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3:消えた妹2

——大阪市中央区、心斎橋商店街。


昼間のアーケードは、光と人の波で満ちている。観光客の笑い声、呼び込みの声、粉もののソースの香り。その喧騒の中に、誰にも気づかれない入り口がある。

雑居ビルの脇、細い階段。看板はない。ただ、古びた郵便受けに「S3」とだけ貼られている。ドアの向こうで、足音が一度止まった。

ノックは、やや遅れて三回。


「どうぞ」


遥の声は淡々としていた。

ドアが開く。入ってきた男は、三十代後半ほど。スーツ姿だが、どこか着慣れていない印象がある。ネクタイの結び目がわずかに歪んでいた。男の視線が部屋を一巡する。

遥、歩、涼。

三人を見て、男は一瞬だけ言葉を失ったように見えた。


「……あの、ここが……S3、で合ってますか」


「そうよ」


遥が椅子に座ったまま答える。顎で向かいの席を示した。


「座って」


男はぎこちなく腰を下ろした。手元のカバンを強く握りしめている。

歩がじっと見つめる。


「そんな緊張せんでもええで。警察ちゃうし」


軽い関西弁。だが視線は鋭い。

涼は壁にもたれたまま、無言でスマートフォンを操作している。画面の光が、その無表情を淡く照らしていた。

遥が口を開く。


「依頼内容を伺ってもよろしいですか?」


男は一度、唾を飲み込んだ。


「……妹が、いなくなりました」


部屋の空気がわずかに沈む。


「妹さんの名前は?」


「中原美咲。二十五歳です。私は兄の中原洋です」


涼の指が止まる。何かをメモするように、画面を軽く叩いた。

遥は続ける。


「最後に妹さん、美咲さんの姿を確認されたのは?」


「三日前です。仕事から帰ってきたはずなんですが……次の日、部屋にいなくて」


「警察には?」


「行きました。でも……家出の可能性が高いって」


悔しそうに、拳を握る。


「そんなはずないんです。あいつ、真面目で……急にいなくなるような子じゃない」


歩が小さく首を傾げる。


「ケンカとかは?」


「……多少は。でも、普通の兄妹です」


遥は淡々と質問を重ねる。


「美咲さんの勤務先は?」


「IT系の会社です。データ管理の仕事をしてました」


その瞬間。涼の目が、ほんのわずかに細くなった。


「……へぇ」


小さな声。誰にも聞こえないほどの。

遥は気づかないまま続ける。


「失踪前に変わった様子は?」


「いえ……特には。ただ…」


洋は言葉を切る。


「なんか、最近スマホを気にしてる感じはありました」


歩が腕を組む。


「彼氏とかちゃうん?」


「いません。少なくとも、僕は聞いてません」


涼はすでに、スマホの中で別の世界を走っていた。


——中原美咲。

——IT企業。

——データ管理。


検索。照合。裏アカウントの探索。

情報が、静かに繋がり始める。

遥が結論を出す。


「……わかった。依頼は受けます」


洋の顔が明るくなる。


「本当ですか!」


「費用は成功報酬。ただし、結果がどうであれ、捜索にかかった経費はいただきます」


「それで構いません。いくらでも払います」


その言葉に、歩がちらりと反応する。


(“いくらでも”、ねぇ)


遥は立ち上がった。


「まずは基本情報を全部出して。住所、交友関係、職場——細かいほどいい」


洋は慌ててカバンを開き、資料を取り出す。

涼はそれを横目で見ながら、ぼそりと呟く。


「……準備いいな」


誰にも届かない声。


***



——数時間後。


三人はそれぞれ動き出していた。


歩は、美咲のマンションの前に立っていた。

古びたオートロック。ポストにはチラシが数枚差し込まれている。


「う~ん、三日放置にしては、少なないか」


指でチラシを抜き取る。

生活感は、ある。だが、消え方が妙に綺麗すぎる。

美咲の兄である洋から預かった鍵で、部屋の中を確認する。荒らされた形跡はない。日用品も、そのまま。


「家出ちゃうよな、これ」


ぽつりと呟く。


***



一方——


遥は、美咲の勤務先の企業ビルの近くに喫茶店にいた。

美咲と同じ課にいるという社員を喫茶店に呼び出し、美咲の情報を引き出す。


「中原さんですか?ああ……真面目な方でしたよ」


「トラブルは?」


「特には。ただ、ここ最近は…」


社員が少し言い淀む。


「……何かを調べてるような様子はありましたね」


遥の視線が鋭くなる。


「何かとは、具体的に美咲さんは何を調べていたのですか?」


その社員は首を傾けながら


「う~ん、何を調べていたかはわかりませんが、ときどき部長に呼び出されたりしてたんで、中原さんはは何かやらかしたのかなってみんなで噂してたんですけど」


その社員からはこれ以上の話を聞きだすことはできなかった。

遥は社員に礼を言い、喫茶店のレシートを手に取りレジへと向かった。


*** 



――一方、涼。


雑踏から少し離れたカフェの奥。窓際の席には陽が差し込んでいるが、涼はあえて影になる位置に座っていた。

フードを深く被り、ノートパソコンを開く。イヤホンからは何も流れていない。ただの遮断だ。画面に映るのは、SNSの検索画面。


「中原美咲」


キーボードを叩く音は、ほとんど聞こえない。

静かに、だが正確に指が動く。

出てくるのは、ありふれたアカウントばかり。


・旅行の写真

・カフェ巡り

・同僚らしき女性との自撮り


「普通」


小さく呟く。

投稿の頻度、時間帯、タグの使い方。どれもよくある会社員の範囲に収まっている。

だが涼はスクロールを止めない。


「でも、整いすぎ」


指が止まる。

投稿の空白期間。

削除された形跡。

タグの偏り。


「こっちか」


別の検索窓を開く。

名前ではなく、写真。

背景。

映り込んだ店のロゴ。

断片を拾い、繋ぐ。

数分後。


「……ビンゴ」


画面に、新しいアカウントが表示された。

鍵はかかっていない。だが、フォロワーは少なく、投稿も限定的。

名前は別人。

だが、写っている指輪。

背景の壁紙。

同じものだ。


「裏アカ、か」


涼の口元がわずかに上がる。

そこに並んでいたのは、先ほどとは違う世界だった。


・夜の街のネオン

・グラス越しの光

・ぼやけた男の影


キャプションは短い。


《今日も疲れた》

《しんど》

《帰りたい》


「へぇ……」


スクロールを続ける。

位置情報は切られている。

だが、写真の端に映るものは消せない。

店内の装飾。

テーブルの刻印。

グラスのロゴ。


涼は別のウィンドウを開く。


「この店、か」


検索結果に表示されたのは、ミナミのバー。会員制に近い、やや高級寄りの店。

さらに投稿を遡る。

時間帯は深夜。

服装も、昼とはまるで違う。


「二重生活」


ぽつりと呟く。

会社員の顔と、夜の顔。


「なんで隠す?今時、副業禁止の会社は少ないだろ?」


独り言のように言いながら、指は止まらない。

フォロー関係を辿る。


・同業者らしき女性

・常連客と思われるアカウント

・そして——


「これ」


一つのアカウントで、動きが止まる。

投稿は少ない。

だが、美咲の写真にだけ、必ず反応している。


いいねの時間。

コメントの内容。

微妙な距離感。


「客、か……?」


だが、どこか違う。

距離が近すぎる。

だが、恋人でもない。


「まあいい」


一度、画面を閉じる。

そしてスマートフォンを取り出し、遥と歩にメッセージを短く打つ。


《夜の顔あり。ミナミの店でバイトしてる》


送信。

すぐに既読がつく。

歩から返信。


《マジかいな。ほな夜の線も追うで》


そのやり取りを見て、涼は小さく笑った。


「普通の失踪、ではないな」


椅子に深くもたれかかる。

天井を見上げる。

昼と夜、二つの顔。

整いすぎた表のSNS。

削られた痕跡。


「隠してたのは、仕事だけか?」


その言葉は、疑問というより期待に近かった。

再び、キーボードに指を置く。


「もうちょい、遊べそうだ」


まだこの時点では、この依頼がどれほどの闇を抱えた事件なのか、誰も正確には理解していなかった。

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