第十四話 小さな英雄
恐怖で足が震える。
目の前にいるのは、何度も殺された巨漢。
失敗するかもしれない。死ぬかもしれない。でも──、
「──させるかぁぁ!」
アハトが殺されてしまっては、俺達はもう手も足も出ずに殺されるのを待つだけになってしまう。
だから、一心不乱にナンメルの巨体に全体重でぶつかった。すると、それが見事に功を奏したようでナンメルの体をよろめかせることに成功する。
──きっと、全てが繋がったのだろう。
無理な体勢でナンメルが動いていたというのもある。アハトが左腕を切り落としてくれていたのも体制を崩すことの一助になっていたのだろう。四肢の一部が欠損した状態では、自分の体のバランスを保つのは難しいに決まっている。
「──アオイ」
アハトが目を見開きながら名前を呼ぶ。非戦闘員である俺の乱入に、心底驚いているのだろう。
俺だって、最初は入るつもりじゃなかった。だけど、いつの間にか体が動いていた。
「──このクソガキャア!さっきから邪魔しやがって!」
そう口にして、派手に倒れたナンメルは即座にその巨体を右腕一本で空中に飛びあがる。そして、そのまま俺の方へ右腕を向ける。
「──だが、お前からノコノコやって来てくれて助かった!俺様が歩く距離が減ったからなぁ!」
指まで開かれたその右腕の掌から放たれようとしているのは、間違いなく〈極電気弾〉だろう。何度もその技に苦しめられたから、放たれることなどわかっている。わかっているのに、体は動かない。
「──死ねェ!〈極電気弾〉!」
ナンメルの怒号が、屋根があるとはいえほとんど屋外に等しい奴隷市場に響き渡る。その直後、俺の体を〈極電気弾〉が焼き貫かれ──
「──させませんよ。そんなこと」
──ない。
俺の体は、いつの間にか宙に浮いていた。先程まで俺がいたところに〈極電気弾〉が着弾し、小爆発を引き起こしている。だけど、俺はそれに巻き込まれていない。
──状況を飲み込むのには、一瞬時間がかかった。
空中に投げ出された俺は怪我をしていない。そうである以上、〈極電気弾〉による小爆発に巻き込まれて宙を舞っている──というのは考えられない。
では、何故俺はこうして宙を待っているのか。簡単だった。
「──私を助けて下さりありがとうございます、小さな英雄」
俺の真下でそんなことを口にしながら微笑んでいる青髪の騎士──アハト。彼が、俺を助けてくれたのだ。剣を持たぬ左手で俺を掴み、そのまま一瞬で宙に投げ飛ばした。俺がアハトのことを救ったように、アハトも俺のことを窮地から救ってくれたのだ。
俺は、早すぎる恩返しに驚きが隠せない。けれども、彼に救われたことは自由だった。
「──アハトさん、ありがとうございます!」
「着地は助けてあげられるほど余裕はありませんので。ご自分でよろしくお願いします」
アハトはそう口にしながら、ナンメルの方へと斬りかかる。必殺技とも言える〈極電気弾〉を放った直後である彼には、その腕以外の攻撃手段がない。だから、距離を取るために後方にその巨体で跳んだ。
──と、俺は2人の戦闘を傍観しているだけではなく、上手く着地しなければならない。
投げられた際の最高高度がこの建物の屋根の1m下くらいの高さだったとは言え、それでもビル3階分くらいの高さはあるだろう。そんなところから落ちてしまっては結局のところ同じである。
何とかしなければならない。そうは思っているけど、戦闘に不慣れどころか今日初めてそれに片足を突っ込んだ程度の俺ではキレイな着地なんて無理で──
「──ってあれ?」
何も意識せずとも、自然と両足でスッと着地が出来た。そのまま尻もちをつくような形で後ろに倒れたけど、それで逆に上手く力を逃せたようだった。
俺にこんな受身の才能があったなんて思いもしなかった。日本では全く力を発揮させることのなかった潜在能力が異世界に来たことで初めて役に立った──だなんてことはないだろう。
何回か前のループで俺は、2階から降りた時に足を挫いているのだ。それを踏まえると、アハトが投げる際に何か工夫を凝らして俺が怪我をしないで着地できるように調整してくれたのだろう。
乱雑に投げたように見せかけて、最後までサポートしてくれているのがアハトらしい。自分とティアラ様の命の恩人である俺を、最後までエスコートしてくれたわけだ。
「──って、戦闘は……」
着地に一生懸命になっていた俺は、アハトとナンメルの最前線をないがしろにしてしまっていた。
俺は、すぐに視線をそっちの方へと戻す。十数メートル先では、アハト優位の決闘が行われていた──。
「──ちょこまかと、動きやがってェ!」
〈極電気弾〉を放つにも溜めが必要なナンメルは、攻守を逆転させるような手段を持たないままアハトに一方的に攻められていた。
その巨躯を器用に動かして回避しているのは、猛者である証左だろう。だが、相手に攻撃することができなければどんな猛者も無能と同じ。
時たまに腕を伸ばしてアハトのことを掴もうとしているけれども、それも虚しく避けられて虚空を泳いでいるだけであった。
「──このままいけば……」
俺の心は段々と弛緩してくる。だけど、俺はすぐに首を振って緊張感を体の方へと引き寄せる。
相手はナンメル。これまで何度も俺の命を奪っている相手だ。こうして上手く行っている今でも、油断していたらどんな手を使って逆転してくるかわからない。
戦闘に関してはアハトに任せきりだが、それ以外の補佐などは動ける範囲で動く必要があるだろう。
そんなことを思いながら十数メートル先の戦闘を注視していると──、
「これ以上長引かせるつもりはございません。誰も危険に晒すつもりはないのでね」
「──がはっ」
アハトの剣がナンメルの腹部に突き刺さる。人造人間であることが判明していたナンメルであったが、腹部には内臓が詰まっていたのか吐血する。
「──よ……くもォ」
「喋らない方がいいですよ。苦しむことになる」
アハトの方へ、遺された右腕を伸ばすけれどもアハトの着ているローブには届かない。ただ、空中を藻掻くようにして見開かれ──
「──ッ!」
「アハトさんッ!」
同刻。俺とアハトがその真意に気付いて動き出そうとしたのはほぼ同タイミングであった。
ここまでのピンチに陥って尚、ナンメルは見苦しいまでに抵抗を続ける。
──そう、ナンメルが企んでいるのはゼロ距離での〈極電気弾〉。
アハトだけでも道連れにすることを企んでいるのだろう。
「冥途の土産に……付いてこいやァ」
「させないっ!」
咄嗟にナンメルの腹剣を引き抜き、エネルギーが溜まっている右腕を切り落とそうとするアハト。
その刃がナンメルの右腕に届くのと、ナンメルの溜めが完了するのは全くの同時であった。だから──
「──一緒に死ねやァ……〈極電気弾〉」
ナンメルの腕が宙に舞うよりも早く、その右腕に蓄えられた閃光球は放たれアハトの体には無数の裂傷が走る──、
「──は?」
──ことはない。
剣を振り降ろしたアハトが死を覚悟しても、その体には傷一つつかなかった。が──、
「──ッ!ナンメルが!」
その代わり、アハトと俺の視線の先からナンメルの姿が消えている。残っているのは、アハトが追加で切り落とした右腕だけであった。その傷口は、左腕の時と同様に筋肉ではなく配線が詰まっていた。
そう、ナンメルは自分が窮地を脱するために〈極電気弾〉を使うと見せかけて、目くらましとして閃光を使用したのだ。
──ナンメルはどこに消えたのか。
物理的な形で地獄に落ちた──だなんていうつまらない冗談を言っている場合ではない。消えたナンメルの行き先。俺達にとって、それは簡単に予測ができるものだった。
アハトは振り返り、俺は首を左側に向ける。すると、そこには両肘から先を失くしたままでティアラ様の方へと走っていく。
ナンメルの当初の狙いは俺だったはずだ。だけど、逃亡のことも兼ねて俺ではなくティアラ様を狙っているのだ。
──俺は、ティアラ様を殺されてもループしてしまう。
だから、何とかしてティアラ様を守らなければならない。だが、俺の足では間に合わない。
「──ティアラ様!」
アハトが地面を蹴り上げて、ナンメルの方へと迫っていく。だが、ナンメルはそれを見透かしたようにティアラ様の方へと瞬間直線移動を使用して一気に迫る。
「──っく!間に合わない!」
俺とアハトはナンメルの方へと走るけれども、それよりも早くナンメルがティアラ様のところに到着してしまうだろう。そうなれば、戦闘もやり直し──。
「──死に曝せやァ!〈極電気弾〉ッ!」
ガバリと口を大きく開け、口を砲台として〈極電気弾〉を放とうとするナンメル。そのまま、ティアラ様の方へとそれは放たれる。
「ティアラ様ァァ!」
アハトの絶叫が奴隷市場に響く。奇跡は起こらず、彼の剣先はナンメルにも〈極電気弾〉にも届かない。ただ、ティアラ様の目の前でその〈極電気弾〉は爆発四散する。
──俺の失態だ。
ティアラ様を戦場に連れて来たから、こんなミスを起こしてしまった。
次のループでは、傍観ではなくティアラ様を建物の中に連れて行かなければ──、
──あれ。
ループが発動せず、俺の体はただ前に突き進んでいく。気持ちを置いて、体だけが進んでいく。
「──クソがァ!奴隷の分際で、邪魔しやがってェ!」
そう吐き捨てながら、ナンメルは奴隷市場の外へと走り去っていく。後一度でも剣で突き刺してしまえばトドメを刺せるような状態だったのだろうけれど、今の俺とアハトはそんなことをしている暇も余裕もなかった。
問題は、ティアラ様のことで──。
「──ティアラ様!ご無事ですか!」
「……はい。体勢は崩してしまいましたが、怪我はしておりません」
そう口にする金髪令嬢ティアラ様の傍らで、倒れ込んでいるみすぼらしい少女の姿があった。
──汚い布切れに身を包んだその紫髪ツインテールの奴隷少女のことを、俺は知っている。
「──カリファ。君が……助けてくれたのかい?」
奇しくもそこにいたのは、俺と同じ区画で売られていた奴隷の少女──カリファ・アルヒクマ。
今にも泣きだしそうな目をした彼女は「アオイの大事な人には死んでほしくなかったから」と、言い訳をするように小さな声でそう口にしていた。
──俺に次ぐ2人目の小さな英雄が、この奴隷市場の中で誕生した。




