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二十八歳の私  作者: マック アダソン
第3章 20代の終わりの実感
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④ 成人女性としての身体と向き合う

また私は、成人女性としての身体とも向き合わなければならなかった。

思春期の頃、身体は少しずつ変化していった。

しかし本当の意味でその変化を意識するようになったのは、大人になってからだったように思う。

生理不順への不安。

将来の健康への不安。

そして女性として生きていくことへの問い。

それらは二十八歳になろうとしている今の私が抱えている現実でもある。

私は時折、黒いレオタードを部屋着として着ることがある。

半袖の黒いレオタードである。

特別な装飾があるわけではない。

バレエや体操で使われるような、ごくシンプルなものだ。

レオタードを着ると、胸のふくらみもはっきりと分かってしまう。

普通の服を着ている時にはあまり意識しない部分でも、身体にぴったりと沿うレオタードを着ると、その大きさや形が自然と目に入る。

それは私に、自分がもう十五歳の少女ではなく、成人女性の身体になっていることを強く意識させる。

私は胸のふくらみを見ながら、ただ身体の一部を確認しているだけではないのかもしれない。

私はどのような女性になったのだろうか。

この身体で、これからどのように生きていくのだろうか。

そんな問いを、鏡の前で確かめているのだと思う。

同時に、自分が太っているのかどうかも分かってしまう。

レオタードは、今の身体を隠さずに映し出す服なのだと思う。

だからこそ私は、体重を測る時にもレオタードを着ていることが多い。

体重の数字だけでは分からない身体の変化も、レオタードを着ると見えやすくなる。

お腹周りがどう変わったのか。腰回りがどう見えるのか。身体の線が以前と比べてどうなっているのか。

現在の体重は六十六キログラムである。

私は太っている。

痩せなければならない。

そう思うことも少なくない。

鏡の前に立つと、胸のふくらみだけではなく、お腹周りにも目が向いてしまう。

この身体でよいのだろうか。

もっと痩せるべきなのではないか。

そんな問いが浮かんでくる。

 

親からも、痩せることについて言われたことがある。

三十歳までには体重を五十キロ台にしたい。

その思いは、今の私の中にある現実的な目標でもある。

けれど同時に、私は気づいている。

私が向き合おうとしているのは、体重だけではないことを。

六十六キログラムという数字だけではないことを。

私は、自分が今どのような身体で生きているのかを確かめようとしているのだと思う。

時には窮屈に感じることもある。

肩が引っ張られるように感じることもある。

身体に密着する感覚を煩わしく思うこともある。

それでも私は、その服を着る。

なぜなのだろうか。

自分でもうまく説明することはできない。

 彼女の転勤をきっかけに、私は改めて「私は何者なのだろうか」と考えるようになった。

だから私は、自分自身を確かめたかったのかもしれない。

黒いレオタードは私にとって衣装なのかもしれない。

しかし誰かに見せるための衣装ではない。

それは、自分自身と向き合うための衣装である。

黒いレオタードを着る時、私は足元に靴下を履かない。

いつも素足である。

理由を聞かれても、自分でもうまく説明することはできない。

ただ、素足で床に立つと、自分が今ここに存在していることを確かめられるような気がするのである。

靴も履いていない。

靴下も履いていない。

どこかへ向かうためではなく、ただ今の自分自身と向き合うための時間だからなのかもしれない。

なぜ黒だったのだろうか。

それも自分ではよく分からない。

ただ、その色はどこか今の私に似ていた。

十五歳の頃の私は、未来のことなどほとんど考えていなかった。

しかし今の私は違う。

出会いも別れも経験した。

発達障害とも向き合ってきた。

社会へ出て働くことの難しさも知った。

三十歳という節目も近づいている。

黒は明るい色ではない。

けれど何もかもを飲み込んでしまう暗闇の色でもない。

喜びも不安も。

希望も迷いも。

過去も現在も。

そのすべてを抱えながら生きている今の私に、その色は静かに寄り添っているように思えたのである。

黒いレオタードを着て鏡の前に立つと、不思議な気持ちになる。

そこに映るのは、十五歳の少女ではない。

発達障害と向き合ってきた私。

社会人として働いている私。

出会いと別れを経験してきた私。

そして、三十歳を前にした二十八歳の私である。

私は鏡に映る姿を見ながら問いかける。

私はどのような人間になったのだろうか。

私はどのような女性になったのだろうか。

本当に成人女性になったのだろうか。

この身体で、これからも生きていけるのだろうか。

身体は確かに大人になった。

しかし心も同じように大人になったのだろうか。

その答えはまだ分からない。

けれど鏡の前に立つたびに、私は今の自分と向き合おうとしている。

レオタードを着る時間は、単に服を着る時間ではない。

今の自分自身を見つめる時間なのかもしれない。

自分がどのような身体になり、どのような人間になったのかを確かめる時間なのかもしれない。

私はこの身体で二十八年間生きてきた。

では、この身体でこれからどのような人生を歩むのだろうか。

三十歳までに少しでも健康な身体に近づきたい。

五十キロ台になりたい。

けれど、それはただ体重を減らすためだけではない。

これからの人生を、自分の身体と共に生きていくためでもある。

その問いを確かめるために、私は黒いレオタードを着て鏡の前に立つのかもしれない。

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