第6話 風呂上がりの夜空
道場から母屋に戻ると、マコトを先に風呂に入ってもらう。その間、リビングでソファに座りくつろいでいた。
父親は、まだ帰って来てない。今夜も帰りが遅いのだろう。令和の辻斬り事件が起きて以来、毎日のことだ。
「ふぅー。良い風呂じゃった。さっぱりしたのじゃ」
マコトがバスタオルを巻いただけのあられもない姿でリビングに入って来た。
露わになった胸元、そして筋肉質だが美しい脚線美の太もも。思わず目を背ける。
「ちょっとマコトさん! なんて格好してるんですか! 服を着てください! 服を!」
「おお、すまぬ。我のナイスバディは、年頃の男子には刺激が強すぎたかの? 許せ。何しろ3年間、他人の目を気にする必要のない生活だったのじゃ」
5分後、マコトは勇樹のパジャマに着替えた。
このパジャマは、こんな色だったのか。水色のパジャマ。マコトが身に着けたことによって、勇樹は初めてその色を認識した。自分のパジャマだが、自分の物ではないような新鮮な感覚だ。
「このパジャマ、サイズがぴったりじゃ。なかなか良いぞ」
自分とマコトの背たけは、それほど変わらない。2人とも170センチ前後くらいの身長だ。
「じゃあ、僕もお風呂入って来ます」
冷蔵庫を勝手に開けて、父の缶ビールをグビグビと飲んでいるマコトを背にしてリビングを出る。
湯船につかりながら、道場でマコトに言われたことを思い出していた。
「待ちの戦法を捨てるのじゃ。お主は、反応の良さを活かしているつもりじゃろうが。それでは成長せぬ。自分から攻めて、その上で相手の動きを予測するのじゃ。攻防一体の戦い方を覚えるのじゃ」
言われることは最もだと思う。しかし、言われただけで簡単に出来るものではなかった。
こちらから攻めている時に、相手の揺らぎを見て動作を予測し、それに合わせて攻めを変える。
それを一瞬のうちにやるのは至難の技だった。自分が動いている最中は、どうしても注意が散漫になってしまう。
「まあ、実戦あるのみじゃの。ここで毎日、我と手合わせすれば、自ずと何か掴めるであろう」
マコトの剣を振る姿は美しかった。無駄な動きのない洗練された動作だ。今まで見た中で一番綺麗な動きだった。
何よりも色が見える。赤い着物の色。肌の色。
その時、先ほどのバスタオルを巻いただけのマコトの姿を思い出した。胸元と太ももの美しい肌色。
「何を考えているんだ…… 僕は!」
首を振って邪念を追い払う。そんなことより、大事なのは剣道のことだ。マコトに教わって、もっと強くならなければ。
2階にある勇樹の部屋に2人は上がった。6畳ほどの広さの部屋には、勉強机とベッドがある。
勇樹は勉強机に向かって、数学の課題を広げていた。
マコトは、ベッドの上にあぐらをかいて座っている。
「それにしても男子の部屋というのは殺風景じゃのう。何か面白いものはないのか? ベッドの下にエッチな本でも隠しておらぬのか?」
そう言ってマコトはベッドの下を覗きこもうとする。慌てて言った。
「そんな物ありませんよ! 暇なら本棚にある漫画でも読んでてください」
「ちぇッ。つまらぬのう」
ドキドキした。ベッドの下の奥に、ちょっとエッチな本は隠してある。見つかったらどうしようかと本気で焦った。
マコトは本棚から適当に漫画雑誌を手に取ると、ベッドに寝転んで読み始める。
静かになったので、勉強を再開する。数学の課題は今日中に終わらせねば。
自分の学校での成績は、中の上といったところで、決して悪くはない。授業にもついていけてる。
将来、何かになりたいという夢はないが。できれば、地方でもいいから国立の大学に入りたいと思っている。そこで剣道も続けたい。
剣道は好きだが、祖父のような剣道家になりたい訳ではない。この家には道場もあるが、今さら剣道教室を開いたところで、この少子化の時代に生徒が集まるとは思えない。
それに、自分の剣の腕はまだまだだ。祖父はおろか、父親にもまだ敵わないだろう。
警察官となった父とも手合わせをすることはよくある。父は有段者で強かった。マコトに出会うまでは、父より強い人間に会ったことがない。
最近は、令和の辻斬り事件のせいで父は忙しく、しばらく手合わせしていない。事件が終わったら、また手合わせしたい。
その時は、マコトに教わって成長した姿を父に見せたいものだ。
ようやく、数学の課題が終わった。椅子に座ったまま大きく背を伸ばす。
ベッドの方を見ると、マコトがスースーと寝息をたてていた。いやに静かだと思ったら寝ていたようだ。
現在の時刻は、11時前だ。そろそろ自分も寝なければ。
しかし、自分のベッドはマコトに占領されている。マコトには客間に布団を敷いて寝てもらうつもりだったのに。
自分のベッドに他人が寝ているのは、不思議な光景だ。しかも、自分より年上だと思うが若い女性だ。
マコトの寝顔を見て可愛いと思った。胸がドキドキする。
「もう。そんな寝方してたら風邪ひきますよ」
マコトに掛け布団をかけてやる。マコトは相変わらずスヤスヤと可愛い寝顔のままだ。
さすがに同じ部屋では、こっちがドキドキして眠れない。
「仕方がない。客間で寝るか……」
電気を消して部屋を出た。




