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二十八歳の私  作者: マック アダソン
第2章 私は何を学んだのか 
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⑤ 学びは答えではなく、これからの支えになる

この十一年間を振り返る中で、私は多くのことを学んできた。

 人を信頼すること。

 言葉の力。

 出会いと別れ。

 支えられること。

 そして人との関係の大切さ。

 しかし振り返ってみると、それらの学びによって人生の答えを見つけたわけではない。

 今の私にも分からないことは数多くある。

 これからどのような人生を歩いていくのだろうか。

 どのような人と出会うのだろうか。

 どのような大人になっていくのだろうか。

 その答えは、今もまだ見えていない。

 私は今も問いの途中にいる。

 しかし、それでよいのだと思う。

 十五歳の頃の私は、答えを求めていた。

 不安のない未来を求めていた。

 けれど二十八歳になろうとしている今の私は、人生には簡単に答えの出ない問いがあることを知っている。

 だからこそ大切なのは、答えを持つことではなく、問い続けることなのかもしれない。

 そして、その問いを抱えながら生きていくために、人との出会いの中で学んだことが支えになっている。

 苦しい時には、かつて掛けてもらった言葉を思い出す。

 迷った時には、これまで出会った人たちとの時間を思い出す。

 不安になった時には、自分が乗り越えてきた時間を思い出す。

 それらは人生の答えではない。

 しかし確かに、これから先を歩いていくための支えになっている。

 人は学んだから悩まなくなるわけではない。

 成長したから迷わなくなるわけでもない。

 それでも学びは、迷った時に立ち返ることのできる場所になる。

 だから私は、この十一年間に意味があったのだと思う。

 家庭教師との一年間も。

 彼との三年間も。

 彼女との八年間も。

 社会へ出てからの経験も。

 苦しかったことも。

 嬉しかったことも。

 そのすべてが今の私を形作っている。

 私はまだ答えを持っていない。

 これからも迷うだろう。

 悩むだろう。

 立ち止まることもあるだろう。

 それでも私は歩いていこうと思う。

 なぜなら、この十一年間で得た学びが、これからの人生を支えてくれると信じているからである。

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