第15話 オルテンシアとの邂逅
翌日。
身支度を済ませたオレはペンダントを《鑑定》した。
対象範囲は二日以内。検知された魔力の痕跡は四種類あった。
三つは判明している。持ち主であるリーナ、そして拾ったオレとカーネルのものだ。残る一つが『正義の天秤』が囮に使った少女のものであることは明白。
だがオレに対象人物の居場所を特定する術はない。《信号》を送り、ギルドに行こうと宿を出た。
しかし宿を出た直後、すぐに《信号》に反応がある。
「顔を出しておくとするか」
仕事は常に信頼関係の上に成立する。仕事を依頼する・実行するだけの関係でも悪くないが、プラスアルファを積んでおくに越した事はない。
ギルドに向かう足を止め、目的地を設定しなおす。
その建物の扉を開くと、小奇麗な身なりの女性に整理券を渡される。間もなくオレの番号が呼ばれ、その番号が書かれたカウンターへ着席した。
「ご来店いただきありがとうございます。担当させていただきますハワードと申します。以後お見知りおきを」
会釈を返しておく。
「それでは早速条件をお伺いできればと。どのような女性をお探しでしょうか?」
まずいな。あの女はなにをしているんだ。
このままだと普通に結婚相談が始まってしまう。オレに結婚願望はまったくないのだが……。
「賢くておしとやかな人がいい。魔法・剣術をはじめ、歴史や教養にも造詣も深くあってほしい」
仕方がない。あるモデルをイメージして回答していくとしよう。
ハワードと名乗った女性はうむむと難しい顔をしている。
「他には?」
「追跡や探知が得意だといいな。胸は薄くて構わない。約束や契約をしっかりと守れるのは絶対条件だ」
「は、はぁ……変わったご希望ですね。当相談所では希望するお相手の容姿や年収、特技や魔法などで条件設定をいたしますので、そちらに寄せていただけると探しやすいのですが――」
「私の事ではありませんか」
すっかり困り果てた女性の隣に、いつの間にか女がもう一人立っていた。指定した条件を覗き込むように確認してニヤニヤとしている。
「ちょ、ちょっとオルテンシア! お客様の前で失礼ですよ」
「良いではありませんか。はい先輩、担当変更です。まるで私の事を知っていて列挙されたような条件です。これを運命と呼ばずして何と呼びましょう」
オルテンシアと呼ばれた女はハワードを座席から押し出す。ハワードは彼女を睨んでいたが、オレに一礼をして奥の部屋へ戻っていった。
オルテンシアはおしとやかな微笑みで見つめてくる。
「随分とご機嫌だな」
「当たり前ではありませんか。アッシュくんとお会いできる機会なんてそうそうないのですから。この時間を大切に、密度粘度の濃い時間としましょう」
「おまえが出てくるのが遅かったから嫌味を言ってやろうと思っただけだ」
「ほう、嫌味ですか。それにしては私の事を褒める言葉が多いような気がしますけれどね。賢い、おしとやか、追跡や探知が得意、胸が薄…………アッシュくん?」
にこやかに怒らないでほしい。オルテンシアの後ろに悪魔が見えた気がする。
「私の身体は発育途中。もう数年もすればアッシュくんも驚くようなグラマラスボディになっている事は決定事項です」
おまえの年齢からして望み薄だろう……とは思っても言わない。
「本題に入ろう。《信号》は確認してくれたか?」
「もちろんです。少女の名はイレーヌ。十歳です。幼少期に冒険者だった両親が失踪。姉と二人で食いつないできたようですが、三年前に家を失い奴隷認定。最近までは奴隷階級から抜け出すために必死でお金を貯めているようでした」
出自を聞けば『正義の天秤』の誘いに乗ってしまう理由も頷ける。
「今どこにいるかわかるか。なるべく早く見つけたい」
オレはイレーヌの魔力が残ったペンダントを差しだす。
「さすがアッシュくん、話が早いです。本日中には見つけられるかと。また前回と同じようにアッシュくんの冒険者カードに位置情報をお送りいたしますね」
「助かる」
彼女こそオレがカーネルの位置をたやすく特定できた理由だ。
オルテンシア。結婚アドバイザーの仮面を被った情報屋。
その探知や追跡の精度は王国内でも指折りで、実際に王室に招かれた経験も持っている実力者だ。
ともあれ、これでリーナの問題は片付くだろう。
残るもう一方の報告も受ける事にする。
「ブランドンの方はどうだ」
オルテンシアは首を横に振る。
「彼の出自や経歴、お金の流れもすべて洗い出しましたが、出てくるのは表の顔だけです。ここまで徹底的に隠されると、よほど隠蔽したいウラがあるのではと勘ぐってしまいますね。なので――」
机に何枚かの紙が並べられる。
「過去三年間でグレイシャル支部がギルド本部に提出した失踪者リストを作成してみました。のべ三十六人。この数の多寡はさておき、行方不明者がこの数出ているのはかなりきな臭いというのが私の所感――――アッシュくん?」
オレは並べられた紙に目を滑らせる。
知らない名前ばかりが並んでいる。冒険者登録日、最終依頼受付日、捜索願い提出日時、行方不明者にリストインした日、備考欄――。
最後の一枚目を確認する。オレは思わず手を止めた。
「これはどういう意味だ」
「さすがですアッシュくん。私もブランドンさんの裏の顔を探るならここを突くしかないと考えておりました」
他の数枚とは明らかに異質な点。すべての項目が『記録抹消』『痕跡なし』で統一されているのだ。
人数にして六人。つまりこの六人は、行方不明であるということだけがわかっており、いつそうなったのか、どの依頼を受けて音信が途絶えたのかといった情報がまったく示されていない。
オルテンシアはここがブランドンの素性を暴く鍵になるのでは、と考えているらしい。
「もしアッシュくんが望むのであれば、さらに捜査することも可能ですよ。どうしますか?」
「いやいい。あとはオレの方であたってみる」
「心当たりがあるんですか?」
ないと言えば嘘になる。
ちょうど先日、ギルドのデータベースについては受付嬢のミラに確認を取ったところだ。当たりがあるとすればあの帳簿になるだろう。六人の名前は把握済みだ。
「心当たりと言えるほど確かなものでもない。オレでも調べられるものにおまえの貴重なリソースを割かせるわけにはいかないからな」
そう言うと、オルテンシアの手のひらがオレの手に重ねられる。彼女は柔らかく微笑んだ。
「今更何を言うんですか。私を救ってくださったあの日から、身も心もアッシュくんのもの。遠慮することは何もありませんよ」
「また頼みたい事ができたら《信号》で連絡する」
「いつでもお待ちしておりますよ、アッシュくん」
席を立ちながら頭の中を整理する。
ブランドンはカーネルをギルドから追放したいと考えている。
しかしカーネルが追放されるべき人間でない事はミミロースの証言からもわかるし、オレのこの目でも確認している事だ。
そして『正義の天秤』。パーティーメンバーと無関係な第三者の少女イレーヌを利用し、カーネルの事故死を画策していた連中。
普通に考えれば、ブランドンと『正義の天秤』は繋がっていると推測できる。
するとやはり気になるのは――――あの言葉だな。




