第4話 3人分の夕食
「ほう。立派な屋敷じゃのう。道場まであるのか。これはすごい」
マコトが感心したような声を上げる。結局、マコトは勇樹の家まで本当についてきた。
勇樹の家は、古い日本家屋で敷地は広大である。広い日本庭園には池もあり。母屋の隣には、剣道の道場まで建っている。
祖父は剣道の師範で、ここで剣道の道場を経営していた。しかし、父親はその跡を継がずに警察官となったため、今は道場は勇樹の練習場所としてしか使われていない。
「ただいまー」
玄関の引き戸を開けて声をかける。奥の廊下からパタパタとスリッパの音。母がやって来た。
「おかえりなさい。遅かったじゃない」
「母さん…… あの、この人はその…」
隣にいるマコトのことをどう説明しようかと言葉に詰まる。しかし、母はマコトのことなど気にとめる様子もなく言った。
「お腹空いたでしょ? 晩御飯にするから着替えてらっしゃい」
母には、まるでマコトのことが見えていないようだ。そして、リビングへと去って行った。
「言ったじゃろ。普通の人間には、我の姿は見えぬのじゃ。声も聞こえぬ。さあ、邪魔するぞ」
マコトは、そう言って玄関を上がる。
「本当に見えないんですね……」
マコトの奥義の話は、まだ半信半疑だったが。母の反応を見ると信じざるを得ない。本当に、普通の人間にはマコトの姿が見えないのだと。
「僕は自分の部屋で着替えてきます。マコトさんは奥のリビングで待っててください」
「承知したのじゃ」
2階の自分の部屋に行くと部屋着に着替えた。Tシャツにジャージといつもの格好だ。
リビングルームに行くと、マコトはソファに座ってくつろぎながらテレビを見ている。まるで、自分の家かの如くくつろいでいた。
母は、マコトを気にすることなくテーブルに料理を並べている。夕飯は海老フライとサラダ。それにみそ汁のようだ。
「さあご飯にしましょ。お父さんは今日も帰りが遅くなるみたい」
警察官である父は、令和の辻斬り事件が起きてからいつも帰りが遅かった。夜の街をパトロールしているらしい。未だに犯人に関する手がかりは何も無いのだとか。
「馳走になるとするかの。もうお腹ペコペコなのじゃ」
テーブルの上には、3人分の料理が並んでいる。
4人がけのテーブルに、母と勇樹が向かい合って座り、勇樹の隣にマコトが座る。
「ほう! 海老フライか! これは美味そうじゃ! いただきますのじゃ」
マコトは海老フライにかじりつく。そして、美味そうにうんうんと頷く。
「美味い! やはり揚げたては格別よのう。我は、トンカツも海老フライも何もつけずに食べるのが好きなのじゃ。素材本来の旨味を味合うのが良いのじゃ。ソースやケチャップをつけるのは邪道なのじゃ」
マコトが得意気な顔で語っているが、母にはまるで聞こえていないようだ。
ん?
何かおかしいぞ。
テーブルには、当然のようにマコトの分まで料理が用意されている。海老フライも3本。ご飯とみそ汁もよそってある。
母にはマコトの姿が見えてないはずではないか? 正確にいうとマコトを人間として認識できてないはずではないか?
なのに、何でマコトの分まで料理が用意されているのだろう。
テレビがニュースを流している。ローカルニュースに切り替わった。令和の辻斬り事件のニュースになる。
「本当、嫌よねえ。辻斬りだなんて物騒だわ。勇樹も遅くなる前に帰るのよ。でも被害者は、犯罪者とか悪いことした人ばかりなんですってね」
母がニュースを見ながら言った。テレビを見ると今度の被害者は、暴力団関係者らしい。
ふと隣を見ると、マコトが食べるのをやめて真剣な顔でニュースに見入っていた。
「早く事件が解決するといいのにねえ。そしたら、お父さんも早く帰ってこられるのに……」
ニュースが終わり、夕飯も食べ終わった。
「ふう。ごちそう様なのじゃ。勇樹殿の母御は、料理が上手じゃのう。みそ汁も出汁が効いて美味じゃったぞ」
マコトは満足そうな顔で手を合わせる。そして、つまようじで歯をシーハーする。若い女性とは思えない。中年オヤジみたいな仕草だ。
「勇樹、お風呂沸かせてあるからね」
母が食器を洗いながら言った。マコトがスッと立ち上がる。
「勇樹殿。風呂に入る前に食後の運動はどうじゃ? 道場があるのじゃろう? 軽く手合わせせぬか?」
「手合わせですか? 軽くならいいですよ」
これは望むところだ。マコトが木刀を振る姿を見て相当な実力者なのかは見当がつく。実際に手合わせをすれば本当の実力が分かるはずだ。
自分より強い者と戦える。高校生の部活動とはいえ、いち剣士としてこれほど心躍る瞬間はない。
マコトを道場に案内した。母屋から渡り廊下を伝って歩いた所にある。
夜の道場は、静まり返ってガランとしていた。週に1回は勇樹が掃除しているので、汚れてはいない。
「ほう。思ったより立派な道場ではないか。これは重畳」
マコトは壁際に置いてある竹刀を手に取る。
「我は、この竹刀というのが好きではない。実戦で使う本物の刀は、こんなに軽くはないからのう。じゃが、此度は勇樹殿の剣道に合わせるのじゃ」
思わずムッとする。
「そうですね。マコトさんにとっては剣道は竹刀遊びだそうですから……」
つい嫌味を口にしてしまった。




