第2話 マコトの剣術
人間の肌とは、このような色をしていたのか。
隣に座る着物の女性をチラ見しながら、勇樹はぼんやりと考えていた。まだ初めて色を見た衝撃が残っている。
勇樹と着物の女性は、児童公園の隅にあるベンチに並んで座っていた。
「先ほどは、取り乱してすまなかったな。驚かせてしまったじゃろう?」
着物の女性は、にこやかに語りかける。確かに、勇樹は驚いた。度肝を抜かれたといってもいい。
しかし、それは初対面の女性に急に抱きつかれたからではない。女性の着ている着物の色を初めて認識したからだ。
ゆっくりと公園を見渡す。すべり台もブランコも色は無い。灰色だ。しかし、隣に座る女性と女性が身に着けている物だけは、くっきりと色彩が輝いて見える。鮮やかな赤い着物。まだ勇樹は、それが赤い色だということは知らないのだが。
そして、自分の手を見る。灰色だ。しかし、隣の女性の手の色は違う。血の通う肌の色だ。
「お主、名前は何というのじゃ? おっと、人に名前を尋ねる前に、自分が先に名乗るが礼儀じゃったな! なにしろ人と話すのは3年ぶり故、許せ!」
女性は居を正すと勇樹を正面から見据えた。
「我の名は、無色 マコト。無色流剣術の五代目師範じゃ」
「剣術ですか?」
思わず聞き返してしまう。木刀を持って素振りをしていたので、言われてみれば不自然ではないが。この令和の時代に剣術とは。
マコトと名乗った女性は、勇樹の質問に気にとめる様子もなく答える。
「うむ。左様、剣術じゃ。無色流の初代は、戦国時代。今の時代のような竹刀遊びとは違う。人を斬るための実戦的な剣術なのじゃ」
「竹刀遊びですか……?」
マコトの言葉に思わずムッとしてしまう。自分が学校の部活で打ち込んでいる剣道を馬鹿にされた気がしたからだ。
しかし、マコトは勇樹の表情を気にとめる様子もなく。立ち上がって木刀を上段にかまえた。
その姿は恐ろしく自然体で、力んでいる様子はない。まるで木刀が体の一部であるかのように馴染んでいる。
この人、強い。
かまえを見ただけで、勇樹にはマコトの剣の実力がうかがい知れた。
「左様じゃ。本来、剣術とは戦場で敵を斬るための術。道場で互いに礼をして比べ合うものではない。実戦では礼などしてる間に斬られてしまうわ」
マコトは木刀を振り下ろす。素早い斬撃だ。
「しかし、今の時代。剣道はスポーツです。互いに礼をするのも武道の精神だと思うんですが……」
「スポーツ? 武道の精神? かははは!」
マコトは大きな声で笑った。
「そんなにおかしいですか?」
「いや、すまぬ。お主の言うとおりじゃ。今の剣道を馬鹿にする気はないのじゃ。ただ、我の無色流剣術は、それとは全くの別物だと言いたいのじゃ」
マコトは、再び勇樹の隣に腰掛ける。そして話を続けた。
「実戦的な剣術。その中でも無色流が目指しておるのは、相手に攻撃をさせずに、こちらが一方的に攻撃をすることじゃ。例えば、相手に気づかれずに背後から近寄って斬りかかるとかのう」
「背後から斬りかかる? それは卑怯なのでは?」
「うむ。卑怯でけっこう。戦場では卑怯もくそもないのじゃ。生き残った者が正義なのじゃ」
戦国時代ならともかく。今の日本に戦場なんてない。マコトの言うことは分からなくもないが、今の時代からはズレている気がする。
「そして、我ら無色流はついにある奥義を編み出した。それが無色の境地じゃ。この奥義を使えば敵から自分の姿を見られなくなるのじゃ」
奥義? まるで漫画の世界だ。姿が見られなくなるとは、どういうことだろう。
「その奥義とやらを使えば、透明人間みたいなれるということですか?」
「かははは! 透明人間か。そうなれたら面白いのう。だが、ちょっと違うのじゃ。お主、足元を見てみるがよい。そこに何が見える?」
勇樹は足元を見た。別に何もない。地面があるだけだ。
「いや、何もありません。地面があるだけです」
「いや、よく見るのじゃ。小さな石ころが落ちているじゃろう?」
言われてみれば、小さな石がある。マコトに言われるまで気づきもしなかった。
「無色流の奥義は、その小さな石ころと同じことじゃ。そこに姿はあるのに、相手は見えておらぬ。気にもとめなくなるのじゃ。姿だけではなく声も聞こえぬ。人間として存在自体を認識されなくなるのじゃ」
「それが本当ならすごいですね。すごい奥義じゃないですか!」
「そうじゃろう。そして、我は3年前にその奥義を完成させた。誰からも人間として認識されない無色の境地をな」
「え? その奥義を使えるんですか?」
「うむ。正確には今も奥義を使っている最中じゃ。問題なのは、ここからなのじゃ。3年前に奥義を発動させたのはいいが。奥義の効果を解除する方法が分からぬ。おかげで3年間、誰からも認識されず独りぼっちで孤独に生きてきたのじゃ」
「え? 解除できないんですか?」
それが事実なら、何という間抜けな話だろうか。
「さて、我の自己紹介が長くなってしまったのう。今度は、お主の番じゃな。お主はなぜ我の姿を見ることができる? いや、その前にお主の名前は何という?」
言われて初めて、ここまで会話したのに自分がまだ名前を名乗ってないことに気づいた。




