第十五話 友達
襲撃者である『暴虐児』ナンメルが、計画の全てを失敗及び頓挫させて奴隷市場から逃げていく。
これにより、俺の命を奪いに来ていた脅威を跳ね除けた。一先ずは死のループから抜け出すことはできただろうか。
──と、ナンメルを追うより優先すべきものが俺とアハトの2人にはあった。
そう、ティアラ様のことだ。
ナンメルが逃亡ついでに、ティアラ様を狙って攻撃を仕掛けた。瞬間移動のような技を使用したナンメルに俺達は追いつけず、主君を見殺しにしてしまうと言う騎士と奴隷にとって最低最悪の結末を迎えようとしていたところを助けてくれたのは、俺と同じ柵の中で売られていた奴隷の少女──カリファ・アルヒクマ。
逃げ遅れたのか、それとも逃げた先がたまたまティアラ様の近くなのかはわからない。もしかしたら、俺の勇姿を見るために残ってくれていたのかもしれない。
どんな理由だったとしても、そこにカリファがいてくれたことでティアラ様の命は救われたのだ。
どれだけ感謝してもしきれないだろう。
「──助けて下さりありがとうございました。えぇと……」
「カリファです。カリファ・アルヒクマ」
ティアラ様が感謝を伝えるのに、カリファの名前を知りたそうにしていたから俺が教えてあげた。
ティアラ様を救うために転んでしまった彼女の手を引っ張り、半ば無理矢理起こして、ティアラ様の前に連れて行く。
ティアラ様は優しく、カリファは少し緊張したように震えながら見つめ合う。カリファ様が、命の恩人であるカリファに優しく語りかけようとしたその時──、
「カリファ様! お怪我はありませんか!」
ナンメルが逃亡して、一時の静寂を手に入れた奴隷市場の空気を壊すように、半壊した建物の中から出てきたのはこの奴隷市場の店長であるアーキナーさんであった。
その肥えに肥えた巨体を揺らしながら、こっちの方へと小走りで近付いてくる。
当然だ。自分の店で襲撃事件が起こり、それで麗しの令嬢が怪我でもしたならば店仕舞い──いや、それ以上の処分がくだされるだろう。
言ってしまえば、アーキナーさんもカリファに救われた1人と言えよう。
「非常事態であったのにもかかわらず、お傍にいることができずに申し訳ございません。奴隷の管理や事態の収拾で手が回りませんでした」
そう謝罪するけれども、アーキナーさんがいたとして何か状況が変わったとも思えない。奴隷を市場から移動してアハトが集中して戦える場を設けてくれたことには感謝しているけれども、ティアラ様と一緒にいて何かが起こったとは思えない。
「私は問題ありません。ですが、彼女が……」
ティアラ様がそう口にすると、視線がカリファの方へと集まっていく。彼女は青ざめたような顔で棒立ちになっていた。なんだか、体調が悪そうだった。
「どうかしましたか?」
「私を庇ってくれたのですが、その際に派手に転んでしまって。怪我をしているのではないかと」
「成程、そうでしたか。ですが心配は不要です。この子は、ティアラ様に触れたでしょう?」
「……? はい」
「でしたら、不敬となりますのでこちらで処分しますから傷の心配をする必要はありませんよ」
「──」
そこまで聞いて、ティアラ様は反応に困ったように黙り込んでしまう。
そして、俺も気が付いた。彼女が死にそうなほどに青ざめている理由について。
そう、彼女はティアラ様を助けた時に気付いているのだ。自分が「処分」されることを。
衝動的にティアラ様を助けた後、自分を命を投げ捨てたことに気付いて心底後悔しただろう。
「──カリファ」
俺が、彼女の名を呼ぶけれども返事は返ってこない。ただ、涙をこらえるようにして下唇を強く嚙んでいるだけだった。彼女を助けてあげたい。だけど、俺にはそれができない──。
と、その時だった。
「アハトも戦闘お疲れ様です。お怪我はありませんか?」
「はい、問題ありません」
ティアラ様は、会話に困ったのかアハトに話を振った。アハトも、端的に返事をするだけだ。
「そう。でしたら、何か褒美を授けましょう。何がいいか、決めておいてください」
「ティアラ様。ご厚意は嬉しいですが、勝つきっかけを作ってくれたのはアオイです。褒美を与えるのなら彼がいいかと」
「──!」
視線が俺に向けられて、ティアラ様とアハトの2人が考えていることをようやく理解した。どうして急に褒美などという能天気な話をし始めたのだろうと思ったけれど、これは俺にチャンスをくれたのだ。
「処分」されると宣言されているカリファを救うチャンスを。
「では、アオイ。アナタに褒美を与えます。何か欲しいものはありますか?」
ティアラ様が少しゆっくりとそう口にしたから、俺も確固たる意志を持って頷く。
「俺は、この子──カリファが欲しいです」
死を覚悟している紫ツインテールの小さな英雄を指差して、俺はそう宣言した。
カリファに対する感謝は、ループする原因となり得るティアラ様のことを救ったことだけではない。カリファは、俺にこの世界のことを教えてくれたのだ。「処分」される未来から救い出し、その感謝の一部を返したい──という思いもあったし、それを除いても純粋にカリファとお友達になりたいという気持ちがあった。
俺がそう口にすると、カリファの表情が歪む。「処分」される未来を回避できる喜びと、それを素直に喜んでいいのかわからない不安で格闘しているような、そんな表情だった。
「──わかりました。では、アーキナーさん。この子も購入させていただきます。奴隷のアオイに奴隷を持たせることはできませんが、私が契約する分には問題ないでしょう」
ティアラ様がすんなりと俺の願いを聞き入れてくれたため、契約へと進んでいく様子だった。
ティアラ様からの願いであれば、アーキナーさんも断る必要はないだろう。
「──はあ。問題ありませんが、よろしいのですか?」
「はい。彼女は私の命の恩人です。彼女を迎え入れるのに、迷いなどありません」
ティアラ様がアーキナーさんに向かってそう宣言すると、彼も満足したのかその巨体を揺らして「わかりました。では、彼女は敵の襲撃を退けてくれた感謝の証として、私からプレゼントとしましょう」などと口にした。
ティアラ様もそれに納得したようで、カリファの前に立ち「そういうことだけれど、契約してくれるかしら?」と優しく問いかけた。
当のカリファは、「処分」される未来という恐怖から解放された安堵感で、顔をくしゃくしゃにして泣いている。彼女の、文字通りの命懸けの行動で助かったのだ。奴隷とはいえ、貴族の屋敷で幸せに暮らす権利くらいあるだろう。
「──こちらこそ、よろしくお願いいたします」
なんとか声を絞り出して、彼女はその場に跪く。そして、彼女は顔を伏せたままティアラ様の前に左手を見せた。
ティアラ様は立ったままその左手を握り、そのまま手の甲へと顔を近づけてキスをする。──主従契約だ。
「──契約は完了です。カリファ、これからよろしくお願いしますね」
「……はい」
これで、カリファも俺と同様にティアラ様の奴隷となった。置かれている状況は同じ。要するに、俺の同期だ。
「──では、主目的であるアオイとの契約も終えていますし私達は先に帰らせていただきますね。戦闘で荒らしてしまったのは申し訳ありませんでした」
「いえいえ、こちらもティアラ様とアハト様がいなければやられる一方でした。ですから、お二人が今日足を運んでくださり大変助かりました」
ティアラ様が謝罪したので、アーキナーさんが「頭を上げてください」と言わんばかりにそんな謙遜をする。結局、最後までナンメルが俺とティアラ様を殺そうとする理由が透けなかったけれど、こうして撃退できたということは相手も迂闊に動き出すことはしないだろう。
「──それでは、アハト。アオイ。カリファ。帰りますよ」
ティアラ様は頭を上げると、俺達の方へとそう微笑む。名前を呼ばれた順に、列になってティアラ様に付いて行った。
奴隷市場の幕をくぐり抜けて、外に出るとそこには現代で言う駐車場のような広い敷地に無数の馬車が止まっていた。その中でも一層荘厳な馬車に案内された俺達は、キャビンの中に入った。
御者台にはアハトが座っているから、乗っているのは俺とカリファの3人だった。
「2人は自由にしていて良いわよ。私は何も気を咎めたりしないから」
そう口にして、ティアラ様は優しく微笑んでくれる。俺が「ありがとうございます」と口にすると、カリファがその時を待っていたかのように口を開く。
「──ねぇ、アオイ。どうして、私を助けてくれたの?」
「え」
「教えて、なんで私を助けてくれたの!」
俺の両肩を掴んで、必死にカリファがそう問いかけてくる。俺はそれの答えに迷ったが──、
「──君と、ずっと友達でいたかったからかな」
一番の理由は、それだった。
異世界に転移をしてきて、1人心細かったところで出会った話し相手になってくれる存在。そんな彼女を、俺は特別に思っていた。恋仲になろうと思っているわけではない。ただ純粋に、カリファと友達で居続けたかっただけだ。きっと、「処分」されることが言い渡されなくても、俺はティアラ様にカリファも連れて帰るように強請っただろう。
「──本当?」
「うん。俺に、この世界の事を教えて欲しい」
俺がそう口にすると、涙を拭った彼女はやっと落ち着けると言わんばかりに安心したような表情を作り「うん」と飛び切り元気な返事をした。
馬車が動き出す。
アハトが、ティアラ様のお屋敷に帰るために馬を走らせているのだろう。
──これから、この世界でのどんな生活が始まるのだろう。
また、ナンメルのような強敵が俺達の命を狙ってやってくるかもしれない。その度に俺は死に、ループすることになりそうだ。
恐怖はあるが、それだけではない。
俺にはもう、信頼できる仲間がいる。だから、体の知らないところからやる気が湧き出ているような気がした。
馬車が奴隷市場を離れて走っていく。遠く、遠く──。




