第12話 正義の天秤の目的
外はすでに夕暮れの空に染まっていた。
一日の終わりを告げるオレンジ色が世界を平等に照らしている。
ダンジョンの入り口に戻ってくると、カーネルは険しい顔で歩き出した。
「リーナ……」
オレたちの前方には、リーナがいる。縛りあげた『正義の天秤』メンバーたちを救出しているのだ。
さっきまでのカーネルであれば、リーナとメンバーたちが仲直りをできてよかった、とでも思っていたに違いない。
リーナたちもオレたちに気がつく。全員が不愉快そうな表情を浮かべた。
「カーネルさん、無事に帰って来ちゃったんですね」
彼女は微笑みもしない。
「ふん。これだけの手を回しても生き延びるか。Eランクとは思えない生命力だ」
束縛から解放されたリーダーの男が服についた土を払いのけながら付け加える。
「だが死なずに戻って良かった。明日からまたよろしく頼むぞカーネル」
「ふざけるな!」
差し出された手をカーネルは振り払う。
「本当なんだな……リーナを囮にしてぼくを事故死に見せかけようと画策していたのは全部事実なんだな⁉」
「なぁんだ、もう気がついちゃってるじゃん」
メンバーの女がくつくつと笑う。
「どこで気がついた」
「リーナがダンジョンに置き去りにされたと聞いた時だ」
オレはカーネルの少し後ろに立って代わりに回答する。全員の注意がオレに集まった。
「おまえたちはリーナをダンジョンに置いてくるために帰還魔法使いを3人雇った、と言っていたな。だがパーティーが離脱をするだけならひとりで良い。つまり他のふたりには別の役割りがあった」
オレは仮説を述べていく。立場上すべてを話すわけにはいかないが、『正義の天秤』の狙いくらいは説明できるだろう。
「ひとりはパーティーの脱出役、もうひとりは逃げ遅れさせたリーナの転送役、そしてもうひとりは……リーナの身代わりになる囮を召喚する役。違うか?」
「またおまえか冒険者。妄言に付き合わされるのもいい加減飽きてきたぞ」
「今回の事が明るみになればおまえたちの冒険者人生は終わりだからな。耳を塞ぎたくなる気持ちはわからなくもない」
「証拠もないのによくもまぁぬけぬけと」
そこで隣に立っているカーネルがポケットから取り出したのは――ペンダント。リーナの顔つきが険しくなる。
「リーナ、おまえは母親の写真が入ったこのペンダントを肌身離さず身につけていたらしいな。これがダンジョン内に残っていた理由は?」
「……落としてしまっただけです。ずっと探していたんですよ。見つけてくれてありがとうございます」
「あくまで偶然落とした、と?」
「ええ」
「それはおかしいな。これを拾ったのはダンジョンの2階。ボスの前で帰還したおまえが落とすには相応しくない場所だ。なるほど、すると往路でなくしたのかもしれない」
カマをかける。リーナはあれこれ考えながら言葉を紡ぎ出した。
「そう……そうなんです。行きは魔物がたくさんいましたから、激しい戦闘をする中で落としてしまったんだと思います」
「おまえは戦闘要員じゃないと聞いている。よって激しく動いたから落とした、は辻褄が合わない。そもそも首からぶら下げているアクセサリーが激しく動いた程度の事で落下するのも不自然な話だが」
黙ってしまうリーナの代わりにリーダーの男がオレに詰め寄る。
「それがなんだというのだ。気付かぬうちに物を落とす事くらい誰だってある」
「そうだな。ここを争点にしていても埒が明かない」
勝った気でいるな、この男。だがふんぞり返っていられるのも今のうちだ。
「――だから《鑑定》をしたいんだが、リーナ、協力してくれるな?」
「断る」
「おまえに聞いていない。それに、おまえたちがリーナに変装させた囮を使ってカーネルを事故死させようとした、という仮説が間違っていれば何の問題もない。おまえたちが無実であれば、このペンダントにはリーナ、オレ、カーネル以外の痕跡が残らないはずだからだ」
沈黙が流れる。オレの視界を塞ぐように立ちふさがる男の足が小刻みに震えている。
「さぁリーナ、どうする? 断ってもいいが、断った理由がギルドにどう推定されるかは……火を見るよりも明らかだろうけどな」
突如放たれる回し蹴り。オレは肘を追って防御をする。続けざまに腹部に叩き込まれる左足。衝撃こそあるが大したダメージではない。
「どこまで……どこまで俺たちのジャマをすれば気が済むんだ冒険者ァ!」
続々と叩き込まれる拳をオレは回避する。
隣でカーネルが剣を抜こうとするが目で制する。この男に動かれるとすべてが悪手になる可能性があるからな。
「ジャマをしているつもりはない。オレはオレの仕事を完遂したいだけだ」
「ほざけ! 何が仕事だ! 俺たちはカーネルを一秒でも早く殺さなきゃならねぇんだ! しくじったら……しくじったら終わるのは俺たちなんだぞ‼」
魔法も組み込んで攻撃してくるリーダーの男。後ろで控えていた女たちも加勢してくる。
「ああそうだ。俺たちは囮役の女を買収し、ダンジョンに放置する作戦を立てた。そうすればバカでマヌケなカーネルなら絶対に助けにいくと踏んでいたからだ。事実そうなった。あのガーゴイルはカーネルひとりで太刀打ちできる相手じゃない。だから囮リーナともども一緒に死んでもらう予定だった。……なのに……なのにおまえが現れた時から!」
全方位から放たれる魔法。炎や風、氷の凶弾がオレを襲う。接近戦では男の体術。1対3だとこれくらいの負荷か。
こうしている間もリーナは参戦してこない。非戦闘要員である事は確定だな。
「全部が失敗続きだ! どう責任を取ってくれる? ええ? 俺たちが積み上げてきた実績を台無しにしやがって!」
「違う。おまえたちの実績を台無しにし、未来を潰したのはおまえたち自身だ」
かわした勢いを使って男の腹に蹴りを入れる。骨を砕く感触が足裏に伝播した。
「消えなさい冒険者!」
炎の渦がオレを取り囲む。さすがに火に囲まれているので熱いは熱いが、なんともお粗末な魔法だな。
ならばこちらは《水》。手頃な水を割り当てて蒸発させ、渦を一瞬で水蒸気に変えてやる。
「うっそ……わたしが使える一番強いの使ったつもりだったんだけどぉ」
「この程度で全力か。Dランクが泣くんじゃないか」
生成した《水》をボール状にして女の頭にセットする。ついでに補助魔法使いっぽい影薄めの女にも被せておこう。
「がばっ⁉ おぼ、溺れるううううう……」
気絶するのを待って解除。残るはリーナとリーダーの男、2人のみ。
リーナを相手にする必要はない。オレは腹を抑えて立ち上がる男に近づいていく。
「く、来るな! ぶち殺すぞ!」
「そう言うな。おまえには聞きたいことがあるんだ。一連の流れは誰の指示だ?」
「俺が口を割ると思うか」
「ああ、やっぱり割らなくていい。無関係な第三者と仲間を使ってでしかターゲットを処分できないおまえ程度の人間が知っている内容など、何の足しにもならない情報だろうからな」
普段は平静さを装っているこの男の本質は、驚くほど短気。それはカーネルとの直接衝突を止めた時点でわかっていた事だ。
「絶対に殺してやる‼」
だから煽れば向かってくる事はほぼ確定事項。無策で拳を振り上げる男のみぞおちに、オレは拳を振り抜いた。
男がオレの側で崩れ落ち、意識を失ったのを確認する。リーナを見る。彼女はびくりと肩を跳ねさせる。
カーネルがオレの肩を優しく叩いた。
「リーナはぼくに任せてくれないか」
「……剣を抜くつもりか」
「いやいや、さすがに。話すだけ」
そう言ってカーネルはリーナに近づいていく。オレも『正義の天秤』を縛りつけたら合流するとしよう。




