蝶ヨ花ヨ、時々蛾ガ舞ウ。
皇太子の執務室――
「大儀だった、毒蛾の鱗粉が飛び散って困ってたのだ」
「大儀ねえ、今時点で私の身分は上なはずですわ?」
まずったと口を抑えたナゼルフェン、僅かに青くなる。
「まあ、よろしいわ。退屈凌ぎにはなりましたから、次はありませんけど」
ホホホホと抑揚のない笑いで脅せば。
「申し訳ない事をした、しかし貴女を護りたかったのは本意です」
「いまさら敬語はよして、ほんと食えない御仁ね。ただし洗いざらい話して頂戴」
ナゼルフェンは渋い顔で語りだす。
第二王妃トリネリンは敗戦国の人質だった。
かつてガルゼア帝国と一戦交えた最東の島国テタノスパの姫君。
血気盛んな国柄で海戦では追随を許さない強さを誇っていた。
それが驕りとなり西大陸を蹂躙せんと戦旗を掲げ帝国へ攻めてきた。
交易に向かったと見せかけての謀略に帝国は嬉々として乗った。
これ幸いと迎え撃ちあっさりと勝ち戦を得たのだ。
テタノスパは小国でありながら鉱石が豊富で魔道具技術も発達していた。
帝国は属国にせんがため虎視眈々とつけ入る隙を狙い待っていた。
なにより造船の技術力を帝国が欲していた、戦後軍事力は大幅に上がり西大陸の覇者となった。
***
「子供心にも愚かな戦争だと思ったよ、海上だけでの戦なら拮抗したか劣勢だったと思う」
「快勝なさったのでしょう?書物で読み齧った程度ですけど将軍閣下は魔王のような強さだと」
魔王・・・。
言ってしまってからハッとした。
ナゼルフェンが気遣いハーブティーを進めて、落ち着きなさいと言う。
「話を戻すが、人質として娶られ僅か14歳のトリネリンを陛下は憐れんでね。第二王妃として高待遇したんだ。でもそれが良くなかった」
寵愛を受けたと勘違いしたトリネリンは後宮で好き勝手に振る舞い、湯水のように財を使った。
「他の側室たちの予算まで食いつぶしてね、苦言は出ても彼女の後ろ盾になった侯爵がもみ消していた」
「まあ、王妃を後ろから御してたのね」
よくある政権の謀話にリモネルはウンザリする。
老獪な狸はどこにでもいるものだ。
「陛下も俺も彼女を廃そうと画策してたが・・・やっとね」
ナゼルフェンはニヤリと嗤う。
「貴方に使われたのは腹立つけど、スニアン救出に尽力してくださるなら相殺してもいいわ」
「そう睨まないでくれ、忠義に厚い間諜を幾人か渡そう。どうかね?」
自由に動いていいならと交渉し、快諾した。
第二王妃は人質として処刑せずに幽閉、ムシモーレは廃嫡され平民になり騎士見習いとして働くことになった。
「ムシちゃんはあなたを慕ってたのに」
「慕う?あり得んな。あいつは俺を毎日毒殺しようとしてたんだぞ」
「えええ!?」
親子共々、毒使いとはさすがに驚いた。
狸侯爵が見返り無で後ろ盾するわけないだろうとナゼルフェンは笑う。
王侯貴族の裏舞台は怖いと思い知り、リモネルは臍を噛む。
「皇后なんてなるもんじゃないわね」




