第1話 追放者
「レント、今日でおまえはクビだ」
一瞬、なにを告げられたかがわからない。
それでも震えそうになる声を抑えて返した。
「ク、クビ……? なんでぼくが」
「んなことも言わなくちゃならねぇのか? 身に覚えくらいあんだろ」
レントにクビを宣告した男はいらだちを隠そうともしない。
「ぼ――ぼくだってこのパーティーの一員だ! クビにするなら相応の理由がなくちゃ納得できない!」
次の瞬間、パーティーリーダーの男はレントを突き飛ばした。
ひと回りも小さい体がかんたんに倒れる。レントは怯えた目でリーダーを見上げる。瞳はわずかにうるみだしていた。
「わからねぇようなら教えてやる――」
リーダーは一呼吸置き、横目でオレに命じる。
こういう話になるとかならず駆り出される。まったく損な役回りだ。
オレは頷きもせず、尻もちをついたレントを見下ろした。
「おまえがこのパーティーを抜けなければならない理由は三つだ。ひとつ、おまえはCランクパーティーに所属するほどの能力を持っていない」
「!」
喉奥に言葉がつまったような顔をするレント。そうだろうな。まさかパーティーの中で一番懇意にしていたオレから手厳しい言葉が伝えられるとは予想もしていなかったはずだ。
「ふたつ、おまえは冒険者稼業に専念していない。この仕事とは別に、青果店の宅配業を担っているな?」
「ま、待ってくれアッシュ! それは誤解なんだ! たまたま親戚のお店の手伝いをしていたところを君たちに見られただけで!」
「別の仕事をしていたことは認めるんだな?」
言葉尻を捉えてオレは詰める。反論の言葉はない。
その間をぬって、パーティーメンバーの女が吐き捨てた。
「アンタさぁ、能力が足りてないって自分でわかってるわよね? だったら空いた時間で少しでも努力するのが筋なんじゃないの?」
「やってたさ! 依頼をこなして解散した後もぼくはずっと――!」
「口答えやめてくれる?」
女の持つ杖の先から風が舞った。
球状に圧縮された風がレントの腹部を直撃する。レントはごろごろとギルドを転がった。
起き上がるレントの目は恐怖で埋め尽くされている。そこにオレは最後の一撃を通達する。
「そしてみっつ。おまえはカンナを性欲のはけ口にしようとした」
恐怖に染まっていたレントの目が鋭く光る。
最後の抵抗、と形容していい生易しいものではない。どちらかと言えば、それだけは聞き捨てならないという尊厳の主張に近いだろう。
レントは痛みに軋む体でオレにぐんと詰め寄る。
「アッシュ、取り消せ。言いがかりもいいところだ。ぼくはそんなことしない。絶対にだ」
激情をはらむ彼の瞳と相対してオレは思う。
わかってる。おまえは誰よりも優しく誠実な男だ。仮におまえが女を襲うような疑義をかけられるようなことがあれば、オレは間違いなくおまえの味方をする。それくらい、信用に値する男だ。
「その言葉に誤りはないな?」
「ない。絶対にない」
言質がとれたとほぼ同時、オレの横でリーダーの男が息巻くのがわかった。
横目で確認する。口端がいやらしく吊り上がっている。
「ならこれはどういう理屈なんだろうな、レント?」
自信と加虐を滲ませた声でリーダーがアイテムボックスから取り出したのはキャミソール。胸のあたりが膨らんでいるカップ付きのものだ。どこからどう見ても女物であることは一目瞭然だろう。
レントは間近でそれを見せられ、しかし臆することなく主張する。
「それがなんだ」
「これはカンナの私物だ。寝るときはいつもこれを着てるんだってよ」
「だから……だからそれがなんだってんだよ」
「胸の部分に、おまえの指紋がべっとりとついてんだよ。アッシュが鑑定してくれた」
開いた口が塞がらない。
その言葉をまんま体現した男が、オレの目の前に立っている。
ほぼ同時、オレの背後で嗚咽する声が生まれた。耳まで赤くしたカンナからだ。
「おまえがいつカンナを襲おうとしたのかはわからねぇ。だがこうして証拠が残ってる。カンナだってこうなってる。悔しくて悔しくて仕方がねぇんだ。……なぁレント。おまえ、自分が何やったかちゃんとわかってんのか?」
リーダーがぐいと体を寄せつける。
しかしレントの目は宙を泳いでいる。うわ言のように後ずさりながら、
「知らない……ぼくは知らない! そんなことするわけない!」
「じゃあここに残った指紋はどう説明をつけるんだ?」
「知らないよ! でもぼくはやってない! そもそもカンナさんの私物に触る機会なんて――」
そこまで言ってから、思い当たる節があったのだろう。
レントの目はひときわ大きく見開かれ、直後、ロングソードなど比にならない鋭利さでオレを睨みつける。
だが遅い。こういう話になった時に生まれる間とは、反論の時間すら許してくれないのだ。
「身に覚えがあるみたいだな、レント。本当ならおまえを騎士団に引き渡すことだってできるんだ。でも俺たちはそうしない。なぜならカンナがそれを望んでいないからだ。半年ちょっとの付き合いだったかもしれねぇが、同じパーティーメンバーとして頑張ってきたおまえを罪人にはしたくないらしい。まったく優しいこった」
レントは俯いていた。ぶつぶつと聞こえないくらいの声でひとり言を呟いている。
しかし直後だった。
「アッシュ‼‼」
床を蹴り上げたレントがオレに飛びかかってきた。
筋肉がつきたての両手を精一杯に伸ばし、オレの息の根を止めようとしてくる。手を出すつもりはなかったが仕方ない。
自分の身は自分で守らなくてはならない。冒険者として生きようとする者であれば尚更だ。
オレは戦闘の構えをとる――その一秒前。
「テメェはどこまで腐ってやがるんだ‼」
リーダーの拳がレントの顔面の中央を貫いた。
目、鼻、口。
あらゆる顔のパーツが中心にめり込みそうな威力で放たれたリーダーの鉄拳が、レントを再起不能に追いやった。
今頃レントの意識は朦朧としているに違いない。それでも彼は「ぼくは、やってない……」と否定し続けていた。
だが現実は無慈悲。リーダーはレントに唾を吐きかけ最後通告を言い渡す。
「レント、おまえはクビだ。二度と俺たちの前に姿を見せるんじゃねぇぞ」
ギルドを出ていくリーダーたちの背中にオレも続く。




