第5話 揺らぎ
道場の中央で、マコトと向かい合う。灰色の世界の中で、マコトの着物の色彩だけが鮮やかに輝いて見えた。
「マコトさん。防具は着けなくていいんですか?」
「不要じゃ。お主こそ防具を着けてもいいのじゃぞ」
マコトは不敵な笑みを浮かべる。お前の攻撃など当たるものかという自信に見えた。ちょっとムッとくる。
「だったら僕もいいです。始めましょう」
互いに礼をすると竹刀をかまえた。自分のオーソドックスな剣道のかまえに対し、マコトのかまえは独特だ。
バッターボックスにいる強打者のように竹刀をかまえる。独特なかまえだが隙がない。
「どうした? かかって来ぬか」
勇樹の得意とするのは、あくまで待ちの戦法。こちらから動く訳にはいかない。マコトの言葉に返事をせず、黙ってただジッと待つ。
「ならば、こちらから行くぞ!」
その瞬間、マコトの姿が揺らいで見えた。これが勇樹に見える、相手が動き出す前の揺らぎだ。
この相手が動き出す瞬間を狙って、出鼻をくじくように攻撃するのが勇樹の戦い方である。
ん? おかしな揺らぎだ。普通の攻撃じゃない!
勇樹は、マコトから見える揺らぎを見て、咄嗟に判断する。そして、後ろに下がった。
揺らぎを見ることで、相手がどのような攻撃をしてくるのか予測することができる。しかし、マコトから見える揺らぎは、今まで見たことのない攻撃パターンだった。
「そりゃあああ!」
マコトはヘッドスライディングをするような低い姿勢から斬撃を繰り出す。狙っているのは、勇樹の脚だ。
「うわっ!」
その鋭い斬撃を後ろに跳んで何とか避けた。しかし、体勢を崩して尻もちをついた。
「ちょっと! 今のは何ですか!?」
「ふふん。今のは、無色流 水面斬りじゃ。驚いたであろう」
「驚きましたよ! そりゃあ。剣道は相手の脚を狙うのは反則ですよ!」
マコトは「かははは!」と大きな声で笑う。
「脚を狙うのは反則か。やはり竹刀遊びじゃのう。実戦では相手の脚を斬るのは立派な戦法じゃ」
「それはそうかもしれませんけど……」
尻もちをついた体勢から立ち上がる。マコトは真剣な目でこっちをジッと見ている。
「しかし、勇樹殿。今の攻撃をよく躱したのう。並の剣士なら避けることすらできぬぞ。お主、反応が良いな」
それは、動き出す前の揺らぎが見えたからだ。マコトの揺らぎが見えた瞬間、警戒して後ろに下がっていたから、意表を突いた攻撃でも何とか避けることができた。
「まあ良い。今のは余興じゃ。ここからは普通の剣道とやらをしよう」
この人に普通の剣道ができるのだろうか。疑いの目でジッと見る。
再び道場の中央で向かい合う。勇樹はオーソドックスな剣道のかまえ。そして、鏡写しのようにマコトもオーソドックスな剣道のかまえだ。
「お主は、自分からは仕掛けぬ。反応の良さを活かした待ちの戦法が得意なようじゃの?」
まだ一度しか手合わせしていないのに、こちらの得意とする戦法を見抜いている。
その瞬間、マコトの姿が揺らいで見えた。動きを予測する。上段、面狙いだ。
「めーんッ!」
マコトが動き出す前を狙って、こちらも上段の面狙いで攻撃する。しかし。
「どーうッ!」
横一閃。マコトの鋭い斬撃が、勇樹の胴を捉えた。
「どうじゃ? 一本じゃろう」
「負けた…… どうして……?」
確かに、揺らぎは見えたはず。相手の狙いは上段だったはずなのに。中段の胴を斬られた。
「お主の反応は見事じゃ。我が動き出す瞬間を狙って仕掛けたのであろう。そして、我が上段の面狙いだったのを読んだのであろう?」
「でも、どうして?」
「簡単なことじゃ。相手の動きを読むのは、お主だけの専売特許ではない。我はお主が動き出す瞬間を狙って、中段の胴狙いに切り替えたのじゃ」
言うと簡単に聞こえるが、そんなに簡単にできることではないはずだ。
「勇樹殿。お主は、確かに良い反応をしておる。相手の動きを読むことにも長けおる。じゃが、我に言わせればそれに頼りすぎじゃ。さらにその上をいく相手の動きを読まねばならぬ」
「そんなことできるんですか?」
「お主ならできる。自分より強い相手ともっと戦えばいいのじゃ。お主はさらに強くなれるぞ」
幸か不幸か、自分より強い相手なら目の前にいる。
「どうするのじゃ? 今日は、これで終いにするかの?」
「いえ、もう一本お願いします!」
それから1時間ほどマコトと手合わせをした。しかし、最後までマコトから一本も取れなかった。
相手の動きが読めても、相手はさらにこちらの動きを読んでいる。完全な上位互換だ。こちらは、さらにその動きを読まねばならない。
ジャンケンに例えるなら、勇樹は揺らぎを見ることで相手がパーを出すことが読める。だから、チョキを出そうとすると、マコトはそれを読んでグーを出すといった感じだ。勝つためには、さらにそれを読んでパーを出さねばならない。
わずか一瞬の間に、そんな読み合いを何度もせねばならない。頭が混乱して訳が分からなくなる。
「マコトさん! 僕に剣道を教えてください!」
頭を下げて頼んだ。マコトは少し考える素振りを見せるが。
「うむ。よかろう。本当なら、お主のような才能ある若者には無色流剣術こそ教えてやりたいのじゃが。まあ良い。普通の剣道を教えてやろう」
「ありがとうございます!」
ありがたかった。マコトに教われば、もっと強くなれる。そう確信できた。




