第六フロアは未確定について 〜 540回の心音 〜
【第6フロア:無月】
残り10分。
それが互いに与えられた足掻くための猶予。
(意外とあっという間でしたね)
名残惜しそうにこれまでの仲間達との歩みを反芻する。
《BOSS》戦を共にして、クエストを協力して、そして。
「ナツキ?」
「どうしたんですかレインさん。いまさらそんな顔し、」
言い終える前に頬を伝って何かが地面を濡らしたことに気づく。
それはありえないことだった。
彼女には本来涙などを流すための感情は失われていた。それでもなお溢れ出るものは彼女が得た仲間達とのかけがえのないものに他ならない。
「本当に優しいですね」
(あれだけの人を死に追いやって、いまもなお仲間だったYAIBAさんすら傷つけた。もう戻れない。なら私は過ぎた願いの罰を受けよう。せめてレインさん達が迷わないように)
「選んでください」
両手を広げたナツキ。
それは完全な隙を晒す、戦闘において致命的な行動だった。
「私を殺す覚悟がなければ全員殺します」
レインの【悪食魔剣】はナツキを屠るのには、まだ届かない。
【幽世】をナツキ自身が破壊したとはいえ、レイン達に残されたのは純粋な回復手段ではなく正常な状態への巻き戻し。
本人すら気づいていないが【聖女】の力を失ったことなのでデメリットはかなり大きいが、彼が盤面を読み切らなければあっという間に押し流される状況。
ナツキは【幽世】を自身を媒介に展開し、再び回復効果を無効化する空間を作り出す。
「時間切れですね。これでもう助かるには私を殺すしかなくなりました」
音を立てて崩れ出す第6フロア【無月】。
ギリギリだがフィールドの形を保てているのは【幽世】がフィールドの殻として機能しているため。ナツキを倒した瞬間に殻は砕け足場は消え去ることを意味していた。
だが1つ確定していることがある。
結果がどうあれ、ナツキは残り10分で消滅する。
それはナツキにすれば命を燃やすことに等しい闘い。
愛する者達と、いや、愛してしまった者達と共に生きたいと願ってしまったが為に、この世界は歪んでしまった。
その事を理解しているからこそナツキは後悔し、許されないことだと分かっていても手放すことのできなかった未練がましさが彼女の中で矛盾を抱きながら共存していた。
だからこそ、全ての終着点である第6フロアには【無月】の名が冠された。
残り9分。
心臓が1秒に1回鼓動するのであれば、たった540回しか鳴らない。だからこそ1回1回、相手に響くように打ち鳴らす。
〈遠慮なく行かせてもらうぞ〉
ナツキが行動を開始しようした出鼻を挫くように、背後に忍ばせていたであろう立方体の枠組みから《熾天使》が飛び出してくる。
(おそらく《熾天使》は陽動。本命はレインさんのはず)
周囲に目を凝らすが立方体の枠組みをブラフに使うソラによって出現場所を絞れない。
だがナツキにとっての脅威であったYAIBAやカチュアは疲労困憊。警戒するべき一撃はレインの【悪食魔剣】。
そしてもう1つナツキが警戒するレインの怠惰の【スキル】。
【傲慢:反逆輪廻】。
【嫉妬:相対羨望】。
【憤怒:堕天零剣】。
【強欲:空間掌握】。
【暴食:悪食魔剣】。
【色欲:魅惑幻朧】。
七つの大罪になぞらえた強力な能力を持つアイテムを宿す指輪を使い、数々の困難を打ち破ってきたレインがまだ使っていない【怠惰】。
(とはいえ《熾天使》やソラさん達から完全に目を離すのは危険ですね)
身体能力を高めたおかげで捌くことに何ら支障はないものの、ソラの空間を切り取る攻撃は脅威であることは変わらない。
絶え間なく降り注ぐ重力の塊も、わずかながら足を鈍らせている。
猪突猛進に見えて思考を巡らせる《熾天使》も、自由に動き回りそれを踏まえた上で連携を取る姿は長年死線を共にしたものと相違なく思えるほど。
「厄介ですね」
すぐにでも決着をつけたいナツキだが、その焦りを理解してか【流水】で膠着状態に持ち込む《熾天使》。
だがさすがの《熾天使》といえども、今のナツキを完全に捌ききることはできない。
「お待たせしました」
もう動くことさえ困難な体を気力で動かし、《熾天使》と呼吸を合わせ倍の手数で徐々に捌ける量が増えていく。
最強の頂のみが並び立てる領域で、混ざり合う思考は1つの体のように不自由なく回る。
それでも。
「「くそっ」」
全力を賭して、合わせたとしても2人の捌く以上の手数でダメージが入っていく。回復効果を消されたこの空間ではジリ貧は必須。
だがナツキの攻撃は止まらない。
止まれない理由が彼女にもあるのだから。
最強2人をもってしても押され始めたことで傾きかけた戦況を、隻腕の《神姫》がすかさず立て直す。
2人の【流水】、片腕の【絶対領域】、そしてソラの重力の塊をもってようやくの均衡状態。
「・・・YAIBA!・・・踏ん張って」
「・・・・・」
意識が飛びかけているYAIBA。
立っているのも奇跡なほどのダメージを受けた彼女がギリギリの均衡を保つためのピースになってしまっているが、まだ動けないシルファやカチュアを見ても限界が見える。
「【スキル:操影】」
「くらえ!」
「ふん!」
左右から影の剣山と生成された刀が斬りかかる。
すると、地面を思い切り踏みしめ、亀裂の入った地面から隆起した岩山が左右の攻撃を防ぐと同時に背後から不意打ちを警戒してカバー。
そして一瞬に出来た隙を逃さず、《熾天使》とYAIBAの腹部に掌底が叩き込まれる。
壁まで吹き飛ばされた2人と入れ替わるようにシノブが斬りかかるが、4人でようやく保たれていた均衡はもう崩れている。【絶対領域】を掻い潜り、再び掌底が繰り出されようとした瞬間、立方体の枠組みがシノブの体をナツキの真上に攫う。
「ソラさんですね」
上空で居合の構えを取るシノブの狙いは理解していた。
抜刀による一撃を、重力による荷重の上乗せ。
(顔を狙って撃ってくるドラゴンさんのせいで、意識が否が応でもにも向けられる。でもこれを乗り越えれば)
迎撃の構えを取った瞬間、目の前を飛んでいた弾丸が消え、次の瞬間には両の膝裏に着弾。一瞬バランスを崩したナツキに畳み掛けるように『磔』が完成し、満足に立てないナツキ。
そうしている間に、シノブの刀の届く範囲。
そして背後には【堕天零剣】と【悪食魔剣】を携えて疾走するレインが視界の端に映る。
「まだです!」
『磔』に抵抗することを諦め、地面に倒れ込みながら、拳を全力で叩きつけ隆起させた瓦礫による目眩まし。
崩壊するフィールドを更に破壊するという暴挙に出るほど、ナツキは追い詰められていた。
だが成果として全員が持っていた武器を手放してしまうほどの威力で隆起した地形が味方したのだ。
あとは上空にいたシノブの対処をしようとしたナツキだが、視線が上ではなく何故か下を向いていた。
まるで断頭台に首を差し出すようにそのままシノブの刀が振り抜かれる。
確実な手応えを地面に叩きつけられたナツキのHPが急速に削られる。
「【嫉妬:相対羨望】」
パキンと鏡を割ったような音がフィールドに響き、ナツキの体に掛かっていた【素戔嗚】の能力が解除され、代償として【スキル:盤面観測】と【月詠尊】が消滅する。それほどに高められた【素戔嗚】の価値は高く、プレイヤー全員の力を総動員してようやくここまで辿り着いた。
ーーー崩壊まで4分。
(私の負けですね)
ナツキは全力を出して敗北した。
お互いの願いが衝突した結果のため、悔いはない。
だからこそ、彼女は無理やり体を起こし、告げる。
「レインさん、最後に1つお願いがあります」




