第17話 記録の謎
併設された食堂の隅の席にミラを座らせる。
ミラは緊張しているのか、落ち着かない様子でモジモジとしていた。彼女はすでに水をコップ十杯分ほど飲んでいる。
「そ、それでグレイさんっ! お話というのは⁉」
「そんなにかしこまる事でもない。楽にして聞いてくれ」
オレはオルテンシアから教えてもらった六人の名を口にする。
「これらの名前に心当たりはあるか」
ミラは一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに眉尻を下げた。
「行方不明になってしまった冒険者の方々、ですよね。もうどれくらいになるでしょうか……でもなぜグレイさんが彼らの事を?」
「ブランドンからの依頼だ。調査をしている」
オレは嘘をついていない。このような言い回しであれば、ミラの中で合点が行く事もあるだろう。
案の定、彼女に笑顔が戻った。
「ああ、それで昨日ブランドンさんとお話されていたんですね⁉ この事だったんですか~それならそうと最初から教えてくださればよかったのに」
「依頼内容の漏洩は契約違反だからな」
「相変わらず律儀ですね。……それでなぜわたしにその話を?」
「オレの権限だけでは調べられない事がいくつかある。それをミラに調査してほしい」
まだピンと来ていないようなので具体性をあげていく。
「昨日見せてくれた冒険者登録情報が載った台帳があるだろう? あの中には失踪した六人の情報も含まれているはずだ。それぞれの住所や戦闘スタイル、達成した依頼などの情報をまとめてほしい」
ここまで言えばわかるだろう。実際ミラはうんうんと頷きながらオレの話を聞いていた。
しかし返事は――。
「グレイさん、ごめんなさい。それはできません」
「一応理由を聞いていいか」
ミラはまっすぐにオレの目を見た。
「職業倫理に反するからです。わたしは誇りを持ってギルド職員の仕事をまっとうしたいと思っています。冒険者の皆さまのお力添えがあって成り立つ仕事ですし、それでグレイシャルは円滑に回っています。裏切るような事はできません」
旺盛な好奇心もさることながら、彼女は純粋無垢な正義感を持っていた。ブランドンもこれほど忠実で誠実な部下がいて、さぞ助かっている事だろう。
「もちろん何の見返りもなしにやってくれ、とは言わない。相応の対価を用意するつもりだ」
オレは最悪手になるとわかっていて提案した。
予想通り、ミラは机を気持ち強めに叩いて立ち上がった。
「グレイさん怒りますよ! これはお金や報酬の問題ではありませんっ! もうわたし、行きますね」
そう言ってすたすたと仕事に戻って行こうとする小さな背中。
だがミラ、おまえは忘れていないか? オレにはちょこまかと回るその口と足を止める術があるということを。
「昨日の事、覚えてるか」
遠ざかっていく背中が急停止する。
「オレは受けなくていいといったおまえのオリエンテーションを無理やり聞かされたな。それによって大事な予定に間に合わなくなってしまった。原因はなんだ」
「……脅し、というわけですか」
「オレは事実を言っているだけだ。昨日は困った時にオレを助けてくれるという約束で手打ちにしたが、どうやらその約束は果たされそうにないと判断したまでだ。それに予定に間に合わなくなった事で諸々の事情が大きく変わってきている」
ミラがこちらを振り返る。
体格の問題で気迫などは全く感じないものの、彼女の瞳に濁ったオレが映っているのは確実だ。なぜなら彼女のようなタイプがもっとも恐れているのは、ギルド職員でいられなくなる事だからである。それは信仰心や忠誠心の高さゆえの弱点とも言える。
「……協力しなければギルドマスターに報告するつもりですか」
「場合によってはそれも考える。だからミラ、こういう視点で考えてくれ。おまえはオレから台帳の開示を求められた。それはミラの直属の上司であるブランドンがオレに依頼した内容に関する事項だったため、開示する事はむしろブランドンの依頼の達成確率を高める事になると考えた」
「……、」
「これならおまえは裏切った事にも職業倫理に反する行動をした事にもならない。なぜならおまえの上司のブランドンがオレに依頼をしているからだ。おまえはあくまでグレイシャル支部にとって一番いい選択はなにかを考え、ギルドマスターほどの人が外部の人間を雇ってまで依頼する大事な仕事を完遂しやすくする手伝いをする事だと判断しただけになる」
「それなら初めからグレイさんがギルドマスターに確認をとればいいではないですか」
まぁ、そこはついてくるだろうな。
だがそうする訳にはいかない。
オレがブランドンから預かっている案件は、あくまでカーネルの追放である。少なくとも六人の失踪者の事を嗅ぎまわっているとは思いもしないだろう。余計な疑いは持たせないに越した事はない。
「そうかもしれないな。だがブランドンなら必ずOKを出す。この手間をかけさせる事がおまえ自身の評価に影響する」
「……どういう意味ですか」
「志だけが立派な視座の低い人材って事だ。上の人間は成果を最大化するために、常に人材の最適な配置を考えている。その意味でおまえにギルドの受付嬢以上の仕事が回ってくる確率は高くないだろう。――この話は終わりだ、無理を言ってすまなかったな」
今度はオレが席を立ちあがる。
――ミラ、おまえの心は穏やかじゃないだろう。
自らの失態を告げ口されると思い込み、仕事に対する姿勢を指摘されてしまった。そのうえ、一番恐れているブランドンへの報告の有無は宙ぶらりんである。もしかしたらオレが報告するかもしれないし、黙っていてくれるかもしれない。
そして、彼女は一度仲良くなった冒険者から失望の目を向けられる恐怖を抱いている。高い志を持つ人間ほど、他人からの承認の目には敏感なのは世の常だ。
オレの足が食堂フロアを出ようとする寸前、左手首を掴まれる。
オレは歩みを止めるが、振り返りはしない。
「……わかりました」
背中越しに確認すると、俯いていたミラが顔を上げる。
「ブランドンさんがグレイさんに依頼した案件です。たしかに重要度と優先度の高い問題ですよね。仕事終わりに調べておきます」
「頼んだ。オレも約束は守る」
交渉は成立した。
結果次第ではグレイシャル支部の隠れた顔を知る手掛かりになるだろう。ブランドンが悪なのか、『正義の天秤』の独断なのか。ミラの報告を待つとしよう。
ギルドから出ると、オルテンシアから《信号》が届いている事に気がついた。例の囮少女の居場所がわかったらしい。さすが情報屋だ。仕事が早いな。




