か勘違いをしているようだがハッキリ伝えておくが」
オレは依頼書を捨てて男の目の奥を見据える。
「オレはオレのためにこの仕事をしている。不穏因子を取り除くことと競争力向上が必ずしも同じ直線上にあるわけじゃない。それは理解しているな?」
要するに、ギルドマスターは『グレイシャル支部が弱体化しているのは、特定不能な危険因子のせいだ。それさえ排除すれば競争力は元に戻る』と考えている。だがそんな簡単な話はない。
貧乏で勉強の機会すら与えられない子どもに、ペンとノートを買い与えることはできても、知的能力をあげられるかどうかは全く別の話。それと同じだ。
つまり、
「オレができるのは危険因子の排除までだ。認識に相違がないことを確認しておきたい」
「……問題ない。詳細は向こうのマスターから聞いてくれ」
なら話は終わりだな。オレは立ち上がり、入ってきた扉に足を向ける。
その際、ギルドマスターが声をかけてきた。立ち止まって背中で聞く。
「だがアッシュ、忘れるなよ。おまえは私の手によって生かされているのだ。何もかもを失ったおまえに手を差し伸べたのは私だ。それを忘れてくれるなよ」
「……ああ、感謝はしている」
背中で返事をし、オレはギルドを後にする。
風が吹いた。春先の暖かく心地よい風だ。
左手首にぶらさがるブレスレットもかすかに揺れる。
「あの男の言いなりになるのは癪だが」
結局、そうするのが最短ルートなのかもしれない。
そんなことを考えながら、オレはグレイシャル支部への馬車に乗り込んだ。




