第18話 イレーヌ発見
「そういえばさっき気がついたんだけどさ」
「ああ」
「……まだ名前教えてもらってないよ、ぼく」
オレはカーネルと森の中を歩いていた。
ミラと話し終わった後、彼に同行希望を聞いたら『行くに決まっている』のふたつ返事。おかげで道中、自己紹介すら済んでいない事を責められている。
「タイミングの問題だな。意図的なわけじゃない」
「それじゃあいま聞くよ。ぼくはカーネル。剣術が得意だ。君は?」
「グレイだ。剣も魔法もそれほど得意じゃない」
「あのレベルで得意じゃないというのは無理があるね……謙虚を通り越して嫌味にすら感じてしまうよ」
生い茂る草々を乗り越えていく。森が深まっていくにつれ、太陽の光も段々と差し込みづらくなってくる。
「本当にこの先にあの子が?」
「確かな筋から手に入れた情報だ。間違いない」
「こんな森の奥で何をしているんだろう? ひとりなのかな?」
情に厚いカーネルだからこそイレーヌが気がかりなのだろう。先ほどから彼女を心配する言動が幾度となく繰り返されている。
「『正義の天秤』から言いつけられた役割を果たせなかったんだ。自分の身を守るための動きとして見つかりにくい森の奥に避難したのは賢明な判断だと思うぞ」
「それはわかるんだけど……ほら、きっと水も食料も準備してないだろうし。何もないといいけど」
「何もないかどうかはこれからわかる」
視界を塞ぐように生えている枝を押しのけると、開けた場所に出た。
そこに掘っ立て小屋のような倉庫が建っている。倉庫の周りには材木が立てかけてあったり、薪割り用の斧があったりする事からも、木こりが使っている施設だろう。
カーネルと目があうと、彼は力強く頷いた。ふたりで倉庫に接近し、扉に手をかける――。
「鍵がかかっているみたいだ。持ってたりする?」
持っているわけがない。
オレの反応を見てカーネルは逡巡する。
「何を迷っているんだ」
「いや、扉を壊すかどうかと思って。切断自体はかんたんなんだけど、もしこれで中にあの子がいなかったらどうしようかなって」
「また探すだけだな」
しかしオレの回答では不満足だったようで、カーネルは決心がつかないようだった。
「え、ちょっとグレイくん? 何するつもり?」
引き戸に何度か手をかけると、遊びの部分がそれなりにあるのがわかる。つまり施錠こそされているが、勢いをつけるポイントは残っているという事だ。
《燃焼》や《圧壊》で吹き飛ばすのも簡単だが、物質の復元魔法は魔力を相当に食ってしまう。反面、倉庫の鍵くらいならいくらでも替えは効くだろう。
という事で、引き戸に込める力を高めていく。何度かそれを繰り返すとがこん! と扉が開いた。引き戸の向こうでは破壊された錠が床に転がる音が響いている。
「開いたぞ」
「開けたっていうのが正しいよ。グレイくんって実は脳筋タイプ……?」
やかましい独り言は無視しておいて、倉庫の中に踏み込む。
「カーネル、確認してくれ」
倉庫の奥の方で縮こまっている少女がいた。リーナの代役を務めていたとはいえ、オレは元の素性を知らない。身元確認をするには接触経験のあるカーネルに任せるしかない。
「君がイレーヌかい?」
「カ、カーネルさん……⁉ どうしてここに……?」
イレーヌは目を見開いて彼を凝視していた。まるで幽霊でも見ているかのような目だな。
そりゃそうか。まさかガーゴイルを倒して生還しているとは思いもしないだろうからな。
カーネルは柔和な微笑みを浮かべながら、
「君が『正義の天秤』……リーナたちに協力していたって聞いたんだ。ダンジョンの中を探し回っても見つけられなかったから探してたんだよ」
オレが戻った後にも捜索をしていたと初めて知る。
事情を理解したイレーヌはそうだったんだ……と呟き、だんだんとその顔がしわくちゃになっていく。やがて大声をあげて泣き出してしまいカーネルの腕の中に飛び込んだ。
「怖かったぁ……怖かったよぉぉ」
「よしよし、もう大丈夫だからね。ぼくもこのお兄さんもとても強いから安心していいよ」
見たところ外傷はない。
精神的に抱えているものもあるかもしれないが、それもカーネルのサポートがあれば徐々によくなっていくだろう。
「イレーヌの救出は完了だな。木こりが帰ってくる前にオレたちも戻ろう」
幸い、倉庫の持ち主がすぐに姿を見せることはなかった。
カーネルはイレーヌをおんぶし、オレはその隣を歩く。
「そうか、イレーヌはノルヴァルドの生まれなんだね」
すっかり打ち解けているようで何よりだ。
言質を取っておくのであればイレーヌが心を開いている今がベスト。そう判断したオレはふたりの話が止まったタイミングで聞いてみる。
「ちょっと聞きたいんだが、『正義の天秤』に協力したのはなんでなんだ?」
しかしそれを許さないのがカーネルという男。
「待ってよグレイくん。昨日の今日だよ、イレーヌもまだ不安定なんじゃないかな」
「わかってる。だがイレーヌもおまえを罠にかけようとした人物のひとりになっている。彼女が無実であると証明できなければ『正義の天秤』もろともペナルティは避けられない」
「それはそうだけど……」
納得がいかない様子で言葉を区切るカーネル。オレのような干渉の仕方を嫌うのはわかってはいるが少々やりにくいな。
「カーネルさん、わたしは大丈夫。話すよ」
「イレーヌ……」
本人から了承も得られたので続きを促す。
「カーネルさんの罠? の事はよく知らないけれど、あの人たちに協力してほしいって頼まれたの。わたしはその人に感謝しているし、だから恩返しのつもりでついて行った」
オレとカーネルの目が合う。ここでブランドンの名前が出てくれば黒確定だ。
何らかの理由があり、カーネル追放を画策。グレイシャル支部の主力パーティーのひとつである『正義の天秤』に話を持ちかけ、彼の偶然の事故死を演出しようとした事になる。
「その人物の名前は――」




