第14話 ミミロース来訪
宿で寝ていたオレは物音で目を覚ました。
時刻は朝の三時。約束していた人物がようやく来たらしい。
音のする方へ目をやる。窓ガラスがコツコツとノックされているらしい。オレはカーテンを開け、窓枠につま先立ちをしている人物を確認する。
「――――!」
なにか必死で訴えているようだが、あいにくとオレは耳栓をつけて眠る派なんだ。まったく聞こえない。
両足がぷるぷると震えているので、『この体勢キツイ! 早く中に入れて!』とでも言っているのだろう。あまり大声を出されても近所迷惑なので、窓を開けてやることにした。
来訪者は窓を突き破る勢いで部屋の中に飛び込んでくる。騒がしい事だ。
「絶対わかってて開けなかったでしょう⁉」
オレは耳栓を外しながら言葉を返す。
「いや、本当にわからなかった。これをつけて寝ているからな。おまえが早く中に入れろと言っている事はまったく聞こえなかった」
「聞こえてんじゃないの‼」
なぜか回し蹴りをくらいそうになるので、上体を逸らして回避する。
さらに一対のショートソードが目の前に迫ってきていたが、《圧壊》で防御し、逆に刃を折ってみせる。
からんからんと音を立てて崩れた刃を見下ろしながら、その人物はわなわなと震えた。
「あ、あたしの全財産が……あわわ……!」
「折るつもりはなかったんだ。明日弁償する」
「そういう問題じゃないでしょ! あたしはこれがお気にだったのに‼」
キッと睨まれる。気まずいので話題を変えよう。
「随分と遅い時間まで働いているんだな、ミミロース」
ブランドンの秘書として働いている女が接触してきた。約束を果たしにきたというだけではないだろう。イレギュラーな何かがあったため、この時間になったと推定できる。
おおむね要件の予想はついているが……それにしても見違えたな。
「……なにその視線。キモいんですけど」
「悪い。昼間会った時は全身黒づくめだったからな。中身がこんなにかわいい女の子だとは思ってなかった」
「かっ、かわっ……な、なにバカな事言ってんの⁉ 脱がないからね⁉」
「オレが脱いでくれと頼んだか」
頬を赤く染めるミミロースは気を取り直し、ポケットから紙を取り出した。それをオレに渡すのではなく読み上げる。確認事項がまとまっているのかもな。
「まずはブランドンから伝言。『カーネル追放には失敗したようだな。あれだけの大口を叩いて出ていったのに本当に大丈夫かね? まぁそれはいい。必ずやり遂げてくれ。うちの主力のひとつ「正義の天秤」が審問にかけられている。名も通っていない冒険者にしてやられたらしい。いよいよ……』」
後半はほとんどブランドンの危機意識を綴ったものだった。今日引き受けた依頼に対し、もう手紙を送ってくるとはな。よほど焦っているようだ。
「『……くれぐれも依頼の遂行は怠らないように。健闘を祈る』……だってさ」
ミミロースは手紙をぽいと捨てる。ゴミ箱に捨ててくれ。
「依頼の進捗確認か。『正義の天秤』の事もあって慌ただしかっただろうな」
「そーゆー事。ブランドン、本当うるさいんだかね。ずっとアッシュはまだか、アッシュはまだかって貧乏ゆすりしてる」
「一日で終わると思っている事に驚愕だ」
「同感。……で、アッシュ、進捗の方はどうなの。一応報告はしないとだし」
「接触は済んでいる。だが見立ては未知数だ。グレイシャルから追放となると、それなりに下準備も必要だからな。少なくとも一週間はかかる」
「へいへーい、了解。そう伝えとくね」
んじゃ、とミミロースは窓枠に足をかける。……かけるが、体が夜空の下にさらされる事はない。
ミミロースが風になびく銀髪を抑えながら、こちらを向いた。
「あんた、本当にカーネルを追放するつもり?」
なるほど。こっちが本命の目的か。
そう言えば、ティーカップを持ってきた時にも何か言いたそうにしていたな。
「ブランドンからの依頼はそうなってる」
「じゃなくて。カーネルと接触したんでしょ? ならあの人がどういう人間だったかはわかってるよね? それを知ったうえで依頼をこなすのかって聞いてんの」
「とりあえず窓を閉めてくれないか。部屋が冷える」
隣の部屋、上下階。どこの誰がいつ聞き耳を立てているかはわからない。これ以上ミミロースに余計な発言をさせないためにも窓を閉じさせる。
「オレの考えを言うのはいいが、まずはおまえの話だ」
冒険者カードを刷新する前。
オレは何かを言いかけていたミミロースが気になり、ギルドマスター室を出た後に彼女に接触していた。仕事中だった事もあり、交わした言葉は夜にオレのいる宿に足を運ぶという約束だけだ。
ミミロースは丸イスに腰をかけて足を組む。オレは昼間聞こうと思っていた内容を口にした。
「なぜおまえはブランドンの秘書をやっている」
「なぜって、そりゃ秘書に採用されたからでしょ」
「ティーカップを運んできた時のおまえは明らかに様子が変だった。何を言おうとしていたんだ?」
「別に。っていうかもう忘れた、そんな前の話しないで」
足を組み替えるミミロース。いっても半日前だけどな。
「ブランドンに弱みを握られているな」
「え……」
なんでそれを、と口にはしないが全身が物語っている。握りしめられた拳と強張った肩、何より目を見開いてしまえば隠せるものも隠せない。
「元々違和感だったんだ。あれだけの戦闘能力がありながら、秘書という役割をまっとうしている事実が。オレが依頼を引き受けた後おまえに会いに行ったのは、あの場で言おうとしていた事と秘書をやっている理由を聞きたかったからだ」
さらに質問を重ねる。
「そしてさっきの質問でハッキリした。ミミロース、おまえは『鉄血の聖域』のメンバーなんじゃないか?」
顔を隠した秘書なんて聞いた事がない。そしてカーネルのひととなりを知っているような口ぶり。
ブランドンは一応はギルドマスターまで上り詰めた男だ。【追放者】であるオレがグレイシャル支部に登録されている冒険者リストをチェックしている可能性も考慮してリスクヘッジしていたと考えると辻褄が合う。
「ブランドンは『カーネルの独断専行によって「鉄血の聖域」が壊滅した』とオレに説明をした。だがもしもオレが『鉄血の聖域』のメンバーの顔を頭に叩き込んでおり、そのメンバーであるミミロースが秘書をしているとわかればウソがバレてしまう。だからおまえは覆面をしていた。違うか?」
ミミロースはじっとオレを見つめていたが、やがて観念したようにため息をついた。
「ハァ。黙っててもバレちゃうんだからもう仕方ないよね。そーそー、ご名答。あたしは『鉄血の聖域』のサブリーダーやってたよ。秘書始めて一週間も経ってない」
赤ワインを運んできた時のぎこちない足取りも頷ける。
「ブランドンの話はどこまで真実なんだ」
「そんなのあたしが言えるわけないでしょー、どこに目や耳があるかわかんないんだし。……だけどこれだけは言っておく」
ミミロースは立ち上がり、オレの耳にぐっと唇を寄せた。
「カーネルは無実よ。あの人は決してパーティーの和を乱したりなんかしていなかった」
「そうか」
寄せた体を戻すと、窓を開け放つミミロース。柔軟剤の香りが少し遅れて鼻腔をくすぐってくる。
「あんたが依頼を実行するのかどうかはあたしの手に負えない問題。だけど何が正義で誰が正しい事を言っているかってことくらいはわかる。……アッシュ、あんたはどこを見てる?」
曖昧な質問に答えあぐねていると、ミミロースは冗談冗談とケラケラ笑う。
「それじゃあたし行くから。またギルドで」
「待ってくれミミロース。まだおまえが秘書を引き受けている理由を聞いていない」
ブランドンに弱みを握られているとの事だったが、それは一体。
ミミロースは指を顎に当てて考える素振りを見せると、何でもないようにはにかんだ。
「別に大した事じゃないよ。まーアイツ変態だし? わたしのおっぱいとお尻目当てで秘書に選んだんじゃない? 知らんけど。そんじゃーね」
窓枠を蹴り上げて夜のグレイシャルに消えていく人影。
「……カーネルは無実か」
ミミロースが捨てていかなかった紙を《燃焼》で燃やし、折れた刃を拾う。
無実の人間を容赦なく追放させる。それがプロの仕事だ。
月の光に反射する刃を眺めつつ、オレの指はリーナから預かったペンダントの重みを感じていた。




