第六フロアは未確定について 〜 氷の罠 〜
【第6フロア:無月】
「終わっ、た、のか?」
確実な一撃。
極限まで高めた【悪食魔剣】によるナツキのHP0表示。
間違いなく、文句なしにレインはナツキを倒した。
実感の湧かない彼の元に駆け寄れる者はいなかった。それほどまでの疲労困憊。持てるすべてを使用しての総力戦はプレイヤー側の勝利をもたらした。
「師匠!」
ただ1人、【観音白雪】によって無意識に警戒を解いていなかったYAIBAがレインに駆け寄る。
為す術なく、突き飛ばされたレインの元いた場所には、【素戔嗚】によって貫かれたYAIBAの姿があった。
「これで3人目」
突進とも表現できる勢いのまま、ナツキはYAIBAを石柱に強引に押し当て拘束してしまう。
レインが周囲を見渡した時には既にカチュアも石柱に納められていた。
「本当はレインさんを先に潰しておきたかったんですけどYAIBAさんなら良いでしょう」
まるで何事もなかったかのように腕を回し調子を確かめる彼女の体には与えたはずの傷が消えていた。
そして答え合わせをするように懐から取り出される藁人形。
「まさか使うことになるとは思いませんでしたよ」
藁人形の胸には《エンペラーオンライン》における最重要アイテムであることを示す紋章が刻まれている。
「【EXA:偽り人形】。私の切り札です。能力は使用者の身代わりをする単純なもの。本来なら《混沌黒龍》のような即死ダメージ攻撃を一度だけ無視できるようにあるのですが、あなた達にとっては不運でしたね。全員で拮抗していた均衡が《剣聖》《星霊》《魔王》の離脱でどうなるか」
「【嫉妬:相対羨望】」
それはこの世界の破壊者に相応しい能力だった。
代償として対象に見合った【スキル】と【スキル】に付随する全ての記憶を失うかわりに、あらゆるものを破壊する効果を付与する左目。
(ののんさん)
【スキル:剣鬼】とののんに関する記憶全てを犠牲に【堕天零剣】から噴き出す靄の色が緑色に変わり、シルファを拘束していた石柱が破壊される。
「《十傑》クラスの【スキル】を代償としての破壊。仲間のためにどれだけ自分を犠牲にすれば気が済むんですか」
レインがこの【スキル】を使うのに躊躇った理由。
それは積み上げてきた信頼が生み出す【スキル:明鏡止水】と積み上げてきたものの大きさがそのまま代償と威力に変換される【スキル:相対羨望】の相性の良すぎる点。
(フィロリアさん、アリアさん)
2つの【スキル】と記憶を犠牲に石柱からYAIBAとカチュアを救出。心に空いた巨大な喪失感がレインを襲う。
レインは既に3人の記憶を失ったことすら気づいていない。
「以前もそうやって何もかもを犠牲にしてほとんど全てを忘れてしまったあなたはーーーー。」
またも喉にノイズが掛かる。
ナツキは苛立ちを隠さずに拳を握りしめ、歯痒い思いを乗せて涙を流して《熾天使》に向かう。
〈次は余か〉
標的となった《熾天使》は既に反撃するだけの余力はなかった。
最悪なのはナツキが【スキル:森羅万象】で手に入れたのが《魔王》の愛刀ということ。
純白な刀身は純黒に染まり、石柱から解放された仲間は意識を保っているのがやっとの状態。だが、ここでナツキは違和感を覚えた。握っていた【雪羅】が砕けたのだ。
〈銃焔〉
間髪入れず肉薄した《熾天使》は技の出どころを【銃焔】で弾き、抜けてきた拳を【流水】で受け流す。第4フロア《BOSS》クラスの圧倒的な受けの姿勢はナツキといえども完全に崩すことはできないが、それでもわずかにダメージは入る。
「伍の型 雪原の花園」
〈《魔王》の娘か〉
動けない身体で、なお勝つために《熾天使》と手を組むことを選んだYAIBAは自分そっちのけで献身的に回復を促すと同時に罠を張った。【霜突・牛鬼】の副産物による剣の複製で愛刀の強奪を防いだのだ。
そしてナツキの連撃を上回り、徐々に癒えていく身体は捌く量を増やしていき、眉根を寄せたナツキを退かせることに成功する。
「せっかくここまで来たのに。ならデスゲームらしく行きましょう」
【神刀:素戔嗚】を地面に突き立てると、波紋のように地面が伝って赤黒く変色していく。
「【スキル:万物創造 幽世】」
逸早く違和感に気づいたのは《熾天使》だった。
自身に付与されている回復効果が途切れたのだ。
〈回復不能エリア化。文字通り今あるもので闘えということか〉
「手の内を晒しきった皆さんには酷ですが。これがこの世界の決定です。私にも目的がありますので」
〈悪いが【願いの聖杯】は余がもらうぞ〉
ここでようやくナツキのHPバーが表示される。
数は5本。
「【伍の型 失楽園】」
空間より更に深い漆黒がナツキの足元に出現し、少しずつHPを削り始める。
回復ができなくなったフィールドにおいての最適解。
少しずつでも削っていくことはプレッシャーへとつながる。
「ソラさんですか」
強制的に移動し続けることを強いられたナツキはスタミナの面でディスアドバンテージとなる。
だからこそ、彼女が次に狙うのは必然的にソラ。
自分を囮にすることで狙いを絞ったソラは、次の手を用意する。
「頼む、シノブ」
「・・・任された」
片腕を失ってなお、【絶対領域】でナツキの猛攻を防ぐシノブ。【スキル:飛雷神】を使うための武器を無くした彼女が追いついたのは、あらかじめこの展開を予期していたからだ。
レインとソラの采配。
どちらかに意識を割かせ、もう片方が準備を整える。
完全でない盤面を読み切り、空間を飛び越えて間に合わせる。
「まさしくこの世界の二柱。あなた達2人がいなければとっくにプレイヤーは全滅していたでしょう。気づいているでしょうが【幽世】は空間内全てに回復効果を及ぼせなくなる能力。ですが厄介なのはレインさんの【回帰】の能力。前回のアリアさん対策でこの世界を創り出したというのに、まさか《熾天使》が彼女に目をかけるとは計算外でした」
ナツキは一呼吸おき、納刀すると再び【素戔嗚】の力を蓄える。
「そもそも6人以上の侵入を想定していなかったこのフロアに裏技で2人も入ってくるとは思いませんでしたよ。知っている場所への転移を可能にする【スキル:座標移動】とあらゆる場所へ侵入できる【EXA:天門の鍵】。このせいで計8人も来てしまった。なので」
3度目の【素戔嗚】の抜刀により、噴き出す闘気。
まるで合わせたように第6フロアにも崩壊の亀裂が入る。
「この世界の終わりまで残り10分。ここで全てを終わらせます」
真横に振り抜かれた拳が、地面に突き刺されていた【素戔嗚】を木っ端微塵に砕く。【幽世】の核として機能していた【素戔嗚】を失い本来のフィールドに戻り、溜め込まれていた全ての闘気が乗り移ったかのようにナツキの体を覆う。
「【スキル:対価万生】。10分間後にHPを全損分のダメージを受け代わりに全ステータスの飛躍的向上をする最後の【スキル】です。この世界と共に朽ちるのは私か、あなた達か」
ナツキはプレイヤー全てに命を賭して告げる。
「さぁ、ゲームを始めましょう」




