第十三話 アハトvsナンメル
俺とティアラ様が一階に降りると、そこは薄汚れた白布を纏う人──要するに、俺と同じ格好の奴隷でごった返していた。
事務員が解放した奴隷がこの建物の中に集められているようで、身動きも大変だった。
「ティアラ様、どうしましょう?」
俺は、一段上の階段のところにいるティアラ様に声をかける。
別のルートを探すか、このまま人が多い空間を通るか。ティアラ様の身分を考えれば、奴隷だらけの空間など通りたくないだろう。少し時間がかかってしまうかもしれないが、先程建物を彷徨った時に別の階段は見つけている。そっちを通った方が──
「──このまま進みましょう。私達は命を狙われています。そうなれば、少しでも障壁はあった方がいいと思われます」
「わかりました。では、俺に付いてきてください」
そう口にして、俺は先に進もうとすると──。
「──手」
ティアラ様がそう口にして、俺は再度ティアラ様の方へと顔を向ける。ティアラ様は俺の方に手を伸ばしていた。一瞬、その右手が何を指しているのか理解できなかったけれど、すぐにティアラ様が咳を入れて補足をする。
「これだけ人が多いとはぐれてしまうかもしれません。ですので、手を繋いでいきましょう」
「──わかりました。ごめんなさい、気が利かなくて」
そう口にして、俺はティアラ様の手を取る。確かに、これだけ人が多いのだから離れ離れになってしまう可能性は十分にある。
まぁ、黒髪なのは俺だけだから多少離れてもすぐに見つけてもらえそうだが。
俺は、ティアラ様の細く柔らかい手を左手で優しく握って奴隷の間を通っていく。
「すみません、通りまーす」
そう口にしながら、俺はモーセが海を割ったようにして人と人の間に道を切り拓いていく。
奴隷となった人も、ティアラ様が貴族──かはどうかわからずとも、高貴な身分であることが理解できるのか、狭い廊下の中で綺麗に道を作ってくれた。
きっと、不用意に触れてしまうとティアラ様が「汚い奴隷に触れられた」などと告発した場合に色々と面倒なことになるのだろう。ティアラ様は奴隷を告発するような人間じゃないと思うが、きっとそういう悪徳で狡猾な貴族もいるに違いない。
人でごった返しになっていた廊下も、気遣いでどいてもらったのですぐに通り抜けることができた。
急がば回れを実行しなくてよかった。あれは日本のことわざだから、今俺がいるドラコル王国では通用しないようだった。
廊下を越えた俺達は解放された扉の前に辿り着く。この扉から、奴隷がなだれ込むようにして避難してきたのだろう。
その扉の外に出ると、奴隷市場の中心でアハトとナンメルの2人が戦いを興じていた。
アハトが剣を振ればナンメルはその巨体を大きく動かして回避し、ナンメルが拳を振るえばアハトが華麗に躱す。
激しい攻防戦が繰り広げられており、素人が近付けるような雰囲気はなかった。
周囲を見渡すと、建物の中まで逃げられなかった奴隷が端の方では集団で丸くなっているのが見えた。
他にも、チラホラと姿を隠している奴隷の姿見えた。だけど、中央がちゃんと開いているからアハトは戦いに集中できているようだった。
「私達はもうアハトが勝つことを祈るしかできません」
ティアラ様はそう口にすると、奴隷と民衆とを区切っていたであろう木製の柵に手をかけながら、遠くで戦うアハトとナンメルの方を見る。
俺にできることはないだろうか──逸る気持ちが俺を動かそうとするけれども、2人の戦闘に乱入することは俺にはできない。だから、2人の戦闘の結末を頼りにするしかないのだ。
頼む、アハト。勝ってくれ。
アハトだけが俺達が生き延びる頼みの綱なんだ──。
***
──そうアオイが祈る先で戦闘に興じているのは、美青年と巨漢の2人。
美青年──『民族武闘』アハト・ノークスは、目の前の巨漢──『暴虐児』ナンメルに苦戦を強いられていた。
先ず第一に、ナンメルの体は鋼鉄のように硬い。
アハトが長年をかけて築き上げて研鑽してきた剣技が、どれも通用しないのだ。ナンメルの浅黒い皮膚は、突き立てたアハトの刃を簡単に返してしまう。
皮膚に刃が通らないだけでもアハトにとっては厄介なのに、その巨体は見かけによらず俊足だった。
必殺技として愛用しているのであろう〈極電気弾〉が目に留まりやすいけれども、彼の見た目に似合わぬ俊足は確実にアハトに苦戦を強いる一因となっている。
それに、たまに発動する高速移動も厄介だ。後方に光速で移動されて掴み技を放とうとしてくる。
それに、先程ティアラがアハトに招集をかけた際にはアハトよりも速くティアラの元へ駆けつけた。
騎士として不覚だが、そこにはきっと確実に身体能力以外の何か──魔法の影響が存在していると踏んでいた。
短距離瞬間移動ならぬ短距離高速移動を持っているわかったのなら、先程と同じ轍を踏むことはない。対処は簡単だからだ。
その高速移動で移動してまで殺したい対象──今回の場合はティアラとナンメルの間にアハトが居続ければいい。そうすれば、アハトが肉壁になるので、ティアラの瞬殺を防ぐことができる。
──などと、ナンメルの動きを少しずつ理解し、中身を暴きながらアハトは剣を振るい続ける。
ナンメルを倒すためには、何かをきっかけに大きく攻めに出る必要があった。そのきっかけを見つけ、かつ失敗なく攻めるためにアハトは思考を止めずに剣を振るう。
そして、彼はその聡明な頭脳で最適解を見つけ出す──。
「──見つけました、突破口」
「あァ?」
青い髪を翻しながらそう宣言するアハトに対し、間抜けな返答を見せるナンメル。
その刹那、ナンメルの視界から青髪が消える。
姿の消失を認識したと同時、自分の後頭部に鋭い殺意が突き刺さっていくような感覚を覚えて咄嗟に振り向いた。
アハトは、短時間で背後に移動したのだ。
首を守らなければ──咄嗟にそう判断したナンメルは、首を狙う剣を掴もうと背後に腕を伸ばす。が──
「残念。それが狙いです」
アハトの勝ち誇ったような宣言を聞き、ナンメルはアハトの作戦を理解する。剣の方へと伸ばした手を引っ込めようとするけれども、それよりも速くナンメルの腕に剣が届き──。
「──ックソ!」
咄嗟にナンメルは防御の姿勢を取るけれど、アハトの振るう剣は止まらない。
ナンメルが剣から身を守るために出した左腕は、切断される。そして──
「これは──」
剣を振るったアハトが、ナンメルの腕の中から出て来た衝撃の事実に目を見開く。
ナンメルの皮膚の内側に仕組まれていたのは赤黒い筋肉──ではなく、緻密に詰め込まれたコードや鋼鉄。
「──人、じゃない……ッ!」
「おいおい、失礼だなァ。アハトさんよォ……」
斬られて失った左腕の肘から上をダラリと垂らしたままで、ナンメルはそんなことを口にする。
「俺様が人間じゃないなんて心外だぜェ!俺様は改造人間で、れっきとした人間だァ!」
改造されているのだかられっきとした人間とは言い切れないのではないか──そんなことをアハトは心中で思うけれども、今そんなことを口にする余裕はない。
目の前にいるナンメルは、体を魔法具で構築している異常者だ。きっと、対人用の魔法具を大量に積んでいるのだろう。
「──想像以上だな」
ナンメルがどこに雇われた襲撃者か全くの謎だったが、改造人間となると更にそれが深まる。
野良の改造人間を雇う──みたいなことは考えにくいから、ナンメルはきっと社外秘の存在だろう。
確実に襲撃を成功するために派遣されたと考えられる。
「お前の貧相な想像力で俺様を捉えようとしたことが間違いだぜェ?」
そう口にしたナンメルは、斬られていない方の右腕でアハトの襟首を掴む。
「──ッ!」
普通であれば腕を斬られればもう少し焦りを見せるだろうに、ナンメルは改造人間だからか一つも動揺することはなかった。もしかしたら、腕を斬られても痛みを感じていないのかもしれない。
「とっととくたばれやァ!」
ナンメルは、そのままアハトのことを地面に叩きつけようと腕を力強く振り下ろす。
アハトは受け身を取りながら、少し転がってナンメルから多少の距離を取る。
──凶暴性は収まるところを知らないが、腕を斬れたことで優位に立てた。
アハトは、そんなことを考える。
ナンメルがこれまで使用してきた攻撃のほとんどは、腕を使用したものだった。
〈極電気弾〉は掌から放たれ、強烈なパンチも拳が放つ。
だが、左の腕が無くなった現在、アハトがナンメルのことを掴んだ際に攻撃をする手段が地面にたたきつけることしかない。
右腕でアハトを掴んでしまったら、魔法も拳も放てないのだ。
あの断面を見ると、回復魔法を使用して新たな腕が生えたとしても先程より強力なものにはならないだろう。
〈極電気弾〉を放つ孔は改造によるものだろうし、あの強力な腕も内部に仕組まれていた金属に由来してそうだった。
流石の回復魔法も、改造の証は治せないだろう。もしそんなことができたなら、体の中に金銀財宝を詰め込んでから斬り落とし、回復魔法をかけて復活させることで金銀財宝の無限生成が行われるはずだった。
「ならば、後はこちらが油断せず倒すだけ」
アハトは受身を取っていた状態から即座に動き出し立ち上がる。前方にいるナンメルに対して剣を振るい──
「──は」
消失。
アハトの視界にいたはずのナンメルの姿が消える。一体どこに──
そう考えるよりも先に、アハトの体はティアラの方へと向けられていた。
これは、彼の忠誠の証。そして、騎士として考えられ得る最悪のシナリオを回避するための身に沁みついた行動。
アハトは、今の一瞬でティアラの方へと駆けて行った──。
「違ェなァ……犬っころがァ……」
ティアラの方を向いたアハトの死角からそんな声が聴こえると同時、彼の手の中から剣が弾け飛んでいく。
「──ッ!」
ナンメルは、読んでいた。
一瞬でも視界から姿を消せば、アハトはティアラの方へと向かおうとするその忠誠心が完全に読まれていた。
だから、ナンメルは一瞬天井に向かって高く跳ぶことでアハトの視界から外れて、彼をそっぽ向かせることに成功したのだ。
「今邪魔なのはお前だからなァ、死んでもらうぜェ」
丸腰になったアハトの上から、1人の巨漢が降り注ぐ。ナンメルの太い右腕は、アハトの首を一瞬で折ってしまいそうで──。
「させるかぁぁ!」
そんな絶叫と共にナンメルの体に小さな体当たりがなされ、ナンメルは少しよろめく。アハトの首めがけて伸びていたその隻腕は、アハトのすぐ横の地面に付けられる。
「──アオイ」
アハトを助けるために飛び出した小さな英雄の名を、助けられた本人は呼ぶのだった。




