第13話 リーナの意図
リーナの全身は強張っていた。これから自分が何をされるのか、恐怖に怯えているのだろう。
「リーナ」
ぼくはリーナを抱きよせた。彼女は「え」と言葉を漏らしたが、ぼくは聞こえていないふりを続ける。
「まずは生きててよかった。無事で本当によかった。君がダンジョンに置いて行かれたと知った時はどうしようかと思ったよ」
「カ、カーネルさん……? あなた、何を言っているの?」
がばりとぼくを引きはがすリーナ。その顔には困惑しか残っていない。
「わたしはあなたを騙したんだよ? 全く関係ない女の子を巻き込んでまで、あなたの命を奪おうとしたパーティーの一員だよ? なんでそんな言葉を……」
「心配だからに決まってるじゃないか」
ぼくはリーナの目を真っ直ぐ見つめる。
「君が悪意を持って加担していたのかはわからない。けれど、お母さんのために頑張っている姿はちゃんと見てきたつもりだ。そこにウソも偽りもなかった、とぼくは信じてる。お母さんが病気ってのは、本当なんだろう?」
信じてると言っておきながら、事実かどうかを確かめてしまうあたりがぼくの悪いところだ。心の底では完全に信じきれていない事の現れだろうから。
リーナはそっぽを向いて、嘲笑を交えて答える。
「……本当ですよ。でも治療費のほとんどを払ってくれていたのは彼らでした。わたしにはお金が必要だったんです。だから……だから悪事にも目を背けて黙りました」
段々と声に力強さが増していく。リーナは目に涙をためて、それでもまっすぐぼくの目を見据える。
「わたしはただ、母を生かすためにあなたを死地に誘う手伝いをした。……謝るつもりも弁解するつもりもありません。わたしはあなたよりも母を選んだ、それだけの事ですから」
「そっか……」
オレンジ色に染まる天を仰ぎ、深く息を吐き出す。
「君を助けたいと思っていたぼくの気持ちも、『正義の天秤』にとっては都合のいい凶器になっていたんだね。話してくれてありがとう」
ぶつけたい気持ちがまったくないわけじゃない。
他人を殺めて得るお金で助けられたお母さんは何を思うのか、とか。あんなやつらよりももっと信じるべき相手がいたんじゃないのか、とか。
でも言わない。そんな事は、いまのリーナが一番よくわかっているからだ。
ただ唇をかみしめて、地面を睨みつける彼女。わかっていなければ、こんな表情ができるはずがないと思うから。
オレは手慣れた手つきで『正義の天秤』の面々を拘束具で縛りあげる。
ピクリとも動かないが、まさか死んでいない……よな……?
一抹の不安を抱えつつ、ギルドへの通報用信号を放った。もう五分もすれば、ギルド職員たちが駆けつけてくるだろう。
さて、とカーネルたちに目をやる。どうやら話は一段落ついているようだ。
リーナに声をかける。
「オレからも聞いていいか」
「……なんですか」
ぶっきらぼうだな。ミラと同じくらいの身長なのに気迫が全然違う。
「3つある。ペンダントはなぜ2階に落ちていた? オレは囮役が囮だとバレないようにおまえが持たせたものだと予想しているが」
「ほぼその通りです。ですがわたしが持たせたわけではありません。わたしが寝ている時に彼らに取り上げられていたんです。囮の子に渡すから少しの間我慢しろって」
「あいつら……!」
それを聞いて剣に手をかけるカーネル。本当にリーナの事好きじゃないんだよな……。
今にも剣を振り回そうとするカーネルを制止し、オレは質問を続ける。
「なるほどな。それで囮が脱出する際に捨てていったのかもしれないな。それでその囮役は今どこにいるかわかるか」
「わたしにはわかりません。あの人たちも、元々死なせるつもりで彼女を使っていたと思いますし……」
カーネルの計らいでおそらくダンジョンからの脱出は済んでいるだろう。
魔物の殲滅も完了していたみたいだし、ペンダントが2階で見つかった事からも、奇策をもって逃亡したとは考えにくい。
正直オレには関係ない人間なので見切りをつけたいとは思っているが……。
「その子を探そう。ぼくたちの諍いに巻き込んでしまったんだ。せめて無事か確認したい」
この男が言いそうな事だ。
「そうだな。だがオレたちだけで捜索をするには人手が足りなさすぎる。あとで到着するギルド職員たちにも報告して協力を仰ごう」
悪くない落とし所――そう思って提案したわけではない。
案の定、カーネルもリーナも表情を曇らせる。
「……期待できないと思います。ギルドの管轄はあくまで冒険者という肩書を持っている人に対してです。あの子は奴隷商から買ったので、協力してもらえる可能性は低いかと。それに」
「それに?」
「……いえ、なんでもありません。どのみち彼女を捜索するには人も時間も足りない事は変わりませんから」
煮え切らない回答。黙っているカーネル。深堀って聞きたいがこれ以上の情報は望めないだろう。
ここはオレが巻き取っておくか。
「わかった。この件はオレがなんとかする。リーナ、悪いがおまえのペンダントを数日借りてもいいか?」
リーナは身につけたばかりのペンダントを胸の前でぎゅっと握る。
「できればお渡ししたくありません。これは私の大切な思い出なんです」
「おまえが黙っていた事で無関係な第三者が死ぬかもしれない。それでいいのか」
「そういう言い方は……!」
カーネルが割って入ってくるが無視する。
「こいつはおまえを受け入れているかもしれないが、オレはそうじゃない。おまえが抱えている事情にも何も興味はない。『正義の天秤』と一緒に突き出してもいいとさえ思っている」
逡巡したリーナは、諦めたようにペンダントを外した。
「……はぁ、わかりましたよ。絶対に返してくださいね」
「助かる。囮役の女の子はオレが責任を持って見つけよう」
「できないと思いますけどね」
ギリギリ聞き取れるくらいの声で吐き捨てるリーナ。
「最後の質問だ。カーネルを事故死に見せかけて殺害する計画は誰が考えた?」
緊張感が高まったのがわかった。迂闊に口を滑らせられないのか、リーナは目を逸らして何も答えない。
うんともすんとも反応がないので、オレは自分の仮説を提示する。返事こそなかったが、リーナの反応を見ていれば真実味を帯びている話だと嫌でもわかる。
聞きたい事は十分聞けた。
「カーネル、オレはグレイシャルに戻る。おまえはどうする」
「ギルド職員が来るまで連中を見張ってるよ。君は先に帰ってて」
「そうか、わかった」
オレは2人に背を向けて歩き出す。掌にあるペンダントの冷たい感触を確かめ、思考を加速させた。
事前情報と違い過ぎるカーネルの人間性。カーネルを追放、いや殺害するために動いている人間がオレ以外にもいたという事実。
『正義の天秤』は序の口である可能性が高いだろう。おそらく今後もあの男は狙われ続ける。
そして何より気になっていた事。それはカーネル殺害のやり口が、オレがよく使う手段をベースにしていた事だ。
これでオレの目的は定まった。
「あ、それと! お礼の話忘れてないから! また近いうちに!」
振り返るとカーネルが手を振っている。オレは頷きつつ思う。
オレにニセの情報を流してまで、あの男を追放したい人物がいる――。




