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二十八歳の私  作者: マック アダソン
エピローグ 十一年間を書き終えて
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エピローグ 十一年間を書き終えて

 二十八歳になろうとしている今、私はようやく十一年間の記録を書き終えた。

 『家庭教師の一年間』。 『九年差の同じ別れ』。 そして『二十八歳の私』。

 振り返れば、すべての始まりは彼女の転勤だった。

 彼女の転勤を知った時、私は九年前の彼との別れを思い出した。 そしてその記憶をたどるうちに、さらに家庭教師との一年間へと遡っていった。

 最初は、忘れてしまう前に記録しておきたいと思っただけだったのかもしれない。

 しかし書き続けるうちに、私はただ過去を残そうとしていたのではないことに気づいた。

 私は、自分自身を知ろうとしていたのである。

 十五歳から二十八歳までの間に、私は多くのことを経験した。

 出会いもあった。 別れもあった。 発達障害の診断も受けた。 社会へ出て働くことの難しさも知った。 自分の身体や将来について考えるようにもなった。

 その一つ一つは、楽しいことばかりではなかった。

 苦しかったこともある。 思い通りにならなかったこともある。 忘れようとしても忘れられないこともある。

 それでも、書き終えた今、私は思う。

 この十一年間は、決して無駄ではなかった。

 家庭教師との出会いも。 彼との時間も。 彼女との時間も。 社会へ出てからの経験も。 失敗も、挫折も、別れも。

 そのすべてが、今の私を形作っている。

 私はこの記録を書くことで、人生の答えを見つけたわけではない。

 今も分からないことは多い。 三十歳を迎える私は、これからどのように生きていくのだろうか。 今の仕事を続けていけるのだろうか。 発達障害と向き合いながら、どのような社会人になっていくのだろうか。 新たな良き理解者と出会うことはあるのだろうか。 結婚や家庭について考える日が来るのだろうか。

 その答えはまだ見えていない。

 けれど、答えが出ていないからといって、私の人生が止まるわけではない。

 私はこれからも、発達障害と共に生きていく。 記憶と共に生きていく。 出会いと別れを抱えながら生きていく。

三十歳を迎えるまでの間に、私は今の仕事を大切に続けていきたい。

 目の前の課題に一つずつ向き合いながら、自分らしい働き方を少しずつ見つけていきたい。

 身体のことにも、将来のことにも、逃げずに向き合っていきたい。

 新たな良き理解者との出会いがあるのかどうかは分からない。

 結婚や家庭についても、まだ答えは見えていない。

 それでも私は、未来を恐れるだけではなく、自分なりの歩幅で人生を歩いていきたいと思うのである。

 いつか私自身も、これまで支えられてきたように、誰かを支えられる人間になれたらと思う。

 未来はまだ分からない。

 けれど私は、未来を恐れるだけではなく、自分なりの歩幅で歩いていきたい。


  振り返れば、この十一年間には始まりと終わりがあった。

 二〇一三年、十五歳の春。 私は家庭教師と出会った。

 それは、後に私が自分の人生を振り返る時、プロローグのような意味を持つ一年間になった。

 しかし、この十一年間の本当の始まりは、同じ年の十月にあったのかもしれない。

 全国の小中学校へ届けられている公的な冊子が配布され、私はその一冊を手に取った。

 そして一通の手紙を書いた。

 そこから、思春期に出会った「彼」との三年に及ぶ手紙のやり取りが始まったのである。

 そして彼から転勤による最後の手紙が来たのは、二〇一六年三月三十一日のことだった。

  それから九年後。

 二〇二五年一月十八日。

 私は百貨店で、上京後の成人期にマキアージュ探しをきっかけに出会った「彼女」の転勤を知った。

 それは、九年前に経験した「彼」との別れと同じ、転勤による別れだった。

 彼との別れから九年を経て、今度は彼女もまた私の前から去っていったのである。

 思えば、この十一年間は、一通の手紙とマキアージュの口紅探しから始まり、九年差で二度にわたる転勤の知らせによって大きな区切りを迎えた時間だった。

 上京前と上京後の私には、思春期と成人期に男女一人ずつ、大きな存在がいた。

 当時の私は、そのことをはっきり意識していたわけではなかった。

 そして私は二〇二六年、二十八歳になろうとしている今、その十一年間を振り返り、記録した。

これは、ADHDとASDの発達障害を抱えながら生きてきた、三十歳を目前に控える一人の成人女性が、自らの人生を振り返り、「私は何者なのか」を問い続けた記録である。

 そして、その問いを抱えたまま、これから先へ歩いていく私の物語でもある。

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