第二話 推しに、勘違いされています
るなが転校してきてから、一週間が経った。
毎日隣の席に来る。毎日一緒に弁当を食べる。毎日一緒に帰る。
気づいたらそういうリズムができていた。
問題が一つあった。
るなが私のことを、かなり気にかけてくる。
教科書のページを教えてあげたら次の日お礼にお菓子を持ってきた。傘を忘れたるなに貸したら翌日新品の傘を返してきた。それはまあ、普通の話だ。
問題はその次だった。
「こはるってさ、配信とか見る?」
木曜日の昼休みに、るなが突然聞いてきた。
心臓が止まった。
「み、見ますよ、たまに」
「どんなの」
「えと、ゲーム実況とか」
「好きな配信者いる?」
いる。目の前にいる。
「い、色々います、割と広く」
「具体的に誰」
「え、えと、ルルナさん、とか」
言ってしまった。
言うつもりがなかったのに、緊張すると口が滑る。
るなが少し止まった。
「ルルナ、知ってるの?」
「し、知ってます。有名ですし」
「どのくらい見てる?」
「わ、割と、前から」
「前から、ってどのくらい前から」
「に、二年半くらい」
また言ってしまった。
るなの目がわずかに動いた。
「二年半。それって、かなり古参じゃない?」
「そ、そうなりますね、たぶん」
「ルルナのこと、好き?」
直球だった。
「す、好きです、配信が」
「配信が、ね」
るなが少し笑った。何かを考えている顔だった。
「へえ、そっか」
それで話題が終わった。
私はほっとしながら弁当を食べた。
その日の放課後、帰り道でるなが言った。
「こはるって、古参リスナーなんだね」
「え?」
「ルルナの。二年半なら古参でしょ」
「まあ、そうなりますけど」
「ルルナのどこが好きなの」
また直球で聞いてくる。
「え、えと、声が好きで、喋り方が自然で、見てると落ち着くというか」
「落ち着く」
「はい。何かしんどいときに見てると、少し楽になる感じがして」
言いすぎた。
でも、本当のことだ。中学のとき、学校でうまくいかなかったころ、るなの配信に何度も助けられた。
「それって、かなり好きじゃない」
「推し、という感じです」
「推し」
「はい」
るなが少し間を置いた。
「ルルナのこと、会いたいとか思ったことある?」
「え、それは」
「ある?」
「あります、そりゃ、推しなので」
「そっか」
るなが少し、にやっとした。
「なんですか、その顔」
「別に」
絶対何かある。
翌日の朝、るなが教室に入ってきて、真っ先に私のところに来た。
「おはよう、こはる」
「お、おはようございます」
「昨日、配信見た?」
「え、何の」
「ルルナの」
見た。昨夜アーカイブが上がっていたから見た。
「見ました」
「どうだった」
「面白かったです、ゲームで負け続けてるのが」
「そう」
るながにやっとした。また。
「なんですか」
「なんでもない。ちょっと確認したかっただけ」
「何を確認したんですか」
「こはるがどのくらいルルナのこと好きか」
「推しですって言ってるじゃないですか」
「推し、ね」
何かを面白がっている顔だ。
昼休みになった。
今日はもえとなつ、じゃなくて、クラスの子たちが何人かるなに話しかけてきた。転入から一週間、るなはクラスに馴染んできていた。
るなは明るく話していた。配信のルルナに近い顔をしていた。
少し経ってから、その子たちが去って、またるなが私の横に来た。
「こはる、さっきごめんね、人が来ちゃって」
「全然いいですよ。るなさんがクラスに馴染んでるのはいいことだし」
「るなさん、まだ言ってる」
「す、すみません、るな」
「よし。なんか、こはるが名前で呼ぶとほっとする」
「ほっとする?」
「なんかね、さん付けで呼ばれると、よそ行きな感じがして。名前で呼ばれると素に近い感じがする」
素に近い感じ、か。
「私が呼ぶとそうなるんですか」
「こはるが呼ぶと特に」
「特に」
「うん。なんか、こはるといると落ち着くんだよね」
落ち着く。
さっき私がるなの配信で落ち着くと言ったのと、同じ言葉だった。
「それは、よかったです」
「こはるはどう? 私といると落ち着く?」
「え、えと」
落ち着かない。全然落ち着かない。推しがそばにいるのに落ち着けるわけがない。
「緊張する方が多いです」
「なんで緊張するの」
「え、それは」
「あ、もしかして」
るなが少し目を細めた。
「なんですか」
「こはる、もしかして私のことかなり好き?」
は。
「え」
「ルルナのファンで、古参で、私のそばで緊張してて」
「いや、それは違くて」
「違くない気がする」
「違います、推しとしての話で」
「推しとして好きと、人として好きは、別なの?」
「別です、全然別です」
「そう言うけど、顔が赤いよ」
「そ、それは暑いので」
「今日涼しいけど」
また言い返せなかった。
るなが少し笑った。
「かわいいね、こはる」
「か、かわいくないです」
「かわいい。そういう反応をするから」
「やめてください」
「やめない」
この子は配信のときも視聴者を構うのが得意な人だけど、リアルでもそうなのか。
いや、待って。
今るなは何を言った。
私のことが「かなり好き」だと勘違いしている。
それは、違う。
違うんだけど、なんで違うと説明したら、正体に触れることになる。
「るな」
「なに」
「誤解してると思います」
「どういう誤解?」
「私が、その、るなのことを、あの」
「うん」
「ルルナのファンとして好きで、だから緊張してて」
「それって結局好きってことじゃない?」
「そ、そうなんですけど、そういう意味の好きじゃなくて」
「どういう意味の好きなの」
「推しとしての好きです」
「でもルルナって、どこにいるか知らないんでしょ?」
「知らないです」
「じゃあ私のこと好きなんじゃない」
この論理のどこかがおかしい気がするんだけど、反論できなかった。
るなが少し私に顔を近づけた。
「こはる、私のこと好きでしょ」
「ち、違います、そういう意味じゃ」
「照れてる」
「照れてないです」
「顔が赤い」
「そ、それは」
「認めなくていいよ、別に。でも」
るなが少し笑った。
「否定もしなくていいよ」
「え」
「勘違いかもしれないけど、こはるが私のそばにいてくれるのは嬉しいから」
それは、どういう意味だろう。
私は返事ができなかった。
放課後、今日もるなと一緒に帰った。
歩きながら、るながちらちらこちらを見てきた。
「なんですか」
「見てていいでしょ、好きな人のことは」
「好きな人って、誰が誰を」
「私がこはるを」
「そっちが好きなんですか」
「こはるが私を好きだから、私もこはるのこと気になってる」
「私は推しとして好きなんですってば」
「でもルルナが誰か知らないんでしょ」
また同じ論理だ。
これを崩すには正体を明かすしかないんだけど、明かせない。
「るな、少し落ち着いてください」
「落ち着いてるよ」
「落ち着いてないです、距離が近いです」
「こはるが可愛いから」
「可愛くないです」
「可愛いって言ったら可愛いの」
なんなんだこの人は。
配信でも視聴者に対してこういうことを言うけど、リアルでも変わらないのか。
いや、待って。
配信のルルナはもっとサバサバしている。視聴者に甘いことを言うけど、こんなに一人に絞って言う感じじゃない。
今のるなは、少し違う。
「るな、配信のルルナって、視聴者にこういう感じで話すよね」
うっかり言った。
るなが少し止まった。
「配信の、ルルナ?」
「あ、えと、配信者として、という意味で」
「こはる、ルルナの配信の雰囲気知ってるの?」
「古参なんで、なんとなく」
「そっか」
るなが少し考えてから、また歩き始めた。
「でも、今は配信じゃないから」
「え」
「こはるのそばにいるのは、配信者として、じゃないから」
その言葉が少し引っかかった。
配信者として、じゃない。
それはどういう意味だろう。
北口の交差点に差しかかった。
「またここで分かれるね」
「はい」
「こはる、明日も一緒にいていい?」
「いいですよ」
「やった」
るなが笑った。
今日は配信のルルナとも、素のるなとも、少し違う顔だった。
なんか、うれしそうな顔だった。
「また明日ね」
「また明日です」
るなが歩いていった。
私はしばらく立っていた。
推しに勘違いされている。ガチ恋勢だと思われている。
否定できなかった。正体を明かせないから。
でも、るなが「配信者として、じゃない」と言っていた。
その言葉が、なんか引っかかっていた。
家に帰って、るなのチャンネルを開いた。
最新の動画のコメント欄に、私のハンドルネームのコメントが流れていた。
二年半前に初めてコメントしたやつだ。
るなが古参コメントをピックアップして読み上げているアーカイブがあって、そこに私のが選ばれていた。
画面の向こうのルルナが「この人、ずっとコメントしてくれてる。ありがとう」と言っていた。
私はその動画を何回も見ていた。
推しに感謝されたコメントだから、大事にしていた。
でも今は、その動画を見ながら、少し違うことを考えていた。
るなは私のことを、特別なファンだと思っている。ガチ恋勢だと勘違いしている。
ガチ恋勢じゃない。推しとして好きなのは本当だ。でもそれ以上の意味はない。
ないはずだった。
でも今日のるなの顔を思い出したら、少しだけ、わからなくなった。
配信のルルナじゃない顔。素に近い顔。こはるのそばにいるのは配信者としてじゃないと言った顔。
その顔が、なんか、頭から離れなかった。
電気を消して、布団に入った。
推しが転校してきた。勘違いされた。否定できなかった。
その続きが、明日また来る。
なんか、複雑だった。




