第3話 夕暮れの公園
「僕の名前は、白河 勇樹です。隣町の高校に通ってます」
制服を着ているので、高校生なのは見て分かるだろうが、一応言っておいた。
「勇樹というのか、良い名じゃな。勇ましい感じがしておる。何か武道の心得はあるのか?」
「はあ、部活で剣道部に入ってますが」
「ほう。あの竹刀遊び…… いや、失礼。剣道か…… なるほど。ちょっと、この木刀を持ってかまえてみてくれぬか?」
マコトから木刀を渡されたので、立ち上がってかまえてみせた。背筋を伸ばし木刀をかまえる。
「ふむ。筋は良いようじゃな。じゃが、まだ学生レベルじゃな」
マコトは、かまえを見ただけで勇樹の剣道の実力を見抜いたらしい。
確かに、自分は剣の才能がある訳ではない。それほど機敏な動きができる訳でもない。
しかし、地区大会で優勝するだけの実力を持っている。それは勇樹の色が見えないという特性のおかげであった。
全てが灰色の色が無い視界において、普通は見えないあるものが勇樹には見えた。
それは、相手が動き出す前の揺らぎのようなものだ。それが見えるおかげで、相手の動作を予測することができた。相手の動きが読めれば簡単にカウンターをとることができた。
つまり、勇樹の戦い方はカウンタータイプ。フェイントで相手にプレッシャーを与えて、相手が先に攻撃してくるのをじっと待つ。そして、相手が攻撃しようと動き出した瞬間を狙ってカウンターをとるのだ。
この戦法で地区大会優勝までは簡単にできた。しかし、全国レベルになるとそうはいかない。
カウンターをとろうにも相手の動きが速すぎてついていけなかったり、相手の反射神経が良すぎてカウンターのカウンターを逆にとられたりする。
全国優勝を目指すには、まだまだ相当な練習が必要だ。
「分からぬのう…… お主が剣の達人ならともかく。どう見ても普通の高校生じゃ。何でお主には我の姿を見ることができるのじゃ?」
「たぶんですけど。僕は、生まれつき色を認識することができないんです。正確に言うと、あなたに出会うまでは色を認識することができなかったんです」
木刀をマコトに返してベンチに腰掛ける。そして、自分が色を今まで見えなかったこと。マコトに会って初めて色が見えたことを説明した。
「そうか…… お主、普通の高校生かと思ったら色々と苦労しておるのじゃな。お主が我の姿を見ることができるのは、その普通の人間とは違う、色が見えないという特性に原因がありそうじゃのう」
マコトは腕を組んで考え込む素振りを見せた。
気がつくと、日が沈もうとしている。辺りは薄暗くなってきた。
色が見えない勇樹にとっては、夜は普通の人間より視界が悪くなる。だから、いつも日が暮れる前に帰宅することにしていた。
「すみません。そろそろ家に帰らないと」
「うむ。すっかり長話をしてしまったのう。もうこんな時刻か。この辺りは夜になると物騒じゃからのう。辻斬りが出るそうじゃ」
マコトが言ってるのは『令和の辻斬り事件』のことだ。最近、式部町の近辺で夜中に人が斬り殺される事件が起きている。
被害者は、男性ばかり。それも犯罪者だったり不良グループの人間だったり。そういう人間が狙われて斬り殺されている。辻斬りではなく、令和の新選組とも呼ばれている。
「じゃあ、僕帰ります。マコトさん。あなたのおかげで初めて色を見ることができました。ありがとうございました。じゃあ」
礼を述べてベンチから立ち上がった。今日の日を忘れないだろう。初めて色を見た日を。勇樹は、ゆっくりと歩き出す。
「うむ。遅くなると親御さんも心配するであろう。早く帰らねばのう」
マコトの声が後ろからついてくる。マコトもベンチから立ち上がったようだ。ここで解散か。
今日は、初めて色を見れた。明日からは、またいつもと同じ色の無い世界が待っている。それは悲しくもあるが、今日初めて見た色を思い出せば、明日から新鮮な気分で生きられそうだ。
「それにしても腹が減ったのう。今日の夕飯は何であろうな?」
背後からマコトの声が聞こえる。
ん?
立ち止まって振り返ると、マコトが当然のような顔をして後ろからついてきている。
「あのー。僕は、もう家に帰らないといけないんですが……」
「うむ。じゃから早く帰ろう。腹も減ったからのう」
もしやと思い恐る恐る尋ねる。
「もしかして、僕の家について来る気ですか?」
「うむ。決まっておろう。お主は、我の姿が見える3年ぶりの人間じゃ。我が今までどれだけ孤独であったか…… じゃから、しばらく勇樹殿の家に世話になろうと思う」
マコトは当然のような顔をしている。慌てて言った。
「ちょっと、それはダメですよ! 父と母になんと説明すれば? 今日出会ったばかりの人を急に泊めるなんてできないです!」
「心配無用じゃ。お主の両親に我の姿は見えぬ。それに冷たいことを言うでない。我と勇樹殿は、共に剣術を極めんとする同士ではないか!」
「いや、そんなこと言われても……」
走って逃げようか? それとも警察に通報するか? いや、警察に通報しても警察官にマコトの姿は見えないのか……
勇樹は、頭を抱え込んだ。




