第16話 ガルムナート=ヴォルカとの邂逅
ギルドに到着すると、すぐにある話題が耳に入ってきた。
とりもなおさず『正義の天秤』の審問の件だろう。その悪事への邪推や今後の処遇など、同業者として気になるポイントが多いのかもな。
そんなことを考えながらカウンターへ向かっている途中、ある人物とばっちり目があった。
彼はオレを見つけるやいなや春の花のように笑顔を満開にさせて近づいてくる。
「遅かったね。目ぼしい依頼はほとんどなくなったよ」
「仕事をしにきたわけじゃないからな。別に問題ない。それよりカーネル」
オレはカーネルの奥に目をやる。
「いいのかオレと話していて。あのグループとなにか話してたんじゃないのか」
「ああ、そうなんだけど……」
カーネルも体をグループのいる方へ向けて頬をかく。
カーネルと話していた冒険者たちを観察すると、すぐに微妙な反応の意味がわかった。
「パーティー加入を打診されていたのか」
「すごいね君は。ヒントも出していないのに」
お世辞なのか何なのかはわからないがすごくはない。
グループを構成するメンバーは誰がどう見ても初心者の集まりだ。間に合わせの武器と防具(それも軽装)、恐怖よりも表にでる笑み。肉体的な未成熟さ。総合的に考えれば、カーネルとの実力差が激しい冒険者パーティーである事は一目瞭然だろう。
「興味本位で聞くんだが、どうするつもりなんだ」
「え? うーん、まぁ引き受けてもいいかなとは思ってる。決して高い難易度とは言えないけれど、彼らも足踏みしているだけでは強くなれないからね。ぼくがサポートメンバーとして入る事で一歩踏み出す勇気を持てるならそれもいいかなって思ったんだ」
顔には出さないが、オレは内心驚いていた。
いや正確には呆れに近いのかもしれない。昨日『正義の天秤』の罠にかけられていたと知ったにもかかわらず、そのリスクをまるで考慮していないかのような意思決定。
まぁそれがカーネルの良いところでもあったりはするんだろうが。
「そうだ、よかったら君も参加してよ」
「悪いが遠慮しておく」
「そっか。それじゃあ今夜ご飯でもどう? 昨日のお礼もしたいし」
オレは少し考える。
カーネルとの接触が増えれば当然、ブランドンはオレが何かしかけようとしていると勘ぐるだろう。街中には監視の目がある事も確認できている。
しかし蓋を開けてみれば進捗はない――となるとブランドンの追及に対応しなくてはならない。正直、今の状況だとブランドンとは話したくないからな。
断る一択。そう結論づけたオレは返事をしようとするが、すでにカーネルは初心者パーティーたちの所へ戻っていた。
黙って行かない訳にもいかない。ここは腹をくくるしかなさそうだな。
カーネルたちの横を素通りし、オレはギルドカウンターへ行く。
今日も今日とてミニサイズ受付嬢ミラ=ハートレイがせこせこと仕事に追われていた。
「相変わらず忙しそうだな」
「グレイさん、ようこそ冒険者ギルドへ。……そうなんですよぉ、ギルドに回ってくる依頼が増えていまして」
オレは依頼書が掲載される掲示板を確認し、ギルド内を見渡してみる。
「掲示板も依頼書だらけだな。冒険者の供給が追いついていないようには見えないが」
「……まぁ、皆さん高額報酬の依頼を受けたがりますからね。結果的に残るのは雑務や小規模な案件ばかりになるんです。ギルド運営の難しい所だなって思います」
先ほどカーネルも目ぼしい仕事はほとんどなくなったと言っていたが、それは高額報酬に繋がる仕事がなくなったという意味だったようだ。
時間が有限である以上、引き受ける依頼の線引きをするのは大事だと思うが……それにしても残りすぎな印象を拭えない。
「それでグレイさん、今日はどのようなご用件で?」
「ああ、それなんだがおまえに少し頼みたい事が――」
その時、オレの言葉をさえぎるように力強い声が聞こえた。
「いいやダメだ。俺が許可しない」
普段であれば無視するが、聞こえてきたのはカーネルたちのいた方だ。
初心者パーティーとカーネルと敵対するように一人の男が立っている。
外見は30代前半ほどか。整えられた髭と冷徹な眼光。振舞いや言葉遣いは冒険者らしい粗野さを持つのに、どこか知性的なジェントルマンな印象も受ける。
例えるなら水と油。混ざり合わないふたつが共存を叶えたような男だった。
「彼は?」
一度唇を引き結んだミラは小声で答える。
「ガルムナートさんです。グレイシャル支部で唯一のBランク冒険者です」
王国でBランク以上のパーティーが存在しないのは、そもそもBランク判定をもらっている冒険者の数が極端に少ないことを意味する。その中でのBランク。ガルムナートは相当な実力者のようだ。
「揉めているようだが介入しなくていいのか」
「……職員は基本的に冒険者同士の争いには不介入ですから。個人の事情に立ち入りすぎないようにするのと同じくらい守らなくちゃいけない境界線です……」
昨日オレにしてしまったミスを思い出したのか、尻つぼみになっていくミラの声。
「だからなんであんたに決められなきゃいけないんだよ!」
「まぁまぁ落ち着いてよ。ぼくも話してみるから――」
段々とヒートアップしていっているようだな。カーネルが仲裁に入るのであれば問題はないだろう。
オレはオレの事を進めよう――そう思った直後。
普通では絶対に感じない殺気が充満した。
オレは反射で《圧壊》を背面に展開する。
何もなければそれでいいと思い振り返ると、魔力を質量化した《圧壊》のシールドにカーネルの身体が叩きつけられていた。
カーネルは力なくオレの足元に転がる。気絶はしていないようだが、激痛に顔が歪んでいた。目が合う。
やりあってはダメだ。
カーネルの目はオレにそう訴えてくる。
「安心してくれ」
――オレはオレの邪魔をされない限り、危害を加えるつもりはない。
カーネルに手を貸して起き上がらせる。オレはガルムナートに声をかけた。
「取り込み中悪いんだが、話し合いは静かにやってくれないか。暴れるつもりならギルドの外で頼む」
ガルムナートの冷徹な眼光がオレを射抜いた。頭の先から足のつま先までを一瞥される。
「……ほう。俺にそんな口をきけるヤツがまだグレイシャルにいたとはな。よそ者か?」
「昨日クラウンギルドから来たばかりだ」
「クラウンギルド……ああ、あのザコマスターのギルドか。ここに何の用だ」
「おまえには関係ない」
「そうかよ。まぁいい。こっちはこっちで話してんだ。野次馬は首を突っ込まないでくれ」
突っ込みたくて突っ込んでる訳じゃないんだがな。
「迷惑だと言っているんだ。おまえたちの都合でオレの話が中断されなければならない理由はない」
ガルムナートの眉間に露骨にしわが刻まれる。と思ったら、今度は不敵な笑みで口角をにじりあげる。
「グ、グレイさん……やめておいた方がいいですよ。ガルムナートさんには逆らわない方が身のためです……!」
ミラがオレにしか聞こえない声で言ってくる。彼女の忠告が真実である事は、ギルド内にいる冒険者たちを見ていればわかる。腫れ物に触らないよう目と意識を逸らしているからな。
するとガルムナートはオレに近づいてくる。手を伸ばせばケンカが始まる間合いだ。
「嫌いじゃないぜ、おまえみたいなヤツ。名乗れ」
「グレイだ」
「クックック。覚えておいてやるよ。だからお前も忘れんな。グレイシャルで俺に意見したいなら力を証明してからだ。新人だろ? 今日だけは見逃してやる」
言い残すと、ガルムナートはギルドから出て行ってしまった。張り詰めていた空気が栓を抜いたように消えていく。
「た、助かったね……見逃してもらえてよかった」
喋れるくらいまで回復したカーネルが安堵をこぼす。
「おまえは全然見逃されてないけどな」
「ははは、仕方ないよ。ぼくがガルムナートさんの方針を無視しようとしたんだから」
ガルムナートは初心者パーティーの成長に繋がらない事を理由に、カーネルが参加する事を禁止したらしい。カーネルが受け入れているのなら、オレがとやかく言う事でもないだろう。
気を取り直して、オレはミラに声をかける。
「話の続きをしたい。場所を変えてもいいか?」




